至宝の花
(8)

 ベルリオーズとアルフォンスが退室したその後、ヴィオレッタを腕にとらえ人目をはばからず堪能し続けるレサトゥリアスを、シリルが無理矢理はがしとった。
 そして、レサトゥリアスの首根っこをつかみ、そのまま執務室へ連行していった。
 その姿をあっけにとられながらヴィオレッタは見送り、ほどよく登城の本来の目的の時間となった。
 楽しげにひらひら手をふりレサトゥリアスとシリルを見送っていたジルベールに送られ、ヴィオレッタはお妃教育の教師陣が待つ部屋へ案内されていく。
 初日の今日は、これからそこで、教師たちとの顔合わせがある。
 今日はあくまで顔合わせ程度なのですぐにすむけれど、はじめが肝心でもある。
 挨拶をかわし、そこで教師たちと相性が合うかどうかが、ヴィオレッタの今後のお妃教育を左右するだろう。
 なので、顔合わせといっても馬鹿にはできない。時間に遅れるわけにいかない。
 恐らく、いつまでたってもヴィオレッタを解放せず愛で続けるレサトゥリアスの時期をはかり、シリルは気を利かせたのだろう。
 きっと、ヴィオレッタではレサトゥリアスをはがしとることはできなかったから。
 噂では、いや、噂でなく事実、少し前までのレサトゥリアスからは、まったく想像がつかない怠けっぷりだろう。
 グランノーバの王といえば、堅物で豪腕で冷徹で……と、決してヴィオレッタが知るような男ではなかったはず。
 だからこそ、これまで妃が決まらず、まわりの者たちをやきもきさせていた。
 妃を待ち望む臣下たちからはヴィオレッタは歓迎されたが、果たして本当に、手放しで喜んでもいいことなのだろうか?
 女性一人のために、自らにも他人にも厳しいと有名なあの王が壊れてしまったのだから。
 今のレサトゥリアスは、女性で身を滅ぼすを、まさしく地でいっている。
 ヴィオレッタは、傾国のなんとかなどそのような不名誉なもの、御免こうむる。


 王宮にしてはこじんまりとした部屋の壁いっぱいに広がる窓から眺める空は、もうすっかり茜色にそまっている。
 窓辺に小卓と椅子を寄り添うようにニ脚置き、そのひとつにヴィオレッタは腰掛けている。
 ふと硝子越しに見上げる空では、西の稜線の上に鳥が群れをなして飛んでいる。
 目の前には、ほんわりといい香りを放つ湯気がゆらめいている。
 もう随分前に教師たちとの顔合わせをほぼ良好に終え、ヴィオレッタはこの部屋で一息ついていた。
 こじんまりとしてはいるが、さすが王宮、調度品の数々は、派手さはないもののすべて一級の細工がほどこされている。
 誰の目にも、それが滅多にお目にかかれない高級品だと知れる。
 ゆっくりと真っ赤に燃える空から小卓に視線を移すと、その上に置かれた茶碗に注がれた褐色の液体の表面が、風もないのに細かく揺れた。
 もちろん、ヴィオレッタが手を触れ振動を与えたわけではない。
 その揺れに気づき首をかしげた時だった。
 思わず耳をふさぎたくなるほどの大音響をたて、この部屋の扉が乱暴に開け放たれた。
 それと同時に、鼓膜が破れんばかりの怒声がとどろく。
「やっぱり、ここか!」
「無断で自室に連れ込まないでください!」
 重なりあうように、その二つの言葉がヴィオレッタ――と寄り添い座るレサトゥリアスに浴びせかけられる。
 ヴィオレッタはぎょっと目を見開き、開け放たれた扉に仁王立つ二人の青年を見つめる。
 けれど、さりげなくヴィオレッタの肩を抱き寄せたレサトゥリアスはなんとも涼しい顔で、もう一方の手で茶碗を持ち上げると、それを嫌味なほど優雅に口元へ運んでいく。
 ぜいはあと荒い息をし、肩をいからせる二人の青年、シリルとジルベールなど、まったくその目に入れていない。
 どうやら、二人の言葉から、教師陣と顔合わせをした部屋にいるはずのヴィオレッタが姿を消したので、必死に探していたらしいことがうかがえる。
 そして、あちこちかけまわるも見つからず、その時はたと気づき、この部屋、レサトゥリアスの居住区にある一室にやって来たのだろう。
 その予想は間違っておらず、こうしてレサトゥリアスと寄り添うように、窓辺にヴィオレッタの姿があった。
 ここは書斎となっており、硝子扉がある壁をのぞき他の壁は皆、書棚で埋め尽くされている。
 普段は、続く日当たりがいい露台で、ぽかぽか陽気を浴びながらレサトゥリアスは読書を楽しんでいる。
 そこからの景色もよく、何もせず、ただぼうっとそれを眺めていることもある。
 けれど夕刻の今は少し肌寒くなったこともあり、こうして硝子扉をしめその内で、ヴィオレッタと二人お茶を楽しんでいた。
 お茶ではなく、ヴィオレッタを楽しんでいたの間違いかもしれないけれど、レサトゥリアスの場合は。
「まったく、いきなり執務室から姿をくらましたかと思えば、やはりこういうことでしたか」
 こめかみをぐりっと押しながら、シリルが窓辺のレサトゥリアスへ歩み寄る。
 その後に、呆れたようなジルベールも続く。
 ついニ、三十分ほど前、そろそろ教師陣との顔合わせを終えただろうと、ジルベールがヴィオレッタを迎えに行くと、そこにはヴィオレッタの姿はなく、それだけでなく教師の気配すらなく、すでにもぬけのからとなっていた。
 そこでジルベールは慌ててヴィオレッタを探しに走った。
 まさか、ヴィオレッタが一人、断りなく移動するとは思えず、何事か起こったのだろうと本当に焦っていた。
 そう、少し考えればすぐにわかる、あることに気づく余裕すらなく。
 ここでヴィオレッタにもしものことがあれば、ジルベールだけでなく、この国の存続の危機に陥りかねない。
 すっかり骨抜きにされおぼれきっているレサトゥリアスがその相手を失うことがあれば、自らグランノーバを滅ぼしかねない。これまでとは違った意味で、それほどの危うさがある。
 そうして、ジルベールが蒼白になりヴィオレッタを探し廊下をかけていると、ばったりシリルと会った。
 その時のシリルは禍々しい黒い気をまとい、直視できないほど恐ろしく顔を強張らせていた。
 するとシリルもまた、執務を途中で放り出しとんずらしたレサトゥリアスを探し回っていた。
 そこで二人はすぐさまあることに気づいた。そして、妙に納得し、一方は隠すことなく怒りを放出し、一方は呆れ半分面白さ半分で、ともにまっすぐこの部屋にやってきた。
 途中、シリルの黒い気にあてられた宮廷人の何人かが、その場で泡を吹いて倒れたことは、この際触れてはいけない。
 一週間ほど寝込むことはあっても、命を失うことはないだろうから。


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update:11/09/18