至宝の花
(5)

 ヴィオレッタは、なだめるように、レスティの胸をぽんぽんとたたく。
 するとレスティは、情けなくへにょりと眉尻をさげる。
 再び見つめあい二人の世界に突入しようとしたところで、それを遮るようにシリルがすっと立ち上がった。
 何事かと目をぱちくりしばたたかせ見つめるヴィオレッタの前に歩み出て、シリルはその場にひざまずく。
 ヴィオレッタはぎょっとシリルを見つめる。
 その横では、レサトゥリアスはたいして驚いた様子なく、むしろ当たり前とでも言うように、鷹揚にシリルを見下ろしている。
 シリルがすっと顔をあげ、真剣みを帯びた眼差しをヴィオレッタに向ける。
「あらためて、ヴィオレッタ様、どうかレスティをお願い致します」
「……え?」
 ヴィオレッタの表情が、怪訝にゆがむ。
 あらためても何も、またシリルにお願いされるまでもなく、ヴィオレッタの心はもう決まっている。
 これからをレサトゥリアスとともに生きていくと。
 何故ここで切望するようにシリルに願われるのか、ヴィオレッタにはわからない。
 戸惑うヴィオレッタに、シリルはたたみかけるように告げる。
「国王≠ナはなく、レスティ≠愛してくれるあなたなら」
 ふっと、シリルの顔が優しげにほころぶ。
 ヴィオレッタは瞠目し、そんなシリルを見つめる。
 その言葉でシリルが何を言いたいのか、何を伝えたいのか、そして何を願うのか、ヴィオレッタはわかったような気がした。
 シリルが望むことは、ただただレサトゥリアスの幸せ。――人としての幸せ。
 表現方法はゆがんでいるけれど、どこまでもまっすぐな優しさがそこにある。
 ヴィオレッタに望むまでもなく、レサトゥリアスは十分幸せなのではないか。このようなひねくれてはいるけれど、レサトゥリアスを心から愛しむ者がずっと側にいたのだろうから。
 シリルだけでなく、きっとジルベールもそうなのだろう。
 先ほどからただ静かに微笑んでいるから。
 ヴィオレッタは思わず、抱き寄せるレサトゥリアスの手にきゅっと手を重ねる。
 見上げるレサトゥリアスは、涼しい顔で聞き流しているけれど、十分に二人の思いは伝わっているよう。
「あなたは、レスティがこの国の王と知った後も、変わらずそれ以前と同じに接しているそうですね。そのようなあなたなら、安心してレスティをまかせられます」
 それはまるで、手放しの信頼の言葉。
 ヴィオレッタはすっと顔をそらし、視線を落とす。
 そのまま顔をあげまっすぐシリルを見ていたら、目から熱いものが落ちてきかねない。
 シリルはヴィオレッタが望む以上の言葉を、ヴィオレッタに贈っている。
 何故そこまで、シリルがヴィオレッタを認めているのかわからないが、けれど素直に嬉しい。
「どうか、レスティを、男――いえ、一人の人間として幸せにしてください」
「シリル様……」
 ヴィオレッタの目元が、たまらず湿り気を帯びる。
 シリルが望むことは、ヴィオレッタもまた望んでいること。
 シリルもまた、気づいていたのだろう。レサトゥリアスが何を望んでいるか。
 この場にいる皆が気づき、そして皆が望むひとつのこと。
 このようなことで泣きたくなるなど、これまでのヴィオレッタではあり得なかった。
 恋をし、ただ一人の男性が何よりも愛しく、かけがえのないものと自覚しただけで、これほど涙腺はゆるくなるものなのだろうか。
 泣きたくなるほどに、ヴィオレッタは幸せをかみしめる。
 ヴィオレッタを抱くレサトゥリアスの腕に、さらに力がこもる。
 ぶっきらぼうを装っているようだけれど、レサトゥリアスは照れているのか、どこかそわそわしている。
 ヴィオレッタは思わず、くすりと笑っていた。
 その時だった。
 静かに扉が叩かれた。
 それまでのふわりとやわらかな空気がぴんと張り詰め、四人の視線が扉へ注がれる。
 同時に、シリルとジルベールがすっと立ち上がる。
 シリルはヴィオレッタとレサトゥリアスが座る椅子の後ろに控え、ジルベールは扉のすぐ横へ歩み寄り控える。
 そして、シリルがレサトゥリアスの意思を確認するように視線をやると、レサトゥリアスは促すようにうなずいた。
「どうぞ」
 シリルがそう扉に声をかけると、ゆっくり扉が開く。
 本来ならば、入室を許可する前に誰何するところだが、それをしなかったということは、シリルには訪ねてきた者が誰であるかわかっていたのだろう。
 ジルベールもまた驚くことなく、平然と扉横に控えている。
 扉がすべて開ききると、そこに現れたのはベルリオーズだった。
 その背に、赤みがかった金髪がまぶしい若い騎士を一人連れている。
「失礼致します」
 受け入れるように、扉横のジルベールがベルリオーズににっこり微笑む。
「え!? お父様!?」
 ベルリオーズの姿を認めると、ヴィオレッタは思わず声をもらしていた。
 ベルリオーズはちらとヴィオレッタに視線を移すが、すぐに何事もなかったようにレサトゥリアスから少しはなれ、椅子をうまくさけ礼をとる。
 後に続く若い騎士も、慌ててそこから一歩下がった場で騎士の礼をとった。
 ジルベールはその二人をのんきに眺めている。
「ご足労恐れ入ります、ベルリオーズ将軍」
「いえ、とんでもないことです」
 シリルが申し訳なさそうに告げると、ベルリオーズは慇懃に首を小さく振る。
 いきなりの父親の登場に訳がわからず呆然としているヴィオレッタの頭を、レサトゥリアスは落ち着かせるようにぽんぽんとなでる。
 ヴィオレッタはこの状況の理由を問うように、揺れる眼差しをレサトゥリアスに向ける。
 これまでの流れから、レサトゥリアスがベルリオーズを召したことは明らかだから。
 けれど、レサトゥリアスはヴィオレッタの無言の問いかけに答えるつもりはないらしく、ただ優しく微笑みかけるだけ。
 ヴィオレッタは諦めたように、ぽてんとレサトゥリアスの肩に頭をもたれかける。
 あれほど嫌がっていたのに、人前で自らレサトゥリアスに寄り添っていることに、動揺のためか、ヴィオレッタは気づいていない。
 そんなヴィオレッタに、レサトゥリアスは明らかに胸の内で狂喜乱舞しているけれど。
 それをちらりと見て、シリルは呆れたようにふるっと小さく首をふる。
 そして、うかれるレサトゥリアスなど見なかったと、シリルは何事もなかったようにつづける。
「ヴィオレッタ様も陛下と婚約されたことですし、これより、ヴィオレッタ様に専属の護衛をつけようと思います」
 いつの間にかヴィオレッタ嬢≠ゥらヴィオレッタ様≠ノさりげなくかわっていたことも気になったけれど、それ以上にヴィオレッタは護衛≠ニいう言葉が気になった。
 どういうこと?と首をかしげ、レサトゥリアスにちらっと視線をやり問いかける。
 すると、レサトゥリアスが明らかに不機嫌に顔をゆがめた。
 面白くなさそうにぶすっとふくれっつらで、ぎりっと唇をかむ。
 ヴィオレッタはますます首をかしげる。
 けれど、不機嫌なレサトゥリアス、そして怪訝なヴィオレッタにかまうことなく、どこか楽しげにシリルは先を続ける。
 シリルが視線を向け何やら促すと、ベルリオーズは得心したようにうなずく。
 そして、その背後に控える若い騎士に視線をやる。
「アルフォンス、こちらへ」
「はい」
 ベルリオーズがそう声をかけると、強張った声で若い騎士――アルフォンスが短く答える。
 アルフォンスは遠慮がちに一歩前に出て、再び騎士の礼をとった。
 窓から差し込む陽光を受け、赤みがかった金の髪がきらりと光り、目にまぶしい。
「近衛に属しております、アルフォンス・ベルナール・クレマンです。明日付けで、ヴィオ――いえ、陛下のご婚約者様の護衛につくこととなります」
「……え? レスティ? お父様?」
 思いがけないその言葉に、ヴィオレッタは訝しげにレサトゥリアスとベルリオーズの顔を交互に見る。
 レサトゥリアスは相変わらず不機嫌だし、ベルリオーズは無表情でさっぱり考えが読めない。
 これまでの流れから、アルフォンスがヴィオレッタの護衛につくということだけはわかるが、だからといって何故ヴィオレッタに護衛がつけられるのか、いまいちぴんときていない。
 どうして、今さら護衛が必要なのだろうか。しかも、近衛騎士の専属護衛が。
 王族には形式上近衛が護衛にあたるが、だからといって専属である必要はないはず。
 何より、レサトゥリアスのこの不機嫌ぶりが、ヴィオレッタにはちんぷんかんぷんで仕方がない。
 何故、いきなり不機嫌になったのだろうか。しかもそれは、シリルがヴィオレッタに専属護衛をつけると告げた直後に。
 その答えを求めるように、ヴィオレッタは再びレサトゥリアスとベルリオーズに交互に視線を向ける。
 けれどやはり、その答えがヴィオレッタに与えられることはなかった。


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update:11/08/20