至宝の花
(2)

 あたたかな陽気の中、そろそろ盛りを迎える夏の太陽のように、シリルはまぶしそうにレサトゥリアスを見つめている。
 女嫌いで、下手をすると妃など娶ることはないと危ぶまれた王に、人目をはばかることなくおぼれる女性が現れたことはたしかに喜ばしい。ただただ、レサトゥリアスの幸せを喜んでいる。
 こんなに手放しでシリルは喜んでいるというのに、本人にはさっぱり伝わらない。
 しかし、今日のシリルはご機嫌なので、レサトゥリアスの失礼な発言も見逃すだろう。
 そう、目障りでうっとうしくてくさったあのたぬきおやじを、ようやくつぶせたのだから。
 シリルはもちろんボーカンたちの動きには気づいていたが、泳がせて様子を見ていた。
 しかし、ボーカンは常にシリルを警戒してなかなか動き出そうとしない。
 そこで、シリルは二週間ほど休暇をとり、実行へ移しやすいように機会を与えてやった。
 もちろん、その間も監視は怠っていなかった。
 そして、休暇が明けて登城すれば、おあつらえむきな舞台が整っていたので、それを利用しない手はなかった。
 そう仕向けたのも舞台を整えたのも、当然シリルなのだけれど。
 そうして、ボーカンは失脚し、爵位は嫡男にゆずられ、ベアトリスは失意のあまりか行方不明となっている。
 すべてはシリルの思い通りに事が運び目的を達成したのだから、これほど清々しいことはないだろう。
 愚か者が馬鹿をしない限り、しばらくは、シリルのご機嫌も維持できるだろう。
「そういえば、そのヴィオレッタ嬢ですが、今日これから登城してくるのですよね」
 シリルになどかまわず、むしろ置いていく気まんまんでレサトゥリアスはすたすた歩いている。
 そのレサトゥリアスに遅れることなく従いながら、シリルはふと思い出したようにその背に声をかける。
 ぴくりと、あからさまにレサトゥリアスの肩が反応した。
 少しの間の後に、諦めたようにレサトゥリアスは口をひらく。
 けれど、最後の抵抗とばかりに、シリルに振り返ることなく、その背を向けたまま。
「ああ、貴族としての教養は十分すぎるほどあるが、やはり王族――王妃としての教育を施さなければならないからな」
「武で名を馳せるベルリオーズ卿にしては、しっかり教育をされているのですね」
 感心したようにシリルがうなずく。
 たしかに、無骨な印象が強いベルリオーズが、その娘を淑女としてしっかり教育しているとは、シリルでなくともレサトゥリアスも意外だった。
 月の箱庭でのヴィオレッタの様子から、最低限の教育は施されているのだろうとは判断していたが、まさかそれが、並みの女性ではかなわぬ程度にしっかりしたものだったとは思っていなかった。
 あの後正式にレサトゥリアスとヴィオレッタの婚約が決まった折、居並ぶ重臣たちを前にしたその身のこなしから、ヴィオレッタの淑女としての素養が判明した。
 レサトゥリアスもそれには思わず舌を巻いた。
 まったく、ヴィオレッタにはどこまでも驚かされ、一筋縄ではいかないと。
 そして、そんなヴィオレッタがさらにたまらなく愛しく感じた。
「まあ、そうだろう。一応侯爵位にあるくらいだからな。それに、ヴィオレッタの祖母は傍流とはいえ王族だ」
「ああ、だから、ボーカンもヴィオレッタ嬢を候補に入れてしまったのですねえ」
「それが命取りだったがな」
 うんうんうなずくシリルに、レサトゥリアスは人が悪い笑みを浮かべる。
 レサトゥリアスの側近、しかも宰相を務めるくらいなのだから、当然シリルもそのことは知っていただろう。
 けれど、あえてとぼけて見せる辺り、シリルはどこまでも食えない。
 いや、この場合は、こうしてふざけてみせることで、さらにどこぞのたぬきおやじを嘲笑おうとしているのだろうか。
 まったく、あのたぬきおやじは、このたちが悪い男をどれほどまで怒らせていたのだろうか。
「ところで、とことん女性を避けていたあのレスティが、よくあっさり決めましたね」
 たんたんと歩きながら、たんたんとシリルがレサトゥリアスに問いかける。
 またレサトゥリアスの肩がぴくりと動いた。今度もシリルを振り返ることはない。
 レサトゥリアスはまっすぐ前を見つめ、力強く言い切る。
「ヴィオレッタは特別だ。他の女性とは違う」
「へえ、レスティにそこまで言わせるということは、よほど素晴らしい女性なのでしょうね。……のろけやがって」
 シリルは感心したようにまばたきしたかと思うと、次の瞬間にはそう吐き捨てていた。
 けれど、レサトゥリアスは都合よくのろけやがって≠フ部分はさらっとなかったことにしたように、ようやくシリルへ振り返った。
「シリルも会えばわかる。何しろ、出会って第一声がどじねえ≠セからな。はじめからヴィオレッタは変わっていた」
「は!? 何ですか、それは!」
 その言葉にもだけれど、おだやかに微笑むレサトゥリアスにも、シリルは思わず叫んでいた。
 目を見開き、振り返ったレサトゥリアスをまじまじ見つめる。
 まさか、初対面の男にそんな暴言をはく娘がいるとは思わなかったのだろう。
 女嫌いのレサトゥリアスのことだから、間違いなくぴりぴりとした空気を放っていただろうに、なんと豪胆なのだろうか。
 さすがのシリルも、それには驚きを隠すことができなかった。しかし同時に、興も覚える。
 シリルの叫びとともに、レサトゥリアスがぴたりと歩みをとめた。
 まるで時期をはかったかのように、レサトゥリアスの前には目的の部屋がすぐそこまで迫っていた。
 思いがけず楽しそう――もとい、突飛な二人の出会いに、少し取り乱してしまったことを誤魔化すように、シリルはひとつこほんと咳払いをする。
 まだ部屋までは少しあるにもかかわらず立ち止まり、レサトゥリアスは何故か嫌そうに顔をゆがめている。
「ああ、やっときましたか、陛下」
 見ると、レサトゥリアスが目指す部屋の扉のすぐ横の壁にもたれるように背をあずけ、にやにやした笑みを浮かべる男がいる。
 その男の姿を認め、シリルは「ああ……」と納得した。
「その呼び方はやめろ、ジルベール。お前にそう呼ばれると、妙に腹が立つ」
「やれやれ、我が麗しの陛下はわがままだねえ」
「……死にたいのか?」
「へいへい、まだ命はおしいのでやめておきますよ」
 レサトゥリアスが怒気をはらみにらみつけると、ジルベールは肩をすくめ、降参とばかりに両手をかるくあげて見せる。
 さらにレサトゥリアスのまとう空気が険しくなる。
 けれど、ジルベールは気にすることなく、立てた親指でくいっと扉を示してみせた。
「それより、レスティの愛しの君はもうおつきだけれど?」
「それを先に言え!」
 ジルベールがそう告げた瞬間、レサトゥリアスは叫び、はじかれたように扉へ駆け寄る。
 その姿を見て、ジルベールはにたにたと楽しそうに笑い、シリルはやれやれと肩をすくめる。
 冷静沈着で通っているあのレサトゥリアス王が、ここまで取り乱した様など、一体誰が想像できようか。
 そしてまた、こんな姿を臣下が目にすれば、間違いなく卒倒するだろう。常とは違った意味で、王宮は恐怖に陥れられる。


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update:11/07/17