お姫様のお気に入り
(11)

 茉は、王子暗殺計画をさぐっていると、華久夜に言った。
 それは何のために?とは聞かなかったけれど、近頃の評判のよさからいって、王子の身を案じてと勝手に思ってしまっていたけれど、もしかしたらそれは違ったのかもしれない。
 むしろその逆で、華久夜と一緒で王子の無様な姿をおがむために……。
 いや、無様な姿どころではなく、もしかしたらその生死を見極めるために、かもしれない。
 もし暗殺が失敗に終わった時は、それに乗じてとどめをさす。
 そこまでは飛躍しすぎかもしれないけれど、これまでの茉に対する見方が変わったことは間違いない。
 茉はもしかして、世凪に危害が及ぶことを望んでいる?
 世凪が助かって舌打ちをするなど、華久夜たち一部の世凪をよく知る者以外では、近頃ではあり得ないだろうから。
 何しろ、世凪は、あれでも一応、この世界の未来を担う王太子。
 華久夜たち一部の者は、世凪がこてんこてんにやられればやられるほど、大喜びする。
 でも、その一部の者でない茉だから……。
「え? 華久夜さま、それは本当ですか?」
 あの後、華久夜は茉と別れ王宮に戻ってきた。
 そして、そこに虎紅の姿を見つけ、使われていない部屋に引っ張り込んだ。
 見まわすと、胡散臭そうな古くほこりがかぶった美術品だろうものが、ごろごろころがっている。
 宝物庫でないことはたしかなので、恐らく、いらなくなったものをとりあえずここに詰め込んだのだろう。
 少し動くだけでほこりがまいあがり、息苦しい。
 こほこほと少しむせながら、虎紅は華久夜を険しい顔で見つめる。
「……ええ。わたし、見てしまったのよ」
 世凪の間抜け面を見て思いっきりあざ笑ってやりたいというかわいい思いなら華久夜も捨て置いたけれど、あの時の茉の表情と舌打ちではさすがに捨て置けない。
 だからといって、華久夜のこの最悪な想像が仮にあたっていたら、もう華久夜一人ではどうにもできないので、とりあえず誰か――虎紅に相談してみた。
 虎紅ならば、認めたくないけれど、華久夜より少しは冷静な判断を下せるだろう。
 そして、それを告げた虎紅もまた、華久夜に会えてほころんでいた顔を強張らせている。
「そうですか。では、探りを入れる必要がありますね。華久夜さまがおっしゃる通りであれば」
 つまりは、証拠がないのでどうにもならないと虎紅は言いたいのだろう。
 だけど、そのまま捨て置くことはやはりできず、とりあえずは調べなければならない。
 あまり気がすすまず、おもしろくないけれど、王子の身に危険が迫っているとあれば。
 まわりの者たちが気にかけなくたって、あの王子は自分でちゃちゃっと暗殺者でも何でも片づけてしまうだろうけれど、かたちだけはとりつくろわねばならない。
 どんなのであれ、限夢界の王子。一応の対策はしておかなければならない。王宮に勤めるものとしては。
 さすがに、これだけほこりっぽいと長居はしていられない。
 いちばん人に聞かれてはまずいところはもう伝え終わったので、華久夜は虎紅の手をひっぱり飛び込んだ部屋から出る。
「虎紅もうすうす気づいていたのじゃないの?」
 華久夜は、少し面倒くさそうに判断を下した虎紅をじっと見つめる。
「え?」
「だって、あなた、茉と会ったあの時、なんだかおかしかったもの。いつもの虎紅じゃなかったわ」
 探るように問い詰めるようにまっすぐ見つめる華久夜に、虎紅は思わず微苦笑を浮かべる。
「ああ、それは――」
 やきもちをやいてしまったから、とは言えない。
 虎紅が茉に冷たい態度をとっていたのは、まさしくそれが理由。
 会った瞬間に、その相手の本質を見抜けるほど、さすがに虎紅でもそんな眼力は持ち合わせていない。
 けれど、虎紅のあの態度から、虎紅はすぐに気づき疑ったと華久夜は思ったのだろう。
 華久夜はずいぶんと、虎紅を高く評価しているよう。
 これは、虎紅としてはちょっぴり嬉しいので、あえて本当のことは言わない。言えるはずがない、やっぱり。やきもちだなんて。
 急に言葉を切った虎紅を、華久夜は不思議そうに見上げる。
「虎紅、そのつづ――」
 華久夜が先を急かそうとした時だった。
「華久夜さま、こんなところにいたのか。またとんずらしたのかと思ったよ」
「あら、紗霧羅、どうしたの?」
 少し驚いたように言いながら、紗霧羅がすぐそこにやって来た。
 とんずらとはどういう意味かと聞きたいけれど、華久夜はとりあえずぐっとこらえ飲み込む。
 ここで華久夜が怒っては話がややこしくなるだけなので、大人になる。
 紗霧羅の後方には、近衛兵と話す莱牙の姿も見える。
 そして、華久夜がそこにいることに気づき、莱牙は近衛兵を置いて駆けて来た。
「虎紅が捕獲してくれたのか」
 華久夜の隣に虎紅の姿を見て、莱牙が納得したようにうなずく。
「ちょっとお兄様、それどういう意味よ!? わたしは世凪みたいに猛獣じゃないわよ!」
「似たようなものだろう」
「何ですって!?」
 さらっと興味なさそうに言い捨てる莱牙の首へ向かって、華久夜のメドゥーサのように意志を持った髪がうねうねのびていく。
 じわじわのびる髪にあわせ、莱牙は余裕の表情で少しずつ後退していく。
 どうやら、莱牙も馬鹿ではないので、いつまでも華久夜の思い通りにはならなくなったらしい。
 さすがに、首をしめられるのは苦しいので。
 そんな静かなる兄妹の戦いを、虎紅は呆れ顔で見ている。
 この二人の兄妹喧嘩は暇さえあればしているようなもので、虎紅もさすがに慣らされてしまっている。
 紗霧羅に至っては、もはや気にすることすらないようで、眼中に入っていない。意識的に無視。
 華久夜の髪が迫っては莱牙が後退するという実にくだらない攻防戦は、いつまでも繰り返しなかなか終わらない様子。
 虎紅は仕方なく、華久夜を背後からふわっと抱き寄せるように腕をまわしとめに入る。
「まあまあ、華久夜さま。これからお茶にするのですよね? 紗霧羅殿から聞きましたよ」
 華久夜は、まるでよく調教された馬のようにぴたりと動きをとめた。
 それから、ゆっくり虎紅へ振り返る。
 すると、虎紅の向こうに、我関せずといった様子で、兄妹の冷戦が終わるのをのんびり待つ紗霧羅の姿があった。
 これまでは、兄妹喧嘩の仲裁に入るのは紗霧羅の仕事だったけれど、そこに虎紅がいれば別。虎紅にバトンタッチされるようになった。
 暴れ馬の手綱をうまい具合にとれるのは、今では虎紅と柚巴くらいなので、要領を得た者に任せるのが楽でいいだろう。
 紗霧羅としても、疲れるだけの余計な仕事はしたくない。
「あ、そうだったわ。今日は広場のカフェテラスでお茶をするのだったわ」
 ぼんやり中庭を眺める紗霧羅を見て、思い出したように華久夜は両手をうつ。
 そして、莱牙へうねうねのびていた髪をすっと落ち着かせ、瞬時にもとのふわふわ金髪に戻す。
 限夢人でも髪を自由に操れるのは、華久夜くらいだろう。
 こんな異様な能力、持っていてはたまらない。
 いつも不思議だけれど、その能力、一体何の突然変異だろうか?
「あれ? 華久夜さまにしては珍しい。『一般人も出入りできるようなところで、この華久夜さまがお茶をするはずがないでしょう』と、いつも言っているのに」
 試すようにくすくす笑いながら、紗霧羅が華久夜に歩み寄る。
 どうやら、紗霧羅はお茶をするということは知っていても、その場所までは知らなかったらしい。
 莱牙との攻防戦を繰り広げているうちに、さきほどいた場所から少しばかりずれてしまっている。
 華久夜はぶうと頬をふくらませて、紗霧羅からついっと顔をそむける。
「……だって、柚巴がそこでお茶をしてみたいって言うのだもの」
「あはは、そういうことね。それで、柚巴には声をかけたのかい?」
 ぱふぱふと華久夜の頭をなでながら、紗霧羅は顔をのぞきこむ。
 すると、華久夜はすぐさま機嫌をなおし、ふるふる首を横にふる。
「ううん、まだ。だから、お兄様、柚巴を呼んで来てちょうだい」
 どうやら、決めていたのはお茶をするということだけで、場所だけでなくメンバーすらもまだ決めていなかったらしい。
 まあ、華久夜のことだから、柚巴がやって来たと聞いて、その場でお茶をすると勝手に決めたというところだろうけれど。
 柚巴もよほどでない限り、華久夜の誘いがあればやって来る。
「ちょっと待て、何故この俺が? 虎紅にでも行かせればいいだろう」
 ばさりとわざとらしくマントをはらい、莱牙は不機嫌に言い捨てる。
 今の今まで喧嘩をしていたのに、華久夜はそんなことはさらっと忘れて命れ――頼み事をするなど、なんと図々し――度胸があるのだろうか。
 しかし、それくらいでひるむ華久夜ではない。
 逆に興を覚えてしまい、にやりと笑う。
「だって、虎紅はこれからわたしたちの世話をやくのよ? それとも、お兄様が召使いになる?」
 華久夜は、挑発するように莱牙をじっと見る。
 すると、莱牙は悔しそうにぎりっと唇をかんだ。
「……くっ。わかったよっ」
 莱牙はそうはき捨てると、そのままさっと空に姿を消した。
 同じ華久夜にあごで使われるのなら、召使いの真似事をするより、柚巴を呼びに行った方がだんぜんいいと莱牙は判断したのだろう。
 しかし、柚巴を呼びに行ったら呼びに行ったで、そこには別のいらいらすることが待っているが、それはもう諦めるしかない。
 だって、相手はあの柚巴馬鹿のどあほう王子なのだから、今さらいらいらしたって仕方がない。


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update:09/08/01