お姫様のお気に入り
(5)

「華久夜さま!」
 どこか慌てたように華久夜を呼ぶ声がした。
 その声は、いつも傍らで聞きなれた声。
 華久夜は一瞬顔をぱっとはなやがせたけれど、すぐに何事もなかったように表情をひきしめた。
 ゆっくり優雅に振り向き、面倒くさそうにこたえる。
「あら、虎紅、どうしたの?」
 華久夜の前には、少し息を乱し、不安げな表情を残した虎紅が立っていた。
「探しましたよ。莱牙さまと紗霧羅殿が心配していましたよ。また華久夜さまが一般人をいじめて遊んでいるのではないかと」
 虎紅はふうと小さく息をはきだし、困り顔で華久夜に迫る。
 そして、華久夜の手をぐいっと握る。
 華久夜の胸はどきんと弾んだけれど、顔はぶすっとすねてみせる。
「……ちょっと、それで虎紅はわたしを探していたというの?」
「そうですよ。もう心配で心配で。……死人がでないか」
「虎紅ー! あなたまで一緒になって!!」
 華久夜は嬉しそうに目を輝かした。けれど、次の瞬間には怒りの形相で怒鳴っていた。
 下手にちょっと期待してしまっただけに、後の余計な言葉が腹立たしくて仕方がない。
 虎紅は華久夜の心配をしたと喜んでしまったのが、悔しい。
 こんなに必死になって華久夜だけを探していたのかと、ちょっぴり優越感にひたってしまったら、このオチ。
 華久夜は、虎紅の手を振り払い地団駄を踏む。
 けれど虎紅は、憤る華久夜を前に、怖いもの知らずにもあははと楽しげに笑う。
 その目が見守るように華久夜を見ている。
「まったくもうっ。虎紅、最近意地悪よね」
 怯えるでも謝るでもなく楽しむ虎紅に、華久夜も怒る気が早々に失せてしまった。
 腰に両手をあて、面白くなさそうにふんぞり返る。
 得意な時でも不快な時でもすねている時でも、華久夜は変わらずふんぞり返る。それが華久夜。
 虎紅はぴたりと笑いをやめ、にっこり笑ってみせた。
「華久夜さまに慣らされたのです」
「んもーっ!!」
 そうしてまた、華久夜は虎紅への怒りで叫ぶことになる。
 ぽかすか虎紅の胸を殴りはじめた華久夜に、ためらいがちに声がかかる。
「か、華久夜……ちゃん?」
 華久夜ははっとして、慌てて虎紅の胸を突き飛ばし、ばっと振り返った。
 むすっと不機嫌な顔をつくる。けれど、頬はちょっぴり赤い。
 公共の場、そして茉の存在を忘れ、虎紅にじゃれつき、ばつが悪いのだろう。
「あら、茉。ごめんなさい、すっかり忘れていたわ」
 いつもの華久夜らしく、謝っているのかいないのかわからない謝罪をする。
 そこには、内心とは違って、動揺の色はまったくない。
 さすがは、負けず嫌いの華久夜。
「華久夜さまっ」
 虎紅が慌てて華久夜の口をふさごうと手をのばす。
 そうとは思えない謝罪をするのはいつものことだけれど、さすがにそれを仲間以外の他人にしてはまずいと判断したのだろう。
 笑って許されるのは、あの変わり者の使い魔たちだけ。……いやまあ、許してはいるけれど、笑ってはいないようだけれど。
 虎紅の手が華久夜に到達する前に、茉はくすりと笑ってそれを邪魔した。
「あはは、いいよ。……ところで、そちらは?」
 視線をちらりと虎紅に向け、茉は首を少しかしげる。
 素直に疑問をぶつけているようにも、虎紅をさりげなく邪魔者扱いしているようにも見える。
 まだ華久夜と出会ったばかりなので、どちらとも判断をつけがたい。
 華久夜はその問いに、目をぱちくりと一度まばたかせた。
「ああ、これ? この男は――」
「華久夜さまの家人ですよ」
 今度こそ華久夜の口をふさぎ、虎紅はにっこり笑ってみせる。
 そしてそのまま、華久夜をぐいっと抱き寄せた。
「こ、虎紅!?」
 虎紅の腕の中で、虎紅の手で口をふさがれたまま、虎紅をちらりと見て、華久夜はもごもごと小さく問いかける。
「いいですから、わたしに合わせておいてください」
 不思議そうに見上げる華久夜に、虎紅は華久夜しか聞こえない小さな声で答えた。
 華久夜はますます訳がわからないといった様子で、くいっと首をかしげる。
 なんだか、虎紅は茉を警戒しているように見えるから、華久夜は余計に訳がわからない。
 初対面の相手を警戒するのは華久夜や虎紅の立場からいえば当たり前だけれど、今日の虎紅はいつにもましてぴりぴりしているように見える。
 いつもの虎紅なら、たとえ初対面の相手でも、こんなに警戒をあらわにすることはない。
 表面上だけでもとりつくろう。誰にも負けない、胡散臭い笑みを浮かべて。
 そこが、余計に華久夜を不思議に思わせる。
 虎紅が華久夜を抱く腕にもう少しだけ力を入れたかと思うと、妙にやわらかな笑みを浮かべにっこり笑った。
「華久夜さま、また新しいお友達ができたのですね」
 妙にまた≠ニお友達≠フ部分を強調して、虎紅が華久夜に問いかける。
「んー、お友達なのかしら? さっき会ったばかりだから」
「また華久夜さまは……」
 けれど、華久夜はその少しの違和感に気づくことなく、けろりとそんなことを言い放った。
 同時に、虎紅の肩ががっくり落ちた。
 その二人の様子を、茉がどこか面白くなさそうに見ている。


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update:09/06/07