至宝の花
(4)

 いまだうるさく吠えるジルベールにもう一蹴りお見舞いし、シリルはめまいを覚えるほどさわやかにヴィオレッタに微笑みかける。
「さて、堅苦しい挨拶はこれくらいにして、これよりはざっくばらんに参りましょう」
「……はい?」
 これまでの流れすべてをなかったことにするように清々しくもたらされたシリルの言葉に、ヴィオレッタは思わず眉根を寄せた。
 すると、すかさず、ため息まじりにレサトゥリアスが吐き捨てる。
「ヴィオレッタ、気にするな。こいつらに関しては、気にするだけ馬鹿をみる」
「はあ……」
 どことなく疲れを覚えたようにそうもらすしか、ヴィオレッタにはできなかった。
 この短時間の内に、三人の関係を把握してしまったような気がして、ヴィオレッタに面倒くささを覚えさせる。
 側近二人もまた、その主と同様、いろいろと面倒な人種らしい。
 とりあえず、公的な場と私的な場では百八十度違うということは三人に共通すると、ヴィオレッタは判断した。
 まあ、その変わりように呆れはするものの、悪くはない、むしろ好ましいと感じる辺り、ヴィオレッタも同じ穴の狢なのかもしれないけれど。
「陛下、お言葉ですが――」
「わざとらしい呼び方はやめろ。……腹が立つ」
 シリルに虐げられながらもレサトゥリアスのつぶやきを聞き逃していなかったのか、ジルベールがすっと立ち上がり非難がましい視線をなげかける。
 先ほどまでのいじいじした情けない姿は、すでになかった。
 なんと変わり身の早いことか。
「はいはい、レスティはわがままだねえ」
 ジルベールはわざとらしく肩をすくめる。
「お前たちが、いちいち人の気を逆撫でることばかりするからだろう」
「え? 俺もシリルと一緒の扱いですか?」
「当然だろう」
 断言するレサトゥリアスに、ジルベール以上にシリルはこの上なく嫌そうに顔をゆがめた。
 それは果たして、人の気を逆撫でするという言葉にか、それともジルベールと同等扱いされたためにかは、シリルにしかわからないこと。
 間違いなく、後者だろうけれど。
 シリルは、自覚して人の気を逆撫でることが常のようだから。
 しかし、いつまでもこのような次元の低い会話をしていても不毛なだけなので、シリルはふうとひとつ息を吐き出すと、気を取り直したようににっこり笑って、レサトゥリアスの腕の中で呆れたように傍観するヴィオレッタに椅子をすすめた。
 レサトゥリアスは諦めたようにシリルに促されるまま、ヴィオレッタを抱き寄せたまま、上座の椅子にどっかり腰かけた。
 もちろん、椅子に座ってもなお、傍らにぴっとりとヴィオレッタを寄り添わせている。
 その左側の椅子に、シリルもレサトゥリアスの許可をとることなく、当たり前のように腰をおろす。
 レサトゥリアスもそれがいつものことというように、シリルの行動を咎めることはない。
 ジルベールは、下座の椅子に扉を守るように座る。
 私的なくだけた場でも、一応レサトゥリアスの護衛という自覚と役目は放棄していない。
 ともに置かれた小卓の上では、ヴィオレッタのために用意されたお茶がすっかりさめている。
 しかし、人払いをしたため侍女もこの場にはおらず、そして誰一人としていれなおす気配もなく、新たにお茶が用意されることはない。
 また、それを誰も否とは思わず、当たり前のようにかまえている。別段、お茶は必要としていない。
 「さてと……」と音にならないつぶやきをもらすと、シリルは姿勢をただし、あらためてヴィオレッタに向き直る。
 それに気づいたヴィオレッタも姿勢を正そうとしたけれど、それはあえなく抱き寄せるレサトゥリアスによって断念した。
 気持ちの上でだけ背筋を伸ばし、シリルへ顔を向ける。
 それさえも気に食わないのか、レサトゥリアスは邪魔しようとしたけれど、そこだけはヴィオレッタも譲らない。
「ヴィオレッタ様、レスティから聞きましたよ、あなたの武勇伝。あのレスティに、出会って早々喧嘩を売ったそうですね」
「……喧嘩、ですか?」
 にこやかに告げるシリルに、ヴィオレッタは思わず頬をひきつらせた。
 よりにもよってこの場で、嫌なことを思い出させる。
 あの出会いは、レサトゥリアスもそう言っていたが、最悪だった。
 ヴィオレッタに悪意はなかったけれど、よくよく考えると、さすがにまずかっただろうと、最近になって思うようになった。
 けれど、あの出会い方でなければ、今のヴィオレッタとレサトゥリアスはなかっただろうと思うと、最悪だったけれど最善でもあったのだろう。
 ヴィオレッタはうかがうように、ちらりとすぐ横のレサトゥリアスの顔を見る。
 レサトゥリアスもまたヴィオレッタを見ていたようで、二人の視線がぴたりと合う。
 それに一瞬動揺したが、ヴィオレッタは何事もなかったように視線を戻し、こくりうなずいた。
「はい、レスティに出会って最初に言った言葉が、どじねえ≠セったそうですね」
 楽しげに告げるシリルに、ヴィオレッタはすかさずけろりと言い放つ。
「ああ、それは違うわよ。ただ、本当にどじだと思ったから、嘲笑っただけよ」
「ヴィオレッタ! やはり、あの時馬鹿にしていたのじゃないか!」
 瞬時に必要以上に反応したのがレサトゥリアスだった。
 ぎょっと目を見開き、非難がましくヴィオレッタを見つめる。
 ヴィオレッタの腰にからみつくレサトゥリアスの腕に、ぎゅっと力がこもる。
 ふっと、ヴィオレッタの口元がゆるんだ。
「さあ、どうかしらね?」
 見つめるレサトゥリアスに、ヴィオレッタはくいっと首をかしげて、にやりと笑う。
 レサトゥリアスはぐっと言葉につまり、ただまじまじとヴィオレッタを見つめることしかできない。
 ヴィオレッタにからかわれているとわかりつつ、それに返すよい言葉が見つからないのだろう。
 ヴィオレッタを最大にして最高の罠にかけたレサトゥリアスの面影は、もはやない。
 そう、まるで騙まし討ちのように、ヴィオレッタを王妃に据えると言い放ったあの時のような姿はない。
 ここにいるのは、最愛の女性に振りまわされるただの一人の男。
 ヴィオレッタの一言一言に、一喜一憂している、ただの幸福に満たされる男。
 くすくす笑いさらにからかおうとするヴィオレッタに、レサトゥリアスはわたわた慌てている。
 シリルとジルベールは、そんな二人を、珍しいものを見るように、けれど楽しそうに見つめる。
 叶わぬと諦めかけていた光景が、今シリルとジルベールの前にあるのだから、自然その目に宿る光も優しくなる。
 まさか、あの冷酷無情とさえ言われた孤高の若き王が、ただ一人の女性のために道化のように変わってしまった。
 その変化は、決して悪いものではない。むしろ、喜ばしいものだろう。
 そんな愚かしい男が、何故か愛しい。
 シリルは、戯れるヴィオレッタとレサトゥリアスの姿に満足したように、大きくうなずいた。
「ほう、これはなかなか……」
 そして、思わず、ぽろりとそうこぼしていた。
 それを耳ざとく聞いていたジルベールも、うんうんと首を縦に振る。
「レスティのものなら一緒にからかって遊ぼうかと思ったが、むしろ、ヴィオレッタ嬢とともにレスティで遊んだ方が楽しそうですねえ」
「ジルベールもそう思いますか?」
「当然でしょう?」
 先ほどまでいたぶりいたぶられの関係にあったことが嘘のように、二人は意気投合しくすくす笑い合う。
 笑い出した二人に気づき、すぐさまその理由に思い至ったのだろう、レサトゥリアスはがっくり肩を落とした。
「……二人ともやめろ」
「レスティ、あなたって……」
 心の底から嫌そうにはき捨てる姿に、それ以上は言葉にしなかったが、ヴィオレッタの目は哀れむようにレサトゥリアスを見ていた。
 どうやら、側近二人は、主を主とも思っていないらしい。
 むしろ、その言葉から、レサトゥリアスは側近二人のよいおもちゃなのだろうことがうかがえる。
 しかも、ヴィオレッタまでそのおもちゃにされそうなところだったが、すんでのところで回避しおもちゃにする側認定となった。
 果たしてそれは、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか……。
 今の段階では、ヴィオレッタには判断できない。
 ただひとつわかることは、レサトゥリアスがなんだかとってもかわいそうになったということだけ。


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update:11/08/08