お姫様のお気に入り
(10)

 期待はずれで何のたしにもならないつまらない情報にすっかり興味をそがれ、華久夜は面倒くさそうに茉に背を向ける。
 それから、茉にひらひら手を振って、その場を去ろうとした時だった。
「ところで、これから暇? デートしない?」
「はあいぃ!?」
 背に向かってそんなとんでもないことが言われ、華久夜はまたぐるりんと勢いよく振り向いた。
 ぽかんと間抜けに口をあけ、まじまじ茉を見つめる。
 茉は言うにことかいて、一体何を言い出すのだろうか。
 お馬鹿すぎる。突拍子がないにもほどがある。
 何がどうなって、そうなるのだろうか?
 華久夜はますます茉にはついていけない。
 しかし、華久夜の唖然とした様子も気にすることなく、茉はにっこり笑ってさらっと言い放つ。
「だって、僕、華久夜さまのことを気に入ったから」
 そして、あっけにとられる華久夜の手をすっととる。
 今の華久夜には、その手を振り払う余裕がない。呆れすぎて。
「き、気に入ったって……。あ、あなた何様よ!? わたしより身分が低いくせに!」
「うん、だけど、身分なんて関係ないと思わない?」
 悪びれる様子なく、茉はやっぱり軽快にあははと笑う。
「……あきれた」
 華久夜はため息まじりにつぶやくと、さっと茉から顔をそらしくもらせた。
 胸にじわっと冷たいものが広がっていく。
 胸がぎゅうとしめつけられる。
「でも、そうね。あなたみたいに身分なんて気にしない人だといいわね」
 そして、気づけばそうぽつりつぶやいていた。
 そんな華久夜を、茉が不思議そうに見ている。
「どうしたの? 華久夜さま」
 たしかに、そう。身分なんて関係ない。身分なんて関係ないと言える人だとよかった。
 身分なんて関係なく、どんとぶつかればいい。
 けれど、望む相手はそれをためらっている。
 華久夜が身分なんて関係なく、さらって欲しい相手には、それをしてもらえない。
 茉のようなこんな強さが、あの男にもあればいいのに……。
 虎紅にも、茉の半分くらいでいいので、むちゃくちゃなところがあればいいのに……。
 どうして、華久夜が好きになった相手は、あんな馬鹿がつくほど真面目な男なのだろうか。
 それでも、華久夜はそんな虎紅が好きなのだから、仕方がない。
 身分を気にしない人がいいなら、そういう人を選べばいいのだろうけれど、華久夜は虎紅以外はもう考えられない。
 どんなに要領が悪くたって、華久夜はやっぱり虎紅がいい。
 いつの間にか隣にいて、いつもあたたかく見守っている虎紅が。
 あの春の日に、ふと抱く気持ちに気づいた時から。
 その時だった。
 華久夜の目に、汚らわしい真っ黒い球体の姿が飛び込んできた。
 向こうの方から、ぼんぼんはずみながらやって来る。
 それがすぐ近くまでやって来て、失礼にも華久夜に気づかないまま通り過ぎようとしたので、仕方なく声をかけてやった。もちろん、上から目線で、蔑むように。
「あら、鬼栖。一匹で城下をうろついたら危ないわよ。あんたなんて踏まれて無様につぶされちゃうのがおちよ」
 すると、その真っ黒球体がぴくりと震え反応して、さっととまる。
 そして、恐らく顔であろうそれをばっと上へ向けた。
「ん? 誰かと思えば、ぶすでちびの生意気女か。ふぁふぁふぁふぁふぁ、俺様に怖いものなどないわあ!」
 真っ黒球体は、恐らくそこが胸だろうところを張り、自信たっぷりに叫ぶ。
 瞬間、その真っ黒もじゃもじゃの毛にぼんと火がついた。
 光や熱をよく吸収する黒だからということではないけれど、すぐに見事なまでに燃え上がる。
 それを蔑むように見下ろし、華久夜がふっと鼻で笑う。
 何故か、その手にはぼわぼわ燃える火の玉がある。
「あら、そう。それならば勝手にすれば? 助けてって言っても助けてあげないから。それに、わたしは美少女なのよ!」
 そう言うと、華久夜はそのまま火だるま――もとい火球になった物体を憎しみをこめて蹴り飛ばす。
 それは見事ぼんぼんと二度ほどはね、道の端へころがっていく。
 ちょうどそこへ、二階の窓辺に置かれた花瓶が落ちてきて、がつんと命中した。
 花瓶は割れることなく、そのまま地面をごろりところがる。
 花瓶からこぼれた水をかぶり、じゅわわと蒸気をあげ火が消えた。
 針山よろしく、黒こげの毛に、花が何本かぶすぶすささっている。
 ぷすぷすくすぶる体を震わせ、真っ黒……こげ球体は、両手をふりあげ怒鳴る。
「お、覚えていろよー! この凶暴怪物女!!」
 同時に、真っ黒こげ球体はそのまますたこらさっさと通りの向こうへ逃げ去っていく。
 やってきた時のようにはずむことなく、まさに脱兎の如く。
「鬼栖! 後でたっぷりおしおきしてあげるから、覚悟しておきなさい!」
 逃げさる鬼栖に向かって、華久夜は憤慨する。
 鬼栖も少しは賢くなったようで、次の攻撃がくる前に捨て台詞をはいて逃げていった。
 しかし、その後に、逃げたがために利息が加わり、さらに厳しいおしおきをされることには気づいていない。
 やっぱり、つめがあまい。おまぬけ。
 すっかり鬼栖の姿が見えなくなった頃、ようやく我に返ったように、あっけにとられていた茉がぽつりつぶやいた。
「……い、今のは、小悪魔?」
 あの小悪魔め、今度会ったらどんなおしおきをしてやろうかと思案する華久夜も、そのつぶやきにはじかれるように怒りをしずめていく。
 しずめるというよりは、しずめるふりをする。茉には非はないので、そうそうに八つ当たりもできない。
「ええ、そうよ。とっても生意気な役立たずの従魔よ」
「従魔……。使役されているのか……」
 まだまだ語調荒く答える華久夜に、茉はどこか考えるようにまたつぶやく。
 その時だった。
「きゃあっ!!」
 ちょうど鬼栖が逃げていった方にある広場から、そんな叫び声が聞こえてきた。
 同時に、人々がざわめく喧騒も伝わってくる。
 この通りは目抜き通りになっていて、すぐそこの広場の様子も多少はうかがえる。
 中央に時計台をもうけ、東西南北、四方に一本ずつ道がのびている。
 その叫び、喧騒が聞こえると同時に、今の今まで憤っていたのが嘘のように、華久夜は嬉々として目を輝かせた。
「なんだかとってもおもしろそうねっ」
 そうぽつり言うと、華久夜はにやりと不気味な笑みを浮かべ、広場へ向かって走り出した。
 うきうきるんるんと、その足取りは軽く、しまいにはスキップまで飛び出す。
 茉はやっぱり状況をいまいちのみこめず、駆けて行く華久夜をぼんやり眺める。
 けれど、すぐにはっと気づき、慌てて後を追っていく。
 そうして、るんるん気分の華久夜と、追いかけてきた茉が広場につくと、そこはすでに惨状という言葉が似合う場所と化していた。
 破壊された花売りのワゴン、そのまわりにはぼこぼこと大小さまざまな穴があいている。
 そして、その横では、不機嫌にぱんぱんとマントをはたく無傷の世凪。
 舞い上がる砂ぼこりをうっとうしげにはらっている。
 この状況、普段の世凪からすると、また世凪が意味もなく暴れたのだろうと思ったけれど、今回は違うらしい。
 まわりの人たちの話に耳を傾けると、どうやら世凪が急襲にあったらしい。
 鮮血のような真っ赤な髪、金を帯びたスミレ色の瞳、そして悪趣味な真っ黒マントといえば、もはや誰でも知っている王子様の容姿。
 その王子様が襲われたとあっては、人々は騒がずにはいられないだろう。
 たとえ、さっくり返り討ちにあわせるようなとんでもない男だとしても。
 華久夜だけでなく茉も、人々のその声を耳に入れたらしく、険しい顔で世凪と世凪にわらわら集まる人々を見ている。
 そして、人々によって王子様に怪我はないとあらためて確認されると、華久夜のすぐ隣で舌打ちをするような声が聞こえた。
 ちらっと見上げると、茉が苦々しげに世凪をにらみつけていた。
 華久夜の顔が、瞬時にいぶかしげにゆがむ。


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update:09/07/25