お姫様のお気に入り
(17)

 使い魔たちにとっては見慣れた、普段の光景のひとつにしかすぎないけれど、そうでない者もいる。
 もちろん、この馬鹿らしい争いに巻き込まれてしまったカフェの給仕たちもそうだけれど、居合わせてしまった茉もまた、呆然とそこに立っていた。
 ふとそれに気づき、紗霧羅がゆっくり歩み寄り、茉の肩をぽんとたたいた。
 哀れむような同情するようなため息を小さくもらし、何かをかみ締めるように一度うなずく。
「すまんな、こいつらのいつものおちゃめなお遊びに巻き込んでしまって」
 気の毒そうに微苦笑を浮かべる紗霧羅を見て、その言葉を聞いて、茉は瞬時にぴきんとかたまった。
 無理はないだろう。
 だって、あり得ないのだから。これが、いつものおちゃめな遊びって、あり得ない。むちゃくちゃすぎる。
 普通の人には、普通ではない。そんな簡単なことで片づけられない。
 これは、まぎれもなく、命をかけたバトル。
 茉はこんなに度肝を抜かれているのに、使い魔たちは面倒くさそうに、さっさとお茶の時間をはじめようとしている。
 もちろん、虎紅も例外ではない。平然としている。むしろ、誰よりも呆れている。
 虎紅は一度ため息をもらすと、すっかり世凪に十八番を奪われたかたちになりすねる華久夜を、このカフェでいちばん日当たりがいい席へ促す。
 同時に、華久夜はぱっと顔をはなやがせ、嬉しそうにそれに従う。
 華久夜はたとえどんなことがあったって、虎紅には従い、そして虎紅によって一喜一憂する。
 茉にはそう思えた。
 その瞬間、茉の胸の内を冷たい風が流れた。
 これでは、かないっこない。
 茉には無理だ。こんな状況に慣れることも平然とすることも、そして、瞬時に華久夜にそんな顔をさせることも。
 茉はぶるぶる首をふり、すっと目を閉じた。
 それは、自らに言い聞かせるようにも、気持ちを落ち着かせるようにも見える。
 その横では、つぶれてぼろぼろになった鬼栖をボールにして、莱牙と紗霧羅に梓海道も加わり、世凪とともに球蹴りをはじめていた。
 その光景を、給仕を呼びつけ早速注文をはじめた華久夜が、馬鹿らしそうに眺めている。
 さすがにその狼藉はとめるだろうと思っていた柚巴ですら、すっかり鬼栖を見放し、サッカー観戦をしている。
 自分のペットがおもちゃにされていようと、関係ないといった様子。むしろ、楽しんでいる。
「どう? 未来の王妃様を見た感想は」
 相変わらず呆然と立ちつくす茉に、華久夜が問いかける。
 距離としてはそんなにはなれていないので、少し声をはれば茉の耳にもちゃんと届く。
 華久夜の声がかかり、茉はようやく我に返った。
「え、あ、う、うん。あの……っ」
 けれど、言葉はでてこない。
 どもる茉に、華久夜はおかしそうにくすくす笑う。
 華久夜の前にすっと体をすべりこませ茉への視線を遮断し、虎紅がにっこり笑う。
「華久夜さま、そろそろみんなを呼んでお茶にしませんか?」
「ええ、そうね。柚巴たちを呼んできてちょうだい、虎紅」
 華久夜は虎紅へすっと手をだし、ふふふと笑う。
 すると虎紅は出した華久夜の手をとり、そこにそっと口づけを落とした。
「……かしこまりました、華久夜さま」
 唇を寄せたそこから上目遣いに華久夜を見て、虎紅は妙に艶かしく微笑む。
 瞬間、華久夜の顔が夕焼け空よりも鮮やかな赤に染まった。
 虎紅はもう一度楽しそうににこっと笑うと、華久夜の手をはなし、サッカーに興じる使い魔たちのもとへゆったり歩いていく。
 その後姿は、まるで勝ち誇ったように見える。勝者の風格さえ漂っている。
 茉はぼんやりとそれを眺めていた。
 それから、小さくふっと笑う。
 華久夜は両頬に手をあて、柚巴たちがやってくるまでに、必死に熱を冷まそうとする。
「これはまた、にぎやかだねえ」
 華久夜の頭上で、そんな声がした。
 両頬に手をあてたまますっと見上げてみると、そこには壮年の男性二人が、呆れたような、けれど優しい微笑みを浮かべ立っていた。
 その二人の姿を見た瞬間、そこにいた給仕たちの気配がぴりりと強張り、体はかちんとかたまった。
 それから、慌てて、それぞれにその場でぴしりと姿勢をただし礼をとる。
 ちらりと横目でそれを見て、男性の一人がさっと手を出し制した。
 それを受け、給仕たちはまたわたわたしながら、それぞれの仕事に戻っていく。
「あら、お父様、どうしたの? 変な顔をして。お父様たちもお茶をしにきたの?」
 まるでまわりの空気を読めていないかのように、華久夜はうっとうしそうに男性の一人に問いかける。
 別に本当にうっとうしがっているわけではない。
 ただ、頬の熱がまだひいていないので、それに気づかれたくなくて、わざとつっけんどんな態度をとっている。
「いや、そうではなくて……」
 気にするところがずれているとでも言うように、男性――華久夜の父、玲依は微苦笑を浮かべる。
 華久夜は不思議そうに首をかしげた。
 すると、姿勢をぴりっとたもったままの茉が、華久夜に微笑みかけ、けろっと言い放つ。
「お二人にお話をさせていただいていたんだ。――華久夜さま、僕と婚約してほしい」
「はあいい!?」
 瞬間、華久夜は椅子からずり落ち、すっとんきょうな声を上げる。
 ぎょっと目を見開き、口をぱくぱく動かしている。
 華久夜のまぬけな雄叫びに、鬼栖で遊んでいた使い魔たちもぴたっと動きをとめ、注視している。
「華久夜さまほどの負けん気が強くてはきはきした女の子、そういないと思うんだよね。僕の好みど真ん中」
 しかも、茉はあっけらかんと、いけしゃあしゃあと続ける。
 さすがの華久夜も、これにはめまいを覚えた。
 ずり落ちた椅子から立ち上がろうとしていたところを、またずりっと転んで地面にしりもちをつく。
 これには虎紅も黙っていられないようで、慌てて華久夜のもとへ駆け寄る。
 柚巴や使い魔たちも興を覚え、楽しそうに歩み寄っていく。
 その後から、へろへろになった鬼栖が、やっぱりへろへろとついていく。
「まあ、こう言っているから……。それにまあ、華久夜ともつりあわない身分ではないし」
 困り顔で玲依はそう言いながら、倒れた華久夜を助け起こす。
 華久夜がぽすんと椅子に座りなおすと、玲依は再びともにやってきたもう一人の男性――限夢王の横に並ぶ。
 そう、この場にやって来たのは、王とその王弟だから、給仕たちはあれほどうろたえてしまった。
 しかし、そのような二人が、どうしてこの場にやってきたのか……。
 それはまあ、そろそろなんとなくわかる。
「身分? 茉の家って……」
 華久夜は訝しげに、茉と玲依を交互に見る。
「王宮守備隊大佐の子息。彼も力はあるから、父親と同じ、もしくはそれ以上の地位が見込まれる。出世頭だよ」
 おだやかな微笑を浮かべる玲依が、やはりおだやかに華久夜にそう説いて聞かせる。
 瞬間、華久夜の顔が真っ赤になりぼんと爆発する。
「茉、あなた騙したわね!?」
 きっと茉をにらみつける。
 けれど、茉はそんな華久夜に気おされることなく、やはりあっけらかんと答える。
「騙していないよ。別に言う必要はないかなあって」
 悪びれることなくにこにこ笑う茉に、華久夜の怒りはさらに増していく。
 この華久夜さまを騙したなど、その罪万死に値するとでも言いたげに。
 暴走をはじめない限りは、玲依も華久夜をとめる気はない。
 華久夜は自由にのびのび、野放しにしているのがいちばん害が少ない。
 玲依は困り顔で、成り行きを見守っている。


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update:09/09/16