至宝の花
(7)

  「レスティ、諦めなって。常にとはいかないが、ジェラール殿がともにいるならまだましだろう?」
 どうにも納得がいかないとぎりぎり歯軋りするレサトゥリアスに歩み寄り、ジルベールがなだめるようにその肩をぽんとたたく。
 するとレサトゥリアスは、いまいましげにジルベールをにらみつけたかと思うと、ついに諦めたように投げやりに椅子の背にぼふんともたれかかった。
「……ちっ、仕方がない。二人きりよりはましか」
 そう吐き捨てつつも、やはり腕にはしっかりとヴィオレッタを抱きしめている。
 そして、いい加減はなして欲しいと目で訴えるヴィオレッタに気づき、レサトゥリアスはふむとうなずく。
 かと思うと、そのままヴィオレッタをひょいっと抱き上げ、自らの膝の上に座りなおさせた。
 ヴィオレッタはぎょっと目を見開き、そこから下りようとわたわたもがく。
 けれど、レサトゥリアスは満足げに微笑み、その膝の上、腕の中に、ヴィオレッタをしっかりと拘束する。
「アルフォンスといったか? いいな、ヴィオレッタに決してよこしまな考えを抱くな。そして、その命を賭しても守りぬけ」
 さもそれが当然とばかりにヴィオレッタを抱きしめながら、けれどその目は禍々しい光をこめ、呆然と立ちつくすアルフォンスをにらみつける。
「ぎょ、御意に!」
 アルフォンスは蒼白な顔で、心の底から叫んだ。
 この誓いをたがえることがあれば、死よりも恐ろしい目にあわされると恐怖におののくように。
 事実、レサトゥリアスの命にそむけば、末代までたたられるどころの話ではないだろう。
 それくらいに、今のレサトゥリアスは不気味に恐ろしい。無慈悲。
 ヴィオレッタがからむと、容赦≠ニいう言葉はひとかけらすら残らずなくなる。
「一体、いつからこんなに嫉妬深くなったのでしょうねえ。横暴ですよ」
 ジルベールが呆れてぽつりつぶやくと、シリルがベルリオーズへ向け、思わず頭をたれた。
「手間をかけます」
「……いえ」
 ベルリオーズは小さく一度首を横に振るだけだった。
 さすがに、自分の娘の今のありように、父親としての娘かわいさの憤りを抱くことができぬほど、その娘が気の毒に思えたのだろう。そして、その相手である男に仕える者たちも。自らもその一人だということをころっと忘れて。
 まったく、ヴィオレッタはとんでもない男に捕まったもの。
 恋とはまこと、冷酷な男をも狂わす。
「レスティ……」
 ヴィオレッタはレサトゥリアスの腕の中、早々に諦めたのか、ぐったりうなだれる。
 ジルベールはもう一度レサトゥリアスの肩をぽんぽんたたくと、視線を前方に移した。
「アルフォンス、あらためてヴィオレッタ様に挨拶を」
 そして、いまだ呆然と立っているアルフォンスに声をかける。
 すると、アルフォンスははじかれたように体をはねさせ、慌てて応える。
「は、はいっ」
 ジルベールの気遣いは、今のアルフォンスにとっては天からの救いのように思えただろう。
 すべての者を恐慌に陥れるようなレサトゥリアスの暴走に、アルフォンスもまたのまれてしまっていたから。
 すうはあと大きく息を吸い吐きすると、アルフォンスは意を決したように、レサトゥリアスにすべての悪しきものから守るように抱かれるヴィオレッタの前へ歩み出て、その場にひざまずく。
「この度、王妃陛下の近衛という栄誉をいただきました、アルフォンス・ベルナール・クレマンと申します。身命を賭してお仕えいたします」
「は、はい。よろしくお願いします」
 うむとうなずくレサトゥリアスの腕の中、ヴィオレッタは慌ててぺこりと頭を下げる。
 あまりにもさらっと王妃陛下≠ニアルフォンスが告げたため、どうやらヴィオレッタはそれに気づいていないらしい。
 いや、あるいは、気づいているけれど、この場合、否定することがためらわれたのかもしれない。
 レサトゥリアスの腕の中という、この世でもっとも危険な場にいる状況では。
 王妃陛下――レサトゥリアスはそれを否定しなかった上に、今はまだ正しくはないけれど、それもすぐに正しくなる。
 ならば、ヴィオレッタもあえて否定する必要はないだろう。
 レサトゥリアスはとりあえずうなずきはしたが、相変わらずぶすっとふてくされたまま。
 この場にいるすべての者に見せつけるように、さらにぎゅうとヴィオレッタを抱きしめる。
 一体どこまで諦めが悪いというか、たちが悪く面倒な男なのだろうか。
 ヴィオレッタのこととなると、一気に冷静でいられなくなる。暴走する。
「今日はもういいから、さっさと下がれ」
 追い討ちとばかりに、レサトゥリアスはしっしっと手を振り、さっさと、レサトゥリアスとヴィオレッタ以外はこの部屋から追い出そうとする。
 もう意見することや逆らうことを諦めたのか、ベルリオーズがうなずいた。
「では、これで失礼致します」
 そう言うと、いまだ放心状態が抜け切らないアルフォンスの首根っこをつかみ、さっさと月宴の間を退室していく。
 レサトゥリアスは少し機嫌を回復したようにその様子を眺め、シリルとジルベールはやれやれとため息をもらす。
 ヴィオレッタはようやく落ち着くとばかりに、レサトゥリアスの胸にぽてんともたれかかった。


 ベルリオーズの背で、緻密に細工が施された扉が閉まると同時に、その手につかんでいたアルフォンスを廊下にぺいっと捨てるように解放した。
 つんのめりながらたたらを踏むと、アルフォンスははっとしたように慌ててその場で踏みとどまった。
 そして、恐る恐る振り返り、無表情でその場に立つベルリオーズを見つめ、おずおず尋ねる。
「しょ、将軍、私は、陛下に信用されていないのでしょうか?」
 その言葉を聞くと同時に、ベルリオーズはアルフォンスを哀れむように眉尻を下げた。
 ふうと、ベルリオーズの唇から細い吐息がもれる。
「まあ、そういう意味ではそうかもしれないが……。心配するな、腕は認めてくださっている。ただ、陛下が心配性で心が狭く、お馬鹿さんなだけだよ。まったく、恋をすると、賢王もとたんに愚王になるものだね」
「……はあ」
 しみじみ告げるベルリオーズに、なんだか知ってはいけないことを知ってしまったというように、アルフォンスは力なくそうこたえることしかできなかった。
 王妃陛下の近衛といえばこれほど栄誉なことはないが、果たして本当に栄誉なことかどうか、それは誰にもわからない。あるいは、究極の生贄かもしれない。
 ベルリオーズは暗に、そう告げている。
 空は憎らしいほど澄み渡っているのに、何故かアルフォンスの心はうかない。
 どこからか、チチチ……と小鳥の楽しそうな歌声が聞こえてきて、余計にアルフォンスの気を滅入らせる。


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update:11/09/11