お姫様のお気に入り
(13)

「世凪さま、柚巴さま」
 そう言いながら、何もない空の中から、渦を巻くようにしゅるんと梓海道が現れた。
 そして、世凪の前にひざまずく。
「梓海道?」
 梓海道がやって来ることは予定していなかったのだろう、世凪が訝しげにひざまずく梓海道を見下ろす。
 この忠実な従僕は、主が望まないことは決してしない。
 それが、愛しい女性を抱き寄せ、からかったら面白い連中で遊ぶというとってもステキな時間を邪魔するのだから、訝しんでも仕方がないだろう。
「お楽しみのところ申し訳ありません。王が世凪さまと柚巴さまをお呼びです」
 梓海道は世凪の視線に動じることなく、事務的に告げる。
「はあ? 面倒くさいなあ」
 世凪はすぐさま、とてつもなく嫌そうに顔をくずした。
 世凪の楽しい時間を邪魔するのだから、それだけの理由があるだろうと踏んだのに、どうやらたいしたことない、どうでもいい用だったらしい。
 王の呼び出しなど蹴散らしてしまえばいいのに、このくそ真面目な従僕はわざわざそれを伝えにくる。
 必要なところで融通がきかない。
 どうやら、世凪の反応などお見通しだったらしく、のり気でない様子にも、梓海道は動じていない。
 むしろ、首に縄をまいてでも連れて行くつもりだろう。
 いらないところで豪胆。
「そう言わずに、世凪。王様が呼ぶということは、きっと何かあるのよ」
 しかし、僕が困っていると助け船を出さずにはいられないのが、未来のお妃様。
 柚巴は困ったように眉尻を下げ、めっと世凪をしかる。
「あのくそ親父は、つまらん用ですぐ呼ぶからな」
「まあまあ、とりあえず行ってみよう? きっとすぐに終わるよ」
「……ちっ。仕方がないなあ」
 世凪が苦虫を噛み潰したような顔ではき捨てる。
 鶴の一声ならぬ柚巴の一声で、強情な王子様もさっくり陥落。
 王子様に何か行動に移してもらわねばならない時は、未来の王妃様にお願いするのがいちばんとはよく言ったものである。
 近頃は、臣下たちも、王子様にお願い事だったりやめて欲しいことがあれば、未来のお妃様にお願いする。
 そうすると、手っ取り早いし、いちばん確実だから。
 しかし、それでもどうにもならない時も、ごくたまにはある。
 そういう時は、もう腹をくくるしかない。総動員で命をかけての捕獲作業開始。
 柚巴はぽんぽんと世凪の頭をなで、あやす。
 すると、あれほどご機嫌ななめだった王子様の顔が、ほにゃんと幸せそうにくずれた。
 やっぱり、柚巴にかかれば、頑固者の世凪だっていちころ。
「そういうことだから、華久夜ちゃん、ごめんね、先に行っててくれる?」
「んもうっ、仕方がないわねえ。今度おじさまに嫌味を言ってやるわ」
 華久夜はぷうと頬をふくらませ、すねてみせる。
 王子様の次は、こちらの姫君がご機嫌をななめにしてしまったらしい。
「そういうことが言えるのは、華久夜さまくらいですよねえ」
 華久夜をくいっと抱き寄せ、紗霧羅は楽しげにくすくす笑う。
 すると、華久夜はぽてんと紗霧羅の胸に頭をあずけ、むうと口をとがらせる。
「だって、わたしと柚巴の邪魔をするなんて、おじさまでも許せないわ」
「あはは、まったく、華久夜さまは」
 華久夜がすねればすねるほど、紗霧羅は愉快そうに笑う。
 ぎろりと紗霧羅をにらみつけるも、華久夜はそうそうに諦めてしまったらしく、はあと盛大にため息をもらした。
 華久夜がどんなに怒ったところで、この使い魔たち相手ではむなしくなるだけ。
 だって、華久夜の怒りすら、楽しんでしまうのだから。
 そうすると余計に腹が立つので、ならばもういろいろと諦めて流すのがいちばんだろう。
 怒ると体力を消耗する。
「ごめんね、華久夜ちゃん」
 世凪の腕の中で、柚巴がぱんと両手を合わせた。
 そんなところで謝ったところで、悪いと思っているようにはさっぱり見えないから不思議。
 不思議などではなく、事実、ちょっぴり華久夜を馬鹿にしている。
 柚巴ではなく、世凪が。
 世凪はわかっていて、あえて華久夜を挑発しようとしている。
 しかし、そんな安易な挑発にのる華久夜ではない。
「ああ、もうわかったわよ。じゃあ、先に行っているから早く来てね」
 華久夜は面倒くさそうに、ひらひら手をふりこたえる。
 馬の耳――もとい、世凪の耳に念仏。
 どんな嫌味だって、通じない。
 だからもう、これ以上いらいらしないためにも、さっさと追い払う方がいい。
 追い払って、用事さえすめば、また柚巴は華久夜のもとに帰ってくるのだし。
 ……ただ、やっぱり、いらないおまけもついてくるけれど。
「うん。行こう、世凪」
「ああ」
 柚巴はそう言って、世凪を促す。
 世凪は一度うなずき、そのまま柚巴を抱え、すっと姿を消した。
 それに続け、梓海道も空の中に姿を消していく。


 ひとまず柚巴と別れ、華久夜たちはカフェテラスにやって来た。
 王宮の中でも、一般の者が立ち入れる区域に設けている。
 少し懐に余裕がある者や、ちょっといつもとは違う雰囲気を味わいたい者たちが、ここでお茶をしている。
 または、王宮で働く者たちが、休憩に利用したりもする。
 オープンテラスになっていて、今時分はやわらかな日差しがさし心地いい。
 カフェテラスに足を踏み入れると同時に、華久夜は思わずつぶやいていた。
「あら、茉?」
 テラスの一角の椅子に、ちょうど腰かけようとしている茉の姿を見つけた。
 これだけ離れていれば声は届いていないだろうに、茉ははかったように視線をあげ、ばっちり華久夜の視線と合う。
 同時に、茉はにっこり微笑んだ。
「華久夜さま、よく会うね」
「そ、そうね」
 カフェテラスに踏み入れぽてぽて歩く華久夜に、茉は立ち上がり声をかける。
 そして、華久夜に歩み寄る。
「ところで、どうして茉がこんなところに……」
 やってきた茉に、華久夜は眉根を寄せる。
 これまでも何度か会ったけれど、それはすべて城下でだった。
 まさか、城内で会うとは思っていない。
 いくら一般人でも利用できる場所といっても、身元がしっかりしていない者はもともと城内には入れない。
 まあ、茉の父親は役人らしいから、身元はしっかりしているだろうが、こんなところに一人でわざわざやってくるもの好きでもないように見える。
「さっきまである方にお会いしていたんだ。それで、ここで休憩してから帰ろうかなとね」
「ふーん」
 茉はたわいなく答え、にこっと笑う。
 やはり、謙遜していただけで、茉はすでにそれなりの地位にのぼりはじめているらしい。そんなにのんびりしたことを、当たり前のように言えるのだから。
 まあ、華久夜の見立てではそれなりに力はあるようだから、それなりの身分の者に会うことがあっても不思議ではないだろう。
 ある方にお会いしていた≠ニ言うのだから、相手は茉よりは身分が上であることは確かだろう。
 何よりも、華久夜にはひっかかっていることがある。
 先ほど虎紅と話していた疑念は、まだぬぐい切れていない。
 城下で会っていた頃とは違い、ここに茉がいるということも加味して、油断してはならない。どんなに人懐こい笑顔を向けても、気を許してはいけない。
 もしかしたら、あの無謀な計画に関係しているかもしれない人物なのだから。
 普段、華久夜は散々世凪なんて死んじゃえばいいのよと言っているけれど、いざ世凪の命を狙う者が現れたら、なんだかとってもおもしろくない。
 おもしろくないから、ついつい世凪側についてしまう。
 やっぱり、世凪にぎゃふんと言わせるのは、華久夜か、もしくは仲間の使い魔たち以外は許せない。
 しかし、華久夜の警戒には気づいていないようで、これまでのように茉は親しげに華久夜に微笑みかける。
 まあ、下手に警戒し、なかなかしっぽを見せないよりはましだけれど。


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update:09/08/14