お姫様のお気に入り
(14)

「ところで、これからお茶をするんだよね? よかったら何かおごるよ?」
「いいわ。つれがいるもの。これからまだ何人か来るわよ」
 無邪気に微笑む茉を、華久夜はそっけなくあしらう。
「そっか、残念。じゃあ、邪魔はできないね」
「邪魔って……」
 茉はがっくり肩を落とすけれど、顔はそんなに残念そうではない。
 華久夜は思わず、言葉につまってしまった。
 つまりは、この後もまた人が来なかったら、茉は華久夜たちのお茶の席に割って入ろうとしていたのだろうか?
 いくら嫌いではないといっても、出会ってまだ数日しかたっていないのに、しかも華久夜の他にも人がいるのに、ともにお茶の席をするなどずうずうしいにもほどがある。
 まあ、しかし、茉という男は、出会った時から身分の上下や力関係などは気にしていないようだったけれど。
 普段の華久夜ならそれを面白がるところだけれど、先ほど虎紅たちとああいう話をしていたばかりなので、さすがにその気にはなれない。
 まさか、疑っている相手と和気あいあいまったりお茶をできるはずがない。
「ところで、どうして、あなたまで王子暗殺のことを調べているの?」
「……え?」
 唐突に問う華久夜に、茉はすっと笑顔を消した。
「か、華久夜さま、いきなり核心をつきすぎですよ」
 すぐそばで聞き耳をたてていた虎紅が、慌てて華久夜に駆け寄り耳打つ。
 気にしていないふりをしていても、しっかり華久夜と茉の会話を気にしていたらしい。
 気にしないはずがない。
 だって虎紅は、最初から、茉が気に入らなかったのだから。
 華久夜が使い魔たち以外に、あっさり気を許すことなんて滅多にない。
 それが、あの様子……。
 今は華久夜も茉を疑っていることを虎紅は知っているので、そちらの心配はないけれど、さすがにそれは唐突なだけでなく直球すぎる。
 疑っていますと言っているようなもの。
 さっさと片づけてしまいたいのはわかるけれど、これはさすがに……。
「いいから、見ていなさい」
 しかし、慌てる虎紅とは違って、華久夜は胸をはり得意げに笑ってみせる。もちろん、小声で。
「まったくもう」
 その悪びれるどころか自信まんまんの華久夜の様子に、虎紅はがっくり肩を落とす。
 勢いづいてしまった華久夜はとめられない。下手にとめると余計ややこしいことになる。
 ここは注意深く見守る方がいいだろう。
 虎紅は諦めて、華久夜からすっと一歩ひく。
 突然の華久夜の問いかけにぽかんとしている茉に、華久夜はたたみかけるように言う。
「気になっていたの。結局聞けず仕舞いだったから」
 華久夜はどことなく険しい顔で、茉をじっと見つめる。
 茉は何のことだろう?と首を少しかしげ、すぐにぱっと目を見開いた。
 そして、何かに気づいたようににっこり笑う。
「ああ、だって、王子暗殺阻止という大義名分と恩があれば、未来の王妃さまを拝見できるかもしれないじゃないか!」
「……はあ!?」
 華久夜は思わず、すっとんきょうな声をあげた。
 少し距離を置き、華久夜と茉の会話に聞き耳をたてていた虎紅や莱牙たちもまぬけにぽかんと口をあけている。
 そして、茉を凝視していることに気づき、慌てて視線をそらす。
 ぱくぱく口を動かすだけで声がでない華久夜は気にせず、茉は握りこぶしをつくり熱く語りだす。
「婚儀の際、バルコニーにおでましになったお妃さまを拝見はできるけれど、遠めからじゃしっかり見られないだろう? あの世凪を骨抜きにしたという女性だよ、一体どんなにお美しい方か……。そのような美姫、話のたねに一度しっかり見ておきたいだろう?」
 茉は目をきらきら輝かせ熱弁をふるう。
 華久夜は思い切り目をすわらせ、大きく息を吐き出した。
 体から、がくがくがくーと力が抜けていく。
 まさか、そういう理由だったなんて……。
 今まで華久夜が悩んでいたことは、一体何だったのだろうか?
 なんとも、すんとんだ理由。
 馬鹿馬鹿しすぎて言葉にならない。
 これじゃあ、華久夜が滑稽すぎる。
 何より、茉が言っていることに、微塵も疑いを抱けないのが悔しい。
 これだけ透き通ったきらきらした目で熱く語る姿を見ていると、まあ嘘ではないと思うから仕方がない。
 茉の言葉をすんなり受け入れてしまった瞬間、華久夜に怒濤のように疲れが押し寄せた。
 張り詰めていた糸が、ぷっちんと切れた。
「……呆れた。そんな理由で。――でもまあ、柚巴は美人ではないけれど、とってもかわいいことはたしかね」
「ほら、やっぱり!」
 ため息まじりに答える華久夜に、茉は嬉しそうに目を輝かせる。
 茉の中では、美人ではなくても、かわいければオーケーらしい。
 何より、自分の予想が間違っていないと確信でき嬉しいよう。
 うきうきしだした茉に、華久夜はむっと頬をふくらませる。
「ちょっと、でもね、柚巴よりもわたしの方がもっと美しいのよ!」
「あはは、そうだね」
「もうっ、信じていないわね! 本当なんだからね! この限夢界でわたし以上に美しい姫はいないわよ!」
 華久夜は茉の胸倉をつかみ、にらみつける。
 どうやら、そこだったらしい。
 華久夜が気にするところは、華久夜が美しいかそうでないかというところだけ。
 もはや、先ほどまで茉を疑っていたこととか、どうでもいいらしい。
 華久夜は美しい、すべてはそれにつきる。
 乱暴な扱いを受けてもにこにこ微笑みつづける茉に、華久夜の方が早々に白旗をあげてしまった。
 茉相手では、本気で怒る方が馬鹿らしい。
 華久夜は茉の胸をどんとおして、乱暴に手を放した。
 そして、訝しげに茉を見る。
「でも待って、それじゃあどうして、あの時舌打ちしたの?」
「え? 舌打ちって?」
 華久夜の問いかけに、茉は大仰に驚いてみせる。
 その様子から、本人にはその気はまったくなかったらしい。
「したじゃない、ほら! 一昨日、城下の広場で世凪が襲われた時」
「ああ、だって、せっかく僕が助けて恩を着せて、それをだしに未来の王妃さまにお目通りをお願いしようと思っていたのに、世凪ってばあんなにあっさりかわしてさあ。つまらないじゃないか」
 茉は不服そうにはき捨てる。
 あんぐり口を開け聞いていた華久夜が、はっと我に返り叫ぶ。
「って、そういう理由!?」
「うん、そうだけど、それが?」
 茉は変わらず、あっけらかんとした様子で首をかしげる。
 華久夜はへにょへにょへにょーと、その場にくずおれていく。
 ぺちょんと座り込んでしまった華久夜を、茉が不思議そうに見ている。
 ほとほと呆れた理由である。
 そのつまらないことのために、華久夜は一時とはいえふりまわされていたのかと思うと、違う怒りがふつふつわいてくる。


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update:09/08/25