至宝の花
(6)

 ヴィオレッタの疑問をさらっと無視して、シリルが淡々と、けれどどこか愉快そうに話をすすめていく。
「ひとまず一名のみですが、これからおいおい増員していく予定です。ご不便をおかけいたしますが、しばらくの間ご容赦ください」
「何分、ヴィオレッタ様を間違いなく護れる者となると、人選も大変でしてねえ」
 シリルにつづき、扉横の壁にもたれかかるジルベールが、にやにやと笑みを浮かべ言う。
 さらに、口を挟むことは許さないとばかりに、シリルが間髪いれず言い放つ。
「いらない、とはおっしゃらないで下さいね。ご理解いただけているとは思いますが、陛下の婚約者というお立場はこれまでとは異なるのですからね」
「……うっ」
 ヴィオレッタは、妙にさわやかににっこり微笑むシリルに先をこされ、言葉につまる。
 まさしく、ヴィオレッタには護衛などもったいないからいらないと言おうとしていた。
 しかも、シリルの口ぶりは有無を言わさずといったようだったから、ヴィオレッタがこれ以上何を言っても無駄だろう。
 いや、無駄どころか、さらに容赦ない言葉を浴びせられるに違いない。
 ならば、こてんぱんにやりこめられる前に、大人しく白旗をあげた方が賢明だろう。
 どちらにしても、ヴィオレッタには拒否権はないようだから。
「まだ実感はないでしょうが、王妃というお立場は常に命の危険がつきまとうものなのですよ。――たとえ、平和なこのグランノーバといえど」
 諦めはしたが不満げであることに変わりないヴィオレッタをちらりと見て、シリルは相変わらずたんたんと述べる。
 ぴくりとヴィオレッタの体が小さく揺れた。
 寄り添うレサトゥリアスにはその小さな動揺も大きく伝わり、いまいましげにシリルをにらみつける。 
「シリル、あまりヴィオレッタを脅すな。――ヴィオレッタ、シリルは少しばかり大げさに言っているだけだ。まあ、滅多なことでは、命を狙われることはない」
「……うん」
 レサトゥリアスはシリルをにらみつけたかと思うと、次にはヴィオレッタにとろけるほどの優しげな視線を注いでいた。
 ヴィオレッタは不安げに瞳をゆらし、こくんとうなずく。
 では、滅多なことであれば、命を狙われるのか、とはあえて問わない。問うだけ無駄だろう。
 ヴィオレッタも多少はそういう覚悟をしていたけれど、こうあけすけに言われるとちょっと驚く。
 そう、ちょっと驚いただけ。
 これまでも、武勇で名を馳せるベルリオーズ家の娘ということもあり、何度か危険にさらされたことがあるので、ヴィオレッタは今さらそれくらいで怯えることはない。
 けれど、レサトゥリアスはそれでも負い目を感じるのだろうから、そこが少し不安で悲しい。
 それでも、レサトゥリアスはヴィオレッタの身を案じるのだろうから、そこは嬉しい。
 矛盾したそんな二つの思いが、今ヴィオレッタの中で対峙している。
 ヴィオレッタの心は、なんとも複雑怪奇。
 じっと見つめるヴィオレッタの眼差しに心揺れ、あるいは決意したように、レサトゥリアスはベルリオーズに視線を向ける。
「ところで……ヴィオレッタの護衛は、ベルリオーズ将軍があたってくれ。それはいらない」
 レサトゥリアスは感情を全て殺したように、アルフォンスをびしっと指差す。
 瞬間、アルフォンスは大きく肩を震わせた。
「無茶です。わがままは却下」
 しかし、即座にシリルが呆れいっぱいにきっぱり言い放つ。
「そうですよ、それに将軍はレスティの護衛じゃないですか」
 ジルベールもまた呆れつつもどこか楽しげに、ゆったりとベルリオーズのもとに歩み寄る。
 それから、シリル、ジルベール、ベルリオーズの三人は、やれやれと肩をすくめあう。
「このアルフォンスも近衛の中ではとりわけ優秀ですよ?」
 ベルリオーズはふうと小さく息を吐き出すと、ちらりとアルフォンスに視線を流した。
 そこでは、アルフォンスが顔を真っ青にして小刻みに震えていた。目の焦点がもはや合っていない。
 失態を犯したのか、王に信用されていないのかと、すでにどつぼにはまっていた。
 それほどまでに、レサトゥリアスがアルフォンスへ向ける視線がまがまがしいものだったのだろう。
 レサトゥリアスはちらりとアルフォンスを見やると、汚らわしげに言い捨てた。
「若い男は駄目だ」
 瞬間、その場にいる者すべてが、レサトゥリアスの意図を正しく読み取った。
 一瞬しんと静まり返ったかと思うと、次にはわざとらしく騒ぎ立てる。
「公私混同、私情暴走、……やきもち禁止です」
「時間的にも財政的にも、陛下が納得するようにあらたに女性騎士を登用して使い物にする余裕はありません」
 ジルベールがからかうように言えば、シリルが突き放すように言い切る。
 さらに言い募ろうとしていることを悟り、ヴィオレッタはどこか疲れを覚える頭を叱咤し、上目遣いにレサトゥリアスを見つめる。
 くいっと首をかしげ、まるでおねだりするような仕草をとる。
「……レスティ、わたしはかまわないけれど?」
「駄目だ、絶対に駄目だ!!」
 けれど、ヴィオレッタのそんなおねだりも、このことに限ってはレサトゥリアスに通用しなかった。
 ヴィオレッタのお願いにも、頑として譲ろうとしない。
 ある意味最終兵器のヴィオレッタのおねだり攻撃にもまったく揺れないレサトゥリアスを見て、シリルが大仰に呆れてみせる。
「まったく、いつからそんなにわがままになったのですか」
 かっと顔を紅潮させ、レサトゥリアスは剣幕で叫ぶ。
「わがままではない! ヴィオレッタにその気がなくとも、男は狼だからな、いつ豹変するとも限らない!」
「それは、自身の経験からか?」
 からかうようにジルベールが問うと、レサトゥリアスは「うぐっ」と不細工な声をもらし口をつぐんだ。
 けれど、すぐに気を取り直したように、あたかも自らの主張は正しい、正義だと言わんばかりにまくしたてる。
「ヴィオレッタはこんなにかわいいのだから、男であれば放っておくことなどできまい!」
 同時に、ヴィオレッタをぎゅうと抱きしめた。
「レ、レスティっ」
 突然の抱擁に、ヴィオレッタは顔を真っ赤にして、レサトゥリアスの腕の中でわたわたうろたえる。
 けれど、レサトゥリアスは羞恥に体温を上げるヴィオレッタにかまうことなく、すっかり自らの世界に突入し、陶酔しはじめる。
 うっとりとヴィオレッタを見つめる。
 かと思うと、はっと何かに気づいたように、ヴィオレッタをその腕に抱きすくめたまま、うんうんうなりはじめた。
「ああ、そう思うと、私自ら護衛にあたるべきだろうか」
「……レスティ、血迷わないでください」
 ぶつぶつ言うレサトゥリアスの肩を、シリルがため息いっぱいこめてぽんとたたく。
 びくんと大きく肩を震わせ、レサトゥリアスは鬼気迫ったようにシリルを凝視する。
「し、しかし……!!」
 あまりにもあさってな方向へ暴走するレサトゥリアスに、シリルは遠慮なく白い目を向ける。
 それからもう一度大きくため息をこぼすと、諦めたように肩を落とした。
「ああもうっ、うっとうしい。わかりました。ともにヴィオレッタ様の兄上ジェラール殿もつけましょう。近衛ではありませんが腕が立ちますし、引っ張ってきますよ。ただし、兼任というかたちでしか無理ですよ。今はどこも人手不足ですからね。……誰かさんのおかげで」
 シリルの言葉にようやく理性を取り戻したのか、むしろ取り戻しすぎたのか、一瞬前までとはまったく違い、レサトゥリアスは妙に冷静に、皮肉めいた視線をシリルに向ける。
「それはシリルの仕業だろう?」
「誰かさんの意向のためですよ」
 シリルは即座に、切り返し、切って捨てた。
 レサトゥリアスが即位してからというもの、シリルの日々は忙しく慌しい。
 表面上はどんなに平和に見えても、内実は必ずしも比例するとは限らない。
 レサトゥリアスの指示により、シリルが策を講じ、不穏分子や腐敗した貴族、役人たちをあぶり出し、容赦なく処分、粛清をつづけている。
 それも、もう終わりが見えはじめている。
 徹底的に排除してきたために、優秀な人材を新たに雇い入れることが間に合わず、今王宮内は人手不足に悩まされている。
 ボーカンの一件も、その一環にすぎない。
 その一環ではあるけれど、ボーカンは中でも最大の癌であったことも間違いない。
 ボーカンを失脚させた今、あとは残党や雑魚を少々片づければ、この一大改革も終わりを迎える。


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update:11/09/01