お姫様のお気に入り
(9)

 華久夜は、決意新たに今日も元気に城下を行く。
 昨日不覚にも世凪に励まされたかたちになったかもしれないけれど、もちろんそんなのは関係ない。
 腹立たしいものは腹立たしいし、憎いものは憎い。
 世凪の無様な姿を見てあざ笑うまでは、やめられない。
 今日も王子様暗殺計画を探るために、街へやって来た。
 やっぱり、莱牙と紗霧羅に見つかり捕獲されそうになったけれど、どうにか逃れてきた。
 きっと、今頃は莱牙と紗霧羅は虎紅を捕まえ、華久夜捕獲命令を出している頃だろう。
 虎紅にはちょっぴり気の毒に思うけれど、それ以上にそれが嬉しい。
 虎紅は華久夜だけを探しにやって来る。
 そして、華久夜をようやく見つけた時の虎紅の焦った、必死の様子がたまらない。
 なんだかそれって、やっぱり、華久夜は虎紅にとっても愛されているみたいだから。
 もちろん、嬉しいなんて口にしないし、そんな様子も見せることはない。
 だって、誰に見られているともしれないし、……それに、華久夜ばかり喜んでいると思われるのも癪だから。
 むしろ、華久夜に振りまわされているくらいが、虎紅にはちょうどいい。
 虎紅は、華久夜のためだけに動けばそれでいい。
 そうすれば、世間は、わがままお姫様に振りまわされるかわいそうな下っ端役人と、虎紅を見るだろう。
「あ、華久夜ちゃん!」
 華久夜が城下の大通りを歩いていると、ふいにそう声をかけられた。
「あら、茉。奇遇ね」
 振り向くと、そこには昨日会ったばかりの茉がいた。
 そういえば、茉も華久夜と一緒で、王子様暗殺計画を探っているというので、たまたまばったり会っても不思議ではないだろう。
 与えられている情報は限られている。
 必然、探る場所も重なってくる。
 二日つづけてこんな偶然、普通なら訝しく思うところだけれど、これに限っては仕方がない。
 それに、華久夜は茉のことを、それほど嫌いではない。
 嫌な奴は、その姿を華久夜の前にさらしただけで、もちろん天誅を下す。半死は必至。
「ところで、そのちゃんづけはやめてちょうだい。わたしのことは、華久夜さまとお呼びなさい」
「あはは、じゃあ、華久夜さま」
 茉はにこにこ笑ったまま、さらっと言い直す。
 しかも、何故か楽しそう。
 華久夜はがっくり肩を落とす。
 やっぱり、この茉という男は、普通の者と違う反応をする。
 華久夜はもしかしたら、この男が苦手なのかもしれない。
 ここはもっとこう、食い下がってきた方がやりやすくていい。
「……あなた、あっさりしているわねえ。自尊心というものはないの?」
 少しばかり頭痛がしてきた頭をおさえ、華久夜はため息を吐き出す。
 茉はやっぱり顔色ひとつ変えることなく、さらっと言い放った。
「あるよ。けれど、そう呼んで欲しいならそれでいいかなあと思ってね。それに、きっと僕より華久夜さまの方が身分が上でしょう? だったら、さまづけで呼ぶのも当然かなって」
「たしかにそうだけれど……。そのわりには、くだけた言葉遣いよねえ」
 華久夜はますますがっくり肩を落とす。
 茉の言っていることは、矛盾している。
 それでは、華久夜を敬っているのかそうではないのか……どちらかわからない。
「駄目?」
 茉は、探るように華久夜の顔をのぞき込む。
「別にいいけれど。変にかしこまられると腹が立つもの」
「あはは、やっぱり華久夜さまっておもしろいなあ」
 茉はけらけら無邪気に笑い出した。
 普段の華久夜ならこんなことを言われたらもちろん爆発しているところだけれど、茉相手ではそういう気にもなれない。
 変な脱力感しかわいてこない。
 なんだか調子を崩されっぱなしで、疲れも覚えてきた。
 華久夜のまわりにいる男どもとは違う反応ばかりで、やりにくくて仕方がない。
 こういう男には、きっと怒っても無駄だろう。――どこかの色ぼけ王子とは違った意味で。
 ところで、華久夜がおもしろいとは、どういうことだろうか?
 気になるけれど、あえてここは黙っておく。
 聞いたら余計に疲れそうな気がするから。
「それで、昨日、あの後どうだったのよ? わたしは途中で見失っちゃったけれど、あなたはついていけたのでしょう?」
 だから、華久夜はもうひとつの気になったことを聞いてみた。
 あの後、腹立たしいことに華久夜は世凪にまかれてしまった。
 同時に、後をついてきていたはずの茉の姿も見えなくなったので、きっと許し難いことに茉は世凪についていけたのだろうとそう判断した。
 華久夜の判断は間違っていないらしく、茉は思い出したようにこくんとうなずく。
「ああ、うん、そうそう。あの後、何故かあいていた落とし穴に世凪が落ちそうになって、あっさりかわしていたよ」
「ってそれ、噂とは関係ないじゃないのよ」
 華久夜の頭ががんがん痛みだしてきた。
 ずれているにもほどがある。会話が微妙にかみ合っていない。
 華久夜はそういうことを聞いているのじゃない。
 ピントはずれもいいところ。
 そんなつまらない情報などいらない。
 変わっている変わっているとは思っていたけれど、茉という男はここまでずれていたのか。
 これだと、他の者と違う反応をするのもうなずける。
 あきれいっぱいに目をすわらせる華久夜とは違って、茉は妙に真剣な眼差しで力強く語る。
「いや、でも、その後に、世凪につぶてがばらばら投げつけられ、最終的には大岩が降って来たんだ」
「……はあ!?」
 華久夜は思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。
 まわりを歩いていた人々が、びくっと体を震わせ、皆華久夜と茉に注目する。
 それに気づき、華久夜は恥ずかしさを誤魔化すようにごほんと咳払いをした。
 すると、みんな慌ててさっと視線をそらし、そそくさ歩き去っていく。
 華久夜からにじみでる気配で、その力の差を感じ逃げたのだろう。
 いや、近頃の所業の甲斐あって、華久夜も世凪と似たような意味で城下の人々に顔を覚えられてきたのだろうか?
 触らぬ神に祟りなし。力の強い者には逆らってはいけないし、喧嘩を売ってもいけない。
 限夢人なら、誰もが知っていること。
 その様子を茉はやっぱり楽しげに見ていた。
 そして、先を促すような華久夜の視線に気づき、再び顔を引き締める。
「やり方は雑だけれど、誰かに狙われていることはたしかかな」
「まあ、あの男のことだから、恨みの百や千や万はゆうに買っているでしょうけれどね」
 華久夜はふうとため息をもらし、はき捨てた。
 この程度の情報では何のたしにもならない。
 次はどこで狙われるとか、もっとすすんで首謀者につながる情報とか、そういうのが華久夜は欲しい。
 そして、先まわりして、世凪の決定的瞬間を見て、あざ笑ってやる。
 それが、華久夜の最終目的。


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update:09/07/10