月の箱庭
(5)

「あら、今日も来たの?」
「ヴィオレッタの方こそ」
 翌晩も、ヴィオレッタの姿は西の庭園にあった。
 今日はほとりにたたずむのではなく、すぐそばの東屋で、物憂げに水面に浮かぶ少し欠けた月を眺めていた。
 すると、草を踏むような音が小さくして振り返ると、そこに月光に銀色の髪を輝かせたレスティが立っていた。
 ヴィオレッタが皮肉るように問いかけると、レスティも意地悪く笑みを浮かべる。
 昨日に続き今日も、花舞の間で妃候補八人そろって王がやってくるのを待っていたが、結局王が現れることはなかった。
 今日は昨日よりもさらにまして、花舞の間は不穏な空気に包まれていた。
 そして、今日もあの恐怖の晩餐の席が用意されていたが、ヴィオレッタは体調が優れないと理由をつけて、早々に戦線離脱してきた。
 もともと王妃になど興味がないので、無理にあの戦場に身を置く必要はない。
 探りあいという戦いをしないヴィオレッタに、他の令嬢たちも敵ではないとみなしはじめているのか、戦線離脱するヴィオレッタを引き止める者はいなかった。
 足をひっぱらずともいい、捨て置いていい存在と認識されはじめているのだろう。
 それこそ、ヴィオレッタが望むところ。
 妃争いに参加するつもりはないので、どうぞ無視してくださいと、心の底から願う。
「だって、眠れないもの」
 ヴィオレッタはけだるげに腰掛けていた姿勢をただし、少しずれて座りなおす。
 すると、レスティは当たり前のように、ヴィオレッタがあけたそこに腰を下ろした。
「王が夜這いに来るとでも思ってか?」
 レスティは、すぐ横に座るヴィオレッタをからかうようにちらりと見る。
 ヴィオレッタはむっと唇をとがらせた。
 目の前の池は、月明かりを浴び、水面がきらきら光っている。
 夜の闇に浮かぶヴィオレッタの姿は、まるでちりばめられた宝石の中に一輪で咲く花のように可憐にそこにある。
 レスティは思わずはっと息をのんだ。
 けれど、告げられたヴィオレッタの言葉により、その幻想もすぐさま霧となり消え去った。
「あら? わたし、そんなに自信過剰に見えるかしら? そもそも、陛下にはその気はないでしょうね。逆に、どこぞの姫が夜這いをしかける方が確率的には高そうだけれど」
 可憐な花が、楽しげに皮肉と毒をけろりとはくはずがない。……しかし、さらっとはいた。
 昨日二人が出会った時もそうだったけれど、ヴィオレッタはまったくもって遠慮がない。
 そもそも、出会って開口一番告げる言葉が「どじねえ」はないだろう「どじねえ」は。
 それはもう誰が聞いても喧嘩を売っているとしか思わないだろう。
 けれど、その言葉の中にも、レスティはぬくもりを感じていた。口調が気遣うようにやわらかかった。
 だから、悪態をつきつつも、気づけば名を聞くほどヴィオレッタに興味を持ったのかもしれない。
 ヴィオレッタのような何の気遣いも警戒もなく話せる女性は、はじめてだった。
「たしかに!」
 ヴィオレッタの言葉に、レスティは思わず笑い出す。
 たしかに、あれだけやる気まんまんの姫君たちを王は放置しているのだから、強行突破とばかりに王の寝室に忍び込む姫も現れかねないだろう。
 今回集められたヴィオレッタ以外の姫たちは、その程度してのけても不思議ではない。
 それくらい、血に飢えた獣のように目をぎらぎら光らせていた。あれは、まさしく獲物を狙う目だった。
 レスティも仕事の傍ら、たまたまその姿を目にとめてしまい、死んでも近づきたくないと思うほどだった。
 それくらい恐ろしく凄まじかった、彼女たちは。
 そんな姫たちの中に、ヴィオレッタはよく平気で一日ともにいれるものである。
 まあ、平気ではないのだろう。今日は昨日とは違い、どことなくだるそうにしている。
 先ほどもレスティが現れるまでは、ヴィオレッタはけだるそうに長椅子にもたれかかっていた。
 長椅子の背に両手をのせ、その上に頭を垂れて、空ともなく池ともなく浮かぶ月をぼんやりと見ていたようだったから。
「それで、王は今頃どこぞへ逃げ出していたりしてな」
「まあ、ひどい」
 どことなく嫌味をこめてレスティがそう言うと、ヴィオレッタは非難するように声をあげる。
 けれど、その目は楽しげにきらめいて、しまいにはくすくす笑い出したから、まったくそうは思っていないのだろう。それどころか、楽しんですらいる。
「陛下はさすがにそこまでへたれてはいないでしょう。……と思いたいわ」
 王をおとすレスティを非難したかと思えば、ヴィオレッタはそう言ってさらに貶める。
 ヴィオレッタをこんな面倒なことに引き込んだ原因ともいえる相手の不幸を面白がっているのだろう。
 まったく、とんだ姫君だ。
 あまりもの散々な言いように、レスティは気分を害したり焦ったりすることなく、逆に興を覚えてしまう。
 ヴィオレッタは本当に、いちいち新鮮な反応をする面白い娘。
「でもそうね、今回は少なくとも一人は選ばれるということですし、お会いすることはなくても、家柄等から誰か一人は指名されるのじゃないかしら? あの分だと、陛下は姫の誰とも会う気はないようですしね」
 くいっと首をかしげて、まるで分析するようにヴィオレッタがつぶやいた。
 恐らくそれは、妃争いをしている他の姫誰一人として気づいていないだろう。
 王が姫たちに会わないとどうなるか、また会わなくても問題ないというそのことに気づかずに、今日も不機嫌に侍女たちに当り散らしていたと聞くから。
 そんな中ただ一人、かわいそうな侍女を気遣う令嬢がいたという。
 それが恐らく、ヴィオレッタだろう。
 レスティは思わず、感心したようにヴィオレッタを見つめる。
「ヴィオレッタは聡いな」
「そうじゃないわ、わたしが一線ひいているからだわ」
 ヴィオレッタはふうと哀愁めいた吐息をもらす。
 それから、夜空に浮かぶ月へすっと視線をはせる。
 昨夜とは違い、今夜は灰色の雲が空のあちこちに見える。
 そのうちのひとつが、月を隠そうとしているところだった。
「ああ、だから、冷静に判断できるのか」
 レスティもヴィオレッタが見上げる月へ視線をはせ、どことなく納得したようにつぶやく。
「お妃争いに参加していないからね。それに、家柄的にもわたしは選ばれる心配はないし」
 ヴィオレッタはそう言うと、月からゆっくり視線を戻してきた。
 そして、おどけるようにレスティに笑ってみせる。
 レスティも視線をもどし、笑うヴィオレッタに肩をくすめて微笑してみせた。
「まあ、たしかに……。どの姫の家柄も悪くはないが、あの下衆財務大臣の娘がまざっているからなあ」
「うん、そういうこと。あの中では、家柄としてはわたしは三番目だもの。やる気のない陛下が選ぶなら、順当にその面倒な財務大臣の姫、ベアトリス様じゃないかしら?」
 ヴィオレッタは興味なさげに首をかしげる。
 疑問形ではあるが、恐らく、ヴィオレッタの中ではベアトリスで決定づけられているのだろう。
 事実、ベアトリスの父親であるボーカン卿は、そのつもりで今回の茶番を仕組んでいる。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:11/03/02