お姫様のお気に入り
(12)

「あーあ。相変わらず、華久夜さまにあごで使われてえ」
「お兄様なんて、あれくらいで十分よ」
 ため息まじりにつぶやく紗霧羅の腕に、華久夜が楽しそうにがしっと抱きつく。
 何やかやと言いつつ、莱牙はやっぱり華久夜に弱い。華久夜のお願い事に弱い。
 それをわかっているから、紗霧羅の顔も多少呆れがちではあるけれど、どことなく優しく微笑んでいる。
 ごろごろ甘える華久夜に、紗霧羅は楽しげに問いかける。
「ところで、華久夜さま、世凪暗殺計画の真相に少しは迫れたのかい?」
 華久夜は一瞬ぽけっと紗霧羅を見て、にやっと笑う。
 そして、大きくため息をはきだした。
「それがさっぱりよ。やっぱり、あれってただの噂だったのかしら? 世凪が狙われるなんて、日常茶飯事といえば日常茶飯事なのよねえ。だって、恨みを買わせたら限夢界一だもの」
「誰が、恨みを買わせたら限夢界一だって?」
 ふるふる首をふる華久夜の前に、いきなりそう言って鮮血が流れた。
 一瞬何が起こったのかと思ったが、すぐにその正体に気づき、華久夜は思い切り顔をゆがめる。
「げっ、世凪、いつの間に!?」
 華久夜は頬を思い切りひきつらせ、心からの嫌悪感をあらわにする。
「華久夜ちゃん、お待たせー!」
 ほぼ同時に、世凪のマントの陰からひょこっと顔を出し、柚巴が無邪気ににっこり笑った。
「って、早すぎよ、柚巴! それに、余分なものを連れてこないでよ!」
 華久夜はびしっと世凪を指差し、八つ当たり気味に叫ぶ。
 つまりは、余分なものとは世凪のことだろう。まあ、世凪以外はあり得ないけれど。
「柚巴が行くところ、必ず俺も行くと決まっているだろう」
 世凪は胸を張り、さもそれが当たり前というようにきっぱり言い切る。
 世凪のマントの中から抜け出そうとしていた柚巴を、再びぐいっと抱き寄せながら。
 その様子を見て、華久夜は思い切り目をすわらせた。……呆れのために。
「……あんた、最近、遠慮なくぬけぬけとのろけるわよね。……ああ、もういいわよっ」
 大きくため息をもらし、華久夜はそれだけを言うのでやっとだった。……やっぱり、呆れのために。
 たしかに、世凪ののろけっぷりは、以前はもう少しまわりくどかったけれど、最近は直球すぎる。
 遠慮することも恥ずかしがることもなく、当たり前のように言い切る。
 いや、よく考えれば、以前からも世凪はこうだったか?
 どこまでいっても、世凪は柚巴馬鹿。
 柚巴と世凪につづき莱牙も戻ってきたことを確認し、華久夜は面倒くさそうにひらひら手を振りながら、ゆったり歩きはじめた。
 いつまでもここにとどまって話していても埒が明かない。
 どうせ世凪が加わったことにより疲れる思いをするのなら、どこかにゆったり腰をおちつけてからの方がいくぶんましと華久夜は判断した。
 もともと、これからお茶の時間をするつもりだったので、いつまでもこんなところで油を売っている暇もない。
 どうやら、柚巴のお許しが下りないようで、世凪は渋々柚巴を解放する。
 しかし、それでは王子様がとってもすねてしまうので、妥協案として、仲良く手をつなぐことは容認したらしい。
 世凪は柚巴と手をつないで、ぽてぽて歩いている。
 まったく、手がかかる王子様。
 そうすると、次第に王子様のご機嫌はとってもよくなる。さらに、悪乗りまではじめてしまう。
「それで、俺についての楽しい噂が流れているんだってな? ちびっこ姫」
 世凪は華久夜の顔をのぞき込み、にやりと笑う。
 いきなり現れたその憎たらしい顔へ向けて、華久夜の華麗な手が平手打ちをあびせるべくさっと放たれる。
「誰がちびっこよ!」
「お前だお前、華久夜」
 ひょいっとかるがる華久夜の手をよけ、世凪は馬鹿にするように笑う。
 すると、柚巴が「世凪、めっ」とぺちんと世凪のおでこをたたいた。
 そうなるともちろん、王子様はしゅんとしてちょっぴりすねる。
 華久夜はというと、世凪にとびかかろうとして、虎紅にはがいじめにされとめられている。
 すねていたかと思えばすぐさま回復して、世凪はやっぱりふてぶてしい態度でさらっと言い放つ。
「まあ、その噂、あながちはずれてはいないがなあ」
「……え?」
 華久夜は虎紅を振り払おうとしていた手をとめ、さっと世凪を見る。
 すると、世凪はやっぱりさらっとたんたんと話しはじめる。
 先ほどまで争っていた二人だけれど、そんなことはもう綺麗さっぱり忘れてしまっている。
 まあ、華久夜と世凪二人の争いもまた、華久夜と莱牙兄妹の喧嘩と同じく、日常茶飯事なのでこの程度なのだろう。
 もはや、喧嘩をすることが、彼らのコミュニケーション手段になりつつある。
「近頃、雑魚がまわりをちょろちょろしているようではある。だから、少しからかってやったら、まんまとのってきた。昨日など、ばればれな落とし穴に俺を落とそうとした。……というか、落とし穴って、ガキのいたずらかっ」
「じゃあ、あんた、やっぱり恨みを買っているのね」
 ふうと呆れがちに華久夜がため息をもらす。
 世凪が馬鹿にするように、くっと笑う。
 それから、自信たっぷりにきっぱり言い切る。
「恨みなど、この俺が買わないわけがないだろう。皆、俺の素晴らしさに嫉妬しているからな」
「……言ってろ」
 さすがに我慢ならなかったのか、莱牙がぼそりと苦々しげにはき捨てた。
 たしかに、恨みを買わないわけがないときっぱり言い切るのもどうかと思うし、さらにその理由が嫉妬をしているからとは……お天気頭にもほどがある。どれだけ自分に自信があるのか……。
 限夢界一の暴れん坊の困った王子様のくせに、よく言えたものである。
 まあ、そういう向かうところ敵なしの王子様だからこそ、堂々と言えるのだろうけれど。
「あーあ、本当、こんな男、さっさと殺されちゃえばいいんだわ」
 面倒くさそうに、華久夜は呆れいっぱりにつぶやく。
 それは、口にはしなかったけれど、誰もが思っていることだろう。願っていることだろう。
 こんなふざけた王子様、一度や二度、痛い目を見た方がいい。むしろ、うまい具合に()っちゃってくれた方が、世の中のためだろう。
 本当に、いい迷惑な王子様だから。


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update:09/08/07