月の箱庭
(1)

 ヴィオレッタはのらない気分で、花舞の間と呼ばれる王宮応接間にいる。
 そこにはヴィオレッタの他に、きらびやかに着飾った名だたる貴族の姫たちの姿もある。
 皆それぞれにお茶などを楽しみながら、一見優雅に振る舞っている。
 しかし、その内心は皆、そろそろいらいらが爆発寸前だろう。
 何しろここで、かれこれすでに二時間ほどこの状態で待たされているのだから。
「一体、この状態であとどのくらい待てばよいのかしら?」
「まったくですわ。これだけの姫が集められたというのに、いまだいらっしゃらないなんて、失礼じゃありませんの」
 さすがにそろそろ、姫たちの間からも不平がもれはじめている。
 不平をもらしつつも、その振る舞いだけは相変わらず貴族令嬢然として優雅なものだった。
 すでにこの時から、女の戦いははじまっている。
 うわべだけは取り繕い、いかにしてここに集う姫たちを出し抜いてやろうかと、皆瞳の奥を不気味に輝かせている。
 その様子を、ヴィオレッタは他人事のようにぼんやり眺めていた。
 思わず、重い吐息がもれる。


 グランディア大陸のほぼ中央に位置するグランノーバ王国。
 レサトゥリアス・オーレリアン・グランノーバが治めるこの国は、国土は決して広くはない。けれど、まわりを平和でのどかな国にかこまれ、グランノーバも例にもれずおだやかな日々を送っている。
 国土の半分ほどが高地にあたり、夏になると各国から王侯貴族や金持ちたちが避暑にやってくる。
 環境、資源にも恵まれ、時に現世の理想郷と呼ばれることもある。
 そのように非の打ち所のないグランノーバにおいても、ただひとつ大きな問題を抱えていた。
 それは、御年二十二歳という年若い王の妃問題。
 国をも揺るがしかねない重大問題となりつつある。
 王は極度の女嫌いらしく、大国の姫であろうとどんなに妖艶な美女であろうと容赦なく蹴散らし拒否してしまう。
 そうなると、次代の王、世継ぎ問題がでてくる。
 この平和な国において、まさかそのようなことで国の将来を憂うことになろうとは、一体誰が予想できただろう。
「陛下、そろそろ花舞の間にお越しいただけませんか」
 執務室にやって来たこの国の財務大臣ボーカンが少しいらだたしげに、山積みの書類に目を通すレサトゥリアスに問いかける。
 レサトゥリアスの意を確かめているように見えるが、放つ雰囲気は首に縄を巻いてでも引っ張って行きそうなほど禍々しい。
「……何故だ? 見てわからないのか、私は忙しいのだ」
 ちらともボーカンに目をくれることなく、レサトゥリアスはうっとうしげにつぶやく。
 うっとうしくとも、とりあえずは返事をするだけ律儀ではある。
 レサトゥリアスは、下がれといわんばかりに、ばさりと、わざとらしく書類をめくる音を立てる。
 ぴくりと、ボーガンの頬がひきつった。
「ですから、何度も申し上げましたでしょう。花舞の間で例の姫君方がお待ちです。わざわざお越しいただいたのですから、あいさつくらいはしてください。――たとえ、気が進まなくとも」
「お前たちが勝手に企んだことだろう。私は賛同した覚えはない」
 ボーカンはずかずかとレサトゥリアスに歩み寄り、書類が重ねられた執務机にだんと両手をつく。
 その衝撃で、積まれた書類の上方数枚が、はらりと床に落ちた。
 それを一瞥して、レサトゥリアスは面倒臭そうにのろのろ拾い上げる。
 レサトゥリアスはまわりにあまり人を置くことを好まず、執務に取り組む時も執務官を置くことは滅多にない。
 必要な時に、隣の部屋に控えている彼らを呼ぶ。
 よって、本来なら人にさせるこのような雑事も、自ら行う。
 王自ら落ちたものを拾い上げるなど嘆かわしいと目で非難しながら、ボーカンはさらに言い募る。
「しかしですね、このままではお世継ぎができず、王家が断絶してしまうのですよ!?」
「それがどうした。私の知ったことか」
 レサトゥリアスは、お前が落としておいて棚に上げるのかとじろりとにらみつけ、再び書類に視線を落とし、納得したのか承認の王印をぺたんと押した。そして、次の書類に手をのばす。
 花舞の間に集う姫君たちは、世継ぎを心配した重臣たちによって集められた妃候補たちだった。
 しかし、待てども待てども王はやって来ず、姫君たちはいらだちをあらわにしはじめている。
 その報告を受け、ボーカンは王の執務室に乗り込んできた。
 やってきたら案の定、レサトゥリアスはこうしてのうのうと書類仕事に精を出している。
 今はそんなことよりもっと重要なことがあるというのに。
 言うなれば、お国の一大事。
 なのに、レサトゥリアスはまったくその気がない。自覚がない。
 これでは、ボーカンのいらだちも増すばかりだろう。
 今回の妃選びは、ボーカンが中心となりすすめられている。
 複数の候補の姫を用意し、その中から気に入った姫を選ばせようという、いわば王の強制見合いの席だった。
 女性と関わることを極力さけているため、レサトゥリアスの顔を知る姫などいない。
 そのため、顔合わせの席が設けられている。しかし、レサトゥリアスはそれに出ようとしない。
 ボーカンとしては自分の娘を是非とも妃に据えたいところだが、そうすると腹立たしくも聡い王に悟られ不審を抱かせてしまう。
 強引に娘を押しつけようものなら、王に蹴散らされ、不興を買い、うまくいかなくなる。下手をすれば、この豪腕王のこと、失脚へ追い込まれる。
 そのため案じた一計が、今回の妃選びだった。
 他の重臣たちと結託し、逃げられないようにまわりをかため追い込み、一人ではなく複数候補を用意し、五日間かけ、その中から王に選ばせようとしている。
 ただ、集められた姫たちは皆、ボーカン家よりも家格が下の家の者ばかりである辺りは抜け目ない。
 最低一人選ぶことは義務とくどいほど伝えてあるので、王もその辺りは諦めているよう。しかし、それでも姫君たちに会うつもりはないらしい。
 その場合、この王のことだから、面倒がって、いちばん無難な家格が最上の娘を選ぶだろうとボーカンは踏んでいる。
 そうなると自然と、ボーカンの娘となる。
 もちろん、この王に限ってはあり得ないけれど、一人ではなく複数選ぶことも可能。
 これ以上嫁取りに猶予がなく主だった重臣たちがすすめているので、今回ばかりは、かたちだけとはいえ王も妃を決めねばならないだろう。
 仮に青天の霹靂でも起こり、王自ら姫を選ぶことになり、間違って自身の娘が選ばれずとも問題ない。
 幸い、今回は正妃を決めるわけではない。
 妃は一人とは決まっていないのだから、一人娶ったことを皮切りに次は自身の娘を押しつければいいだけのこと。
 その時はもはや、王に拒否などできまいだろう。既成事実をつくっているのだから。
 しかし、そんなボーカンの企みも、早くも頓挫しかかっている。
 それはひとえに、このまったく妃を娶る気のない女嫌いの王のために。
「とにかく、今回ばかりはもうお心を決めてください。いいですか、必ず、最低一人はお選びください」
 あまりのいらだちのために、ボーカンは、無視を決め込もうとするレサトゥリアスの手の中から書類を乱暴に抜き取る。
 すると、レサトゥリアスは無言のままさっと立ち上がり、どことなく殺意に満ちた目でボーカンをにらみつけた。
 レサトゥリアスの握り締めた左手のひらでは、じわり血がにじんでいる。
 先ほどボーカンが書類を取り上げた時に、紙で切れていた。
 それに気づいてしまったボーカンは思わず、一歩後退する。
 怒りのあまりとはいえ、ボーカンは不敬をはたらいてしまっていた。
 まさか、王の手の中から持つものを取り上げようとは。さらに、わずかとはいえ王を傷つけてしまった。
 しかし、ここでひるんでもいられない。罰なら後でたっぷり受けよう。
 ボーカンがすっと顔をあげると、その横をレサトゥリアスが足音なく静かに扉へ歩いて行っていた。
 ボーカンは一瞬、願いがようやく叶ったとばかりにぱっと顔をはなやがせるが、それはすぐに消えることとなった。
「私は、まだ妃を娶る気はない!」
 そう言い放つと、レサトゥリアスは乱暴に扉をしめた。
 その扉に向かい、ボーカンは力の限り怒気を込め叫ぶ。
「陛下!!」
 この日、レサトゥリアスがボーカンの前に再び姿を見せることはなかった。


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update:11/02/01