お姫様のお気に入り
(16)

 莱牙と虎紅が面倒くさそうに、いまだ世凪の足の下にいる鬼栖を眺めている。
「間抜けだ。世凪じゃないけれど、正真正銘の間抜けだ」
「普通気づきますよね? こんな初歩的なこと」
「馬鹿すぎる」
 二人はうんうんうなずき合う。
「じゃあ、やっぱり、世凪の命を狙っていたのって、この役立たず球体?」
 一度はさっさと捨ててお茶を開始しようと思ったけれど、どうやらそれよりもこっちの方が面白そうなので、華久夜は柚巴と世凪へ歩み寄っていく。
 もちろん、紗霧羅の手をとりながら。
「ああ」
「うん」
 華久夜がやって来たことに気づいた世凪と柚巴は、二人同時にこくりうなずいた。
 華久夜がいまいましげに唇をぎりっとかむ。
 やっぱり、一度はあきれたけれど、この役立たず球体にはいろいろと憤りを覚える。
 面白いどころか、腹が立つだけだった。
 華久夜の計画を、こっぱみじんに打ち砕いたのだから。世凪の馬鹿づらを拝むという、華久夜の野望を打ち砕いたのだから。
「ああ、もうっ。せっかく世凪のほえ面をおがめると思ったのに、こんなのじゃ無理じゃない!」
 もっと役に立つ奴が犯人だったなら、あるいは華久夜の願いも叶ったかもしれないと思うと、悔しくて仕方がない。
 何より、知らなかったとはいえ、こんな不細工球体のまぬけな計画に少しでも期待してしまっていた華久夜自身が腹立たしい。
 こんな屈辱ってない。
「華久夜、お前、陰でこそこそ動いていると思えば、それが狙いだったのか?」
 世凪の頬がひくりとひきつる。
 華久夜は、悔しがり地団駄を踏む足をとめ、世凪をきっとにらみつける。
 かと思うと、にやっと意味深長に笑った。
「当たり前じゃない。世凪の無様な姿、あざ笑ってやりたいじゃない? ……ああ、でも、柚巴を前にした世凪は、いつも無様だったかしら?」
 そう言い終えると、華久夜は口元にかるく握った手をやり、ころころ小生意気に笑い出す。
 どちらにしても、世凪をからかって遊べるならば、華久夜の機嫌はすぐさま回復する。
 そう、結局のところ、世凪を笑いものにできさえすればそれでいい。
 真っ黒球体の小物など、相手にする必要はない。
「華久夜、貴様、……殺すっ」
 ばきぼきと手の関節を鳴らし、世凪はそこに火の玉を作り出す。
 得意げに笑う華久夜をぼんやり眺めていた柚巴が、深いため息をもらした。
「世凪、女の子をいじめちゃ、めっ」
 そして、火の玉を持つ世凪の手に、両手をぽんとのせて、たしなめるように世凪を見つめる。
 瞬間、世凪の手の中にあった火の玉はかき消えた。
「ゆ、柚巴っ」
 世凪はめろめろにうろたえ、柚巴を見つめる。
 柚巴にじっと見つめられ、しかも手を触れられ、さとされてしまっては、世凪はいろいろな意味で危ない。
 嬉しさのあまり意識がぽんととんだりとか、どうしてとめるんだ?という疑念とか、いろいろな思いがないまぜになる。
 とにかく、柚巴に見つめられると、世凪は尋常でいられなくなることだけは確か。
 世凪は柚巴に骨抜きにされていく。
 けれど、すぐに呆れながら世凪を見ている使い魔たちに気づき、射殺さんばかりににらみつけ咳払いをした。
 それから、世凪はきりりと顔をひきしめ、格好をつけてみせる。
 今さら体裁をとりつくろったところで、もう遅いということはこの際気にしない。
「それで、不細工球体、何故無謀にも俺の命を狙おうとした?」
 地面にめり込む不細工球体を、えぐりだすようにぼかんと蹴飛ばす。
 すっぽりはまっていた地面から飛び出し、鬼栖はごろごろと転がっていく。
 そして、いくらか転がったところでとまり、びちゃびちゃに濡れたぼろ雑巾のようにべちゃっと地面に倒れこむ。
 それで息絶えるかと思いきや、鬼栖は意外にもしぶとかったらしく、のっそり体を起こした。
 憎しみいっぱいをこめて、世凪をにらみつける。
「だって、許せないだろ! お前のようなドスケベ変態男と柚巴が結婚するなんて! 柚巴は俺様と結婚すると決まっているのにー!!」
 鬼栖はそう叫ぶと、その場に突っ伏し、わんわん泣きはじめる。
 柚巴は、呆れるような困ったような複雑な顔で、鬼栖を眺める。
「……おい、待て、ちびっこ。お前、そんなことで……」
 今の今まで怒りを覚えていたはずの世凪が、あきれいっぱいに鬼栖を眺める。
「ほう、ちびっこ球体のくせに、一人前にやきもちか」
 世凪の背で、莱牙が感心したようにつぶやいた。
 莱牙の横には、楽しそうににやにや笑う華久夜と紗霧羅もいる。
 なんとも、鬼栖らしいといえば鬼栖らしいだろう。
 お粗末すぎる動機。
 お粗末だけれど、それは誰もが思っていること。
 柚巴は鬼栖と結婚云々はあえて聞かなかったことにして、どうして世凪のようなドスケベ変態男と柚巴の結婚を許せるだろうか。
 しかし、それを考えるとこみあげる怒りの切りがないので、あえて考えないようにする。
 誰もが呆れて、鬼栖など放置して、何もなかったようにお茶をはじめようと動き出した時だった。
 それらすべての期待を裏切り、いや、ある意味期待通りに、使い魔たちとは違う動きをする者が現れた。
「鬼栖ちゃん、かわいい」
 駆け寄り、そう言って、柚巴が鬼栖をぎゅっと抱きしめ、すりすりほお擦りしている。
 まるで、ぬいぐるみかペットにする扱いと同じように。
 けれど、柚巴の腕の中で、すりすりされているという事実さえあれば、鬼栖にはそんなのは関係ない。
 鬼栖は柚巴の腕の中で、幸せそうにうっとりしている。
 もちろん、そうすると、こちらの王子様も黙ってはいない。
 柚巴の腕の中から憎らしい真っ黒球体を抜き取り、そのままべちんと地面にたたきつける。
 おまけに、その上に、空から取り出した大岩をどすんと落とした。
「……消去(デリート)してやる」
 そして、目をすわらせ、ぼそりつぶやく。
 それを見て、柚巴は慌てて世凪の腕をぎゅっと抱きしめる。
 訴えるように世凪を見つめる。
「世凪、鬼栖ちゃんをまだ殺しちゃだめ!」
 それから、柚巴は世凪の腕を放り出し、大岩の下敷きになった鬼栖を助けようと手をのばす。
 世凪は面白くなさそうに、柚巴の腕をぐいっと握り抱き寄せた。
 優しい柚巴だから、無様な負け犬にも手をさしのべるのだろうけれど、それは許さないと、世凪は迫るように柚巴を見つめる。
 柚巴も早々に諦めてしまったのか、困ったように世凪を見つめ、ふるっと首を小さく横に振った。
 そしてそのまま、ぽてんと世凪の胸に頭をもたれかける。
 この場合、優先されるのは、世凪のご機嫌。
 だって、ここで世凪のご機嫌を損ねたら、本当に鬼栖は殺されかねない。
 どうやら鬼栖は、最後の砦、柚巴にまで見捨てられてしまったらしい。いや、ある意味助けられてはいる。
 もちろん、使い魔たちは最初から、誰一人として鬼栖を助けようとも、味方しようとも微塵も思っていない。
「ちょ、ちょっと、やっぱり柚巴がさりげなくいちばんひどいわよね」
 頬をひきつらせ、華久夜がぼそりとつぶやくと、紗霧羅と莱牙がそれに激しく同意した。
 どうやら、ひっかかりを覚えたのは使い魔たちだけではなかったようで、大岩の下から這い出てきた鬼栖も、のしいかのようにへろへろになったままで、大粒の涙をぼろぼろ流し、泣き叫ぶ。
「柚巴ー! まだって何だ!? まだって!?」
 もとが真っ黒なので定かではないけれど、恐らく鬼栖の今の顔色は真っ青になっているだろう。
 世凪と対峙していた時よりも恐怖におののいているらしく、鬼栖のまん丸な体ががくがく震えている。
「そうか、まだだめだが、いつかはいいのか」
 にやりと笑って、世凪がとどめをさす。
 柚巴にちょっかいを出す者は、誰であろうと、完膚なきまでにたたきつぶす、それが世凪のモットー。


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update:09/09/08