月の箱庭
(4)

 ヴィオレッタはレスティの言葉にあっけにとられるが、すぐにふと口のはしをゆるめ、くすくす笑い出した。
「ええ、あの胸糞悪い悪ふざけよ。呼ばれたので、仕方なく来てあげたの」
「仕方なく……!?」
 レスティはヴィオレッタの言いように、思わず絶句してしまった。
 まさか、王のお召しに仕方なく≠ニいう娘がいるとは思っていなかったのだろう。
 普通ならば大喜びするであろう。妃候補として呼ばれたのだから。
 選ばれずとも、候補に名があがっただけで名誉なこと。
 それは、貴族の家に生まれた娘なら、誰もが一度は憧れるだろう地位。
 それを言外に迷惑と言っている。
 しかしまあ、野心に燃える令嬢ならばそうだろう。
 けれど、そうでない娘にとっては、政略だけで勝手に決められた相手と結婚などしたくないだろう。
 ヴィオレッタは、恐らく――間違いなく、後者だろう。
「ヴィオレッタも遠慮がないな」
 レスティが思わずくすりと笑ってしまうと、ヴィオレッタはむっと頬をふくらませた。
 そして、握りこぶしをつくり、むんと力をこめる。
「遠慮なんてしていられるものですか。もともと乗り気ではないのだし」
「乗り気ではない? 普通、王妃候補に名を上げられれば、喜ぶものではないのか?」
 ヴィオレッタは喜ばないだろうと気づいているが、レスティはとりあえずそう尋ねてみる。
 本来、名があがるというだけでも、大いなる栄誉。それだけで箔がつく。
 ヴィオレッタは難しそうに眉根を寄せ、考えるようにつぶやく。
「まあ、普通の姫ならばそうかもしれないわね。でもわたし、普通ではないし、王妃なんて興味ないもの」
 妙にあっさりすっぱり告げられたその言葉に、予想していた通りとはいえ、レスティは思わず目を見開き、そしておかしそうに笑う。
「変わった娘だなあ」
「変わっていて上等。たくさんの女をはべらす男なんて興味ないもの。だから、お妃争いに参加する気はないわ。ただ、わたしに拒否権はないから仕方なく来たの。お妃が選ばれるまでの定められた五日間、巻き込まれないようにするだけだわ」
 不服とばかりにむうと頬をふくらませ、ヴィオレッタは一気に言い募った。
「ヴィオレッタの父親はそれで許すのか?」
 それも、レスティの素朴な疑問。
 娘が王妃候補に選ばれるだけの家柄ならば、野心ある父親であれば、是が非でも娘を王妃に据えたいだろう。
 そうして、王妃に選ばれなければ、その後の娘に対する風当たりも強くなるだろう。
 下手をすれば、役立たずとののしられ捨て置かれるかもしれない。
 ヴィオレッタはそれを覚悟で、妃争いを不戦敗に終わらせようというのだろうか。
 もちろん、王妃になることだけが女の幸せではないが。
 逆に、その地位は苦労を招くことの方が多い。
 しかし、レスティの予想を裏切り、ヴィオレッタは存外けろりと答える。
 レスティと出会った時からそうだったが、ヴィオレッタはこういったことに無頓着なのではないだろうか。
 そもそも、そういったところに欲がないのかもしれないけれど。
「うーん、うちのお父様なら平気じゃないかしら? 権力とかにはこだわらない人だし。そもそも、陛下もあまり乗り気ではないようですし。今日なんて登城したというのに、結局拝謁かなわなかったことですし?」
 その気がないにしても会わないって、相当なものよねえと、しまいにはしみじみしはじめた。
 その姿に、レスティは思わずぷっと吹き出す。
 ここまで吹っ切れているというかさっぱりしている娘は、なかなかいない。
 普通、そういうことになれば、なんて失礼な!と激怒しそうなものだろう。
 それとも、はじめから王妃などに興味がないから、こうもひょうひょうとしていられるのだろうか。
 こういう場合、もっと不安になったり憤ったりするようなものではないか。現に、ヴィオレッタ以外の令嬢たちは、怒り震えていた。
 レスティは思わず、しみじみとヴィオレットを見つめてしまう。
 すると、ヴィオレッタはふいにレスティに向き直り、どことなく意地悪い笑みを浮かべた。
「まあ、こちらにしては願ったり叶ったりなのだけれどね。他の姫君たちは面白いくらいにいらだっていたようだけれど」
 そうして、思い出したようにくすくす笑い出す。
 それが普通の娘の反応だろうと、レスティはうんうんと首を縦に振る。
 そして、やはりヴィオレッタは普通ではなかったと納得する。
 しかも、他の娘たちの様子を見て、楽しむ余裕すらあるのだから、レスティは感嘆すらしてしまいそうになる。
「本当、ヴィオレッタは変わった娘だな」
「あなたは、偉そうよね」
 レスティが他意なく純粋にそう告げると、ヴィオレッタは皮肉交じりに返した。
 レスティは一瞬目を見開きヴィオレッタを見つめるが、すぐにおかしそうに声を上げて笑い出した。
 ここまで遠慮がなく失礼な娘ははじめてだと、豪快に笑う。
 そんなレスティを、ヴィオレッタはぷっくり頬をふくらませにらみつけている。
 レスティは思わず、ヴィオレッタに巻かれた手の手巾にそっと触れていた。
 丸い月が、水面でゆらゆら揺れている。
 気づけば、空に浮かぶ月は、もうずいぶんと西へ移動していた。


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update:11/02/23