お姫様のお気に入り
(7)

 虎紅は、憤る華久夜をどうにかなだめすかし、王宮へ連れ帰ってきた。
 城門をくぐり、中庭へつづく回廊にちょうどさしかかった頃、華久夜はぴたりと足をとめた。
 虎紅も慌てて足をとめ、不思議そうに華久夜を見る。
 ご機嫌がななめなままなのはわかっていたけれど、まさかまた真下へ逆戻りしたのだろうかと、ちょっぴりひやひや。
 けれど、どうやらそういうことでもないらしく、華久夜は難しい顔でじっと床をにらみつけている。
 そうかと思うと、ばっと顔を上げた。
 華久夜は何故か、非難するように虎紅を見つめる。
「ねえ、虎紅、聞きたいことがあるの」
「……何でしょう?」
 不思議に思いつつも、虎紅は平静を装い、けろりと答える。
 ここで下手な反応をすると、華久夜のご機嫌が悪くなることを虎紅はよく知っている。
 こういう場合は、華久夜の様子の変化に気づいていないふりをするのがいちばん。
 虎紅の判断は間違っていなかったらしく、華久夜はご機嫌を変化させることはない。
 ただ、虎紅をじっと見つめる。
「あなた、さっき、茉に家人と言ったわよね? あれ、どういうことよ?」
 華久夜は虎紅からななめに体をそらし、ぶすっとすねたようにつぶやく。
 けりっと、何もない床をひとつ蹴る。
 茉というその名に一瞬誰のことかと思ったけれど、虎紅もすぐにわかった。
 恐らく、先ほど、華久夜を見つけた時にともにいた男のことだろう。
 とてつもなく気に食わないあの男のこと。
 どうして、あの時、華久夜と二人でいたのか、虎紅はとっても気になるところだけれど、今はそれをぐっと飲み込む。
 とりあえず、先に華久夜の問いに答える。
「え? ええ、だって……あのような人目があるところでは、そう言っておいた方が自然でしょう? わたしは明らかに、華久夜さまより身分が劣るのですから。華久夜さまのためにも、ああ言っておいた方がいいのです」
 虎紅は静かにそう言うと、優しげににっこり微笑む。
 華久夜の狼藉や、使い魔たちとのとんでもない会話はもう人目を気にすることはなくなったけれど、さすがにあそこで本当のことを言うことはできない。
 それこそ、どこに誰の目が、耳があるとも知れないので、そんな危険を冒すことはできない。
 だって、これはまだ誰にも内緒、虎紅と華久夜二人だけの秘密なのだから。
 何より、華久夜を守るためには必要なこと。
 けれど、虎紅のその思いも華久夜には伝わらないらしく、とっても不服そうに虎紅をじろりと見る。
「虎紅っていつもわたしのことばかりね。辛くはないの? 自分のことは二の次じゃない」
 自分のプライドまで捨てて……。自分のことは我慢して……。
 華久夜はそう続けたかったようだけれど、ぐっとこらえた。
 これ以上言っては駄目だと、華久夜の心のどこかが判断した。
 華久夜は悔しそうに、虎紅からぷいっと顔をそむけた。
 華久夜が言っていることは、どことなく虎紅を思いやるようなこと。
 それが虎紅にもわかるから、自然口元がゆるむ。
「わたしには、これくらいしか華久夜さまを守れる術がありませんから」
 虎紅が静かに答えると、華久夜はまた勢いよく振り返り虎紅へ迫る。
 虎紅の両腕をつかみ、ぐっと握り締める。
「違う、違うでしょう! 虎紅はいつだって、わたしをちゃんと守っているわ! それにね、何がわたしのためかは、わたしが決めることよ。あなたが決めることじゃないわ」
「か、華久夜さま……? し、しかし……」
 いつもとは違う勢いの華久夜に、虎紅は慌てる。
 いつもとんでもないわがままや理不尽なことを華久夜が言ってもうろたえることはないけれど、いつもとは違う華久夜にはさすがの虎紅もうろたえずにはいられない。
 こんな華久夜を扱うスキルは、虎紅は持ち合わせていない。
 誰も手のつけられない暴れ馬お姫様の扱い方しか、虎紅はわからない。
「なによなによなによ、虎紅ってばいつもそればかりね! どうしてそんなことを言うのよ!」
 目に涙いっぱいため、華久夜は責めるようにさらにそう言い募る。
 虎紅はどう答えればいいかわからない。
 ただ、わかることはこれだけ。
「だって、事実ですから」
 瞬間、華久夜の顔が怒りのためにかっと真っ赤に染まった。
「んもー、ばかばかばかばかー! 虎紅なんて大嫌い!!」
 華久夜は握っていた虎紅の腕から乱暴に手をはなし、もう一度どんと胸をおす。
 今度は先ほどより力がこもっていたのか、それともたえるだけの余裕がもう残っていなかったのか、虎紅の体がぐらっとゆれる。
 虎紅は傷ついたように目を見開き、すっとうつむく。
 そして、すねたようにぼそっとつぶやいた。
「わたしだって、嫌ですよ」
「……え?」
 いつもとは違う虎紅の様子に、華久夜は思わずじっと見つめる。
 いつもは腹立たしいくらいに冷静にたんたんと物事を言う虎紅なので、こんなすねたような虎紅は華久夜は見たことがない。
 しかも、嫌≠ニかそんな子供っぽい言い方もはじめて。
 戸惑いがちに見る華久夜に、虎紅は顔をあげてきて自嘲じみた微笑を浮かべる。
「わたしにもう少し地位があれば、今すぐにでも華久夜さまをさらっていきたいところです」
 そして、虎紅はそう言うと、淋しげににっこり笑った。
 華久夜はますます不思議そうに虎紅を見つめる。
 虎紅から、さらっていきたいなんてそんな理性を欠いた言葉がでてくるとは、華久夜は思っていなかっただろう。
 そんな言葉、虎紅が言うはずがない、そう思っていただろう。
「こ、虎紅……?」
「何ですか?」
「……本気?」
「さあ、どうでしょう?」
 戸惑いがちに見つめ問いかける華久夜に、虎紅はにっこり笑って答える。
 華久夜は目を見開き、そしてくしゃりと顔をくずした。
「んもう、ばか、意地悪!」
 そしてそのまま、むぎゅうと虎紅に抱きつく。
 虎紅もそっと華久夜に腕をまわしていく。
 先ほどあれだけ憤っていた面影すらなく、華久夜はすっかり落ち着いている。落ち着いて、嬉しそうに虎紅の胸に頬を寄せている。
 もしかしたら、虎紅が言ったそれは、ずっとずっと華久夜が聞きたかった言葉なのかもしれない。
 冷静に必要なことしか言わない虎紅も気に入っていたけれど、華久夜も女の子、やっぱりロマンチックなことにも憧れる。
 まさかこんな情熱的な言葉が虎紅の口から出るとは華久夜は思っていなかったので、胸がどきどきいってうるさい。
 華久夜の胸は嬉しさに満ちあふれる。
 結局最後にははぐらかされたけれど、華久夜にはわかる。
 虎紅が言ったそれは、本当なのだと。
 だって虎紅は、嘘を言ったこともなければ、冗談も好きじゃない。
 そんな虎紅が、思ってもいないことを口にするはずがない。
 華久夜は虎紅の胸の中から、その顔をちらっと見上げる。
「虎紅、いつか、わたしたちのこと、ちゃんと言える日がくるといいわね」
「ええ、そうですね」
 虎紅はどこか苦しそうに微笑を浮かべ相槌を打つ。


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update:09/06/21