お姫様のお気に入り
(6)

「んん!? ちょっと待って、虎紅。あれに見えるは、世凪!?」
 そう叫んだかと思うと、華久夜は虎紅を払い飛ばし、そのままばっと駆け出した。
「ええ!? か、華久夜さま、どちらに!?」
 慌てて問いかける虎紅に、華久夜は嬉々とした顔で声をはずませ叫ぶ。
「世凪を追いかけるのよ! もしかしたら、襲われる現場を目撃できるかもしれないじゃない!」
 そして、華久夜はとんと地を蹴り、宙に浮かび上がる。
 その様子を見て、虎紅は「嗚呼ー」と力のない声をもらし、頭を抱える。
 その言葉だけで、虎紅にはすべてが理解してしまえていた。
 華久夜が何のために城下にやってきて、そしてみんなをやきもきさせているのか。
 あの噂を聞いた時から危ないとは思っていたけれど、まさかその通りになるとは。
 つくづく、華久夜はいい意味でも悪い意味でも期待を裏切らない。
 やっぱりといえばやっぱりなその理由に、虎紅はもはやとめる気さえ起こらない。
 けれど、一応とめておかなければ後々面倒くさいことになることもわかっている。 
 別に華久夜の身を案じているわけではない。案じているのは、その対象となる相手。世凪の暗殺を企てる輩。
 よくて半死、それ以外なら即死。……生け捕りにしようなどとは、はなから考えていないだろう。華久夜も世凪も。
 それがわかるから、虎紅は果てしない疲れを覚えてしまう。
 まったく、とてつもなく面倒で迷惑な王族たち。
「華久夜さま、あの噂が本当なら危険ですよ、いけません!」
「うるさいわね! 虎紅は先に王宮に帰っていなさい! そして、柚巴とのお茶の用意をしておきなさい! 世凪の馬鹿面をさかなに柚巴とお茶をするんだから!」
 そう叫んだかと思うと、華久夜はぱっと姿を消した。
 華久夜が消えた空を見上げ、虎紅はお腹の底からため息をひとつ大きくもらす。
「まったくもう、華久夜さまは……」
 くれぐれも、殺してしまわないでくださいよ、と心でそっと、切実に願う。
 虎紅が言う危険とはもちろん、勢いあまって、華久夜が暗殺犯を殺してしまわないかということ。
 めまいすら覚えはじめた虎紅の横を、風が通りぬけるように茉がさっと走っていった。
 そして、茉の姿も華久夜が消えたその場所、すぐそこでぱっと消えた。
「あの男……?」
 茉が消えたそこをじっとにらみつけ、虎紅は小さくつぶやく。
 虎紅の顔が、不審げに険しくゆがむ。
 その時だった。
「虎紅ー! たーすーけーてー!!」
 前方から、どばっと出た涙をばら撒きながら、必死の形相で芽里が突進してきた。
 そして、次の瞬間、虎紅にどすんと激突するように抱きつく。
「嗚呼、また厄介ごとが向こうからやって来た」
 お腹に芽里をしがみつかせたまま、虎紅はくらくらする頭にべちんと手をあてる。
 ようやく嵐が去ったと思ったら、また嵐がやって来た。
 虎紅のまわりは、どうしてこういつもいつも騒々しいのだろうか。
 その中でも、これ、芽里がいちばん厄介でたちが悪い。
 そう思いつつも、気の毒に面倒見がいい虎紅は、こう問いかけずにはいられない。
 仕方がないので、とりあえず聞いてみる。
「どうした?」
 同時に、しがみつく芽里をべりっと引きはがす。
 すると芽里は、「いじわるっ」と恨めしげに虎紅をにらんだ。
 そして、次にはうるうると目をうるませ、すがるように不気味にきらきらした目で虎紅を見上げる。
 こういう時の芽里には、ろくなためしがない。
 こういう時でなくたってろくなためしがないので、こういう時はもっともっとろくでもない。
「あのね、あのね、小悪魔を逃がしちゃったのー!」
 ぐすぐす泣きながら、芽里は甘えるような声でかわいらしく言う。
 瞬間、虎紅の額あたりで、ぶっちんと何かが切れる不気味な音がした。
 けれど、煮え立つマグマを吐き出すように、自らを落ち着かせるようにふうと大きく深呼吸する。
「またか……。とっとと捕まえて来い」
 そして、びしっと前方を指差し、きっぱり言い放つ。
「でーもー……」
「でもではない。普段から口をすっぱくして言っているだろう。間違って人間界にでも行ったら……」
 また、虎紅の頭はくらくらしてきた。
 何故そんなことをこんなにまったり言え、何故のんびりしていられるのだろう。
 さすが、その言動が理解不能のお荷物相棒なだけはある。
 虎紅にはもう、怒りを通りこして呆れしかない。
 本当に、芽里は同じことを何度繰り返せば気がすむのか……。
 ここまで危機感がないのも、ある意味才能か?
「でも……大丈夫じゃない? きっと、柚巴さまみたいに、逆に従え――」
「あの方は、特別だ」
 やっぱり緊張感なく言う芽里に、虎紅はふうとため息をつく。
 芽里はぷっくり頬をふくらませ、不満げにぶうぶううなる。
「ああ、うるさい。とっとと行って来い!」
 虎紅はそう言い放ち、芽里をげしっと蹴り飛ばす。
「ひっどーい。わたし、レディなのにー!」
 すると、芽里は腰の辺りをさすりさすりしながら、やっぱりぶうぶう不平をもらす。
義妹(いもうと)、しかも落ちこぼれ術師などに優しくしてやる神経など持ち合わせていない」
「虎紅、最低!」
 蔑み見て鼻で笑う虎紅に、芽里は悔しそうに叫ぶ。
 そして、あっかんべーと舌を出して、そのまま空に小さな渦を巻くようにしゅるんと消えた。
 それを見届け、虎紅はまた深い吐息をもらす。
「まったく、人騒がせな……」
 そうつぶやくと、何事もなかったようにくるっと踵を返した。
 一歩二歩歩いたところで、ふと何かに思い当たったようにぴたりと足をとめた。
「でも、なんだかんだ言って、虎紅、けっこう楽しそうよ?」
 考え込むように立ち止まると同時に、背後からそう声がかかり、虎紅はびくんと大きく体をゆらす。
 それから、勢いよく振り返る。
「か、華久夜さま? いつの間に戻って来たのですか? 世凪はいいのですか?」
 目をしばたたかせる虎紅をじとりと見て、華久夜は面白くなさそうにはき捨てた。
「見失ったのよっ」
 そしてまた、悔しそうにその場で地団駄を踏む。


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update:09/06/14