至宝の花
(9)

「あ、あの……。シリル様にジルベール様?」
 何人(なんぴと)の目にも触れさせたくないとばかりにその背に隠そうとするレサトゥリアスの肩越しに、ヴィオレッタがひょっこり顔をのぞかせる。
 そして、歩み寄るシリルとジルベールに、探るように首をかしげる。
 すると、レサトゥリアスがふいに姿勢をかえヴィオレッタと向き合うと、そのままうっとりと見つめる。
「ヴィオレッタ、ほら、これなどおすすめだぞ」
「う、うん?」
 レサトゥリアスは手もとにあったいちごたっぷりの冷菓を手に持ち、それをヴィオレッタの目の前に差し出す。
 かと思うとすぐにそれをまた小卓の上に戻し、匙を手に取り、一口分だけすくいあげる。
 そしてそのまま、ヴィオレッタの口元へ運んでいく。
 一連のその動作を目で追っていたヴィオレッタは、自らの口元へそれがやってくると、ほんのり頬をそめ、顔をひきつらせた。
 レサトゥリアスが何をしたいかを正しく読み取り、羞恥とともに呆れを覚える。
 どうやらレサトゥリアスは、徹底的にシリルとジルベールの存在を無視したいらしい。抹消したいらしい。
 ヴィオレッタの口元に匙をやったまま、うったえるようにじいっと熱い視線を注ぎ続けるレサトゥリアスに、ヴィオレッタは早々に諦めてしまった。
 渋々、差し出す匙をぱくりと口にくわえる。
 すると、レサトゥリアスはとろけるような笑みを浮かべた。
 そして、匙を冷菓の器に置くと、再び訴えるようにヴィオレッタを見つめる。
 悲しいことに、それが意図するものすらも、ヴィオレッタは正しく理解した。
 ちらりとシリルとジルベールを見て、レサトゥリアスに視線を戻す。
 レサトゥリアスは期待に満ちたきらきらした目で、ヴィオレッタを見つめている。
 はあと、ヴィオレッタの赤く熟れた唇から吐息がもれる。
「レスティも食べる?」
「ああ、もちろん」
「じゃあ、はい、あーん」
 ヴィオレッタは器に置かれた匙を手にとり、一口分だけ冷菓をすくいとり、レサトゥリアスの口元へ運ぶ。
 すると、レサトゥリアスはそれを口に含むと、ほにゃりと嬉しそうに頬をゆるめた。
 口に含んだ冷菓があまりにも美味だったためか、それともヴィオレッタのその行動に喜んだためか、レサトゥリアスの顔が目もあてられないほど幸せそうにくずれた。
 それを見て、ヴィオレッタは失敗したと思いつつ、作り笑いをして問うてみる。
「おいしい?」
 首をかしげるヴィオレッタを、レサトゥリアスはうっとり見つめる。
「もちろん。それにしても、ヴィオレッタ、どうしてこんなにかわいいんだ」
 果たして、何がおいしかったのかとは、今のレサトゥリアスに問うてはいけないだろう。
 熱を帯びた吐息とともにそうつぶやくと、レサトゥリアスはそのまま一気にヴィオレッタを腕の中へおさめた。
「え? きゃっ、ちょ、ちょっと、レスティ?」
 ヴィオレッタはぽふんとレサトゥリアスの胸の中へ飛び込んだ。
 レサトゥリアスの腕の中で、ヴィオレッタは顔を真っ赤にして潤む瞳でうかがうように見つめる。
 ヴィオレッタのどことなくおろおろした様が、レサトゥリアスの胸をきゅうんと締めつける。
「なに、このかわいい生き物」
 レサトゥリアスはうっとりつぶやくと、さらにぎゅうとヴィオレッタを抱きしめた。
 それから、そのままヴィオレッタをおいしくいただこうと、顔を近づけていく。
 そこへ、ぱんぱんと手を打つ大きな音が響いた。
 手を打つ音のはずなのに、何故かそこには怒りが込められているように聞こえる。
「はいはい、変態行為はそれくらいにして」
「変態などと言うな!」
 瞳に底知れぬ怒りを宿し、にっこり微笑むシリルが、レサトゥリアスの肩をぐいっと引く。
 レサトゥリアスが、その手を叩きつけるように乱暴にはらいのける。
「やれやれ、凄まじい変わり様だね、あのレスティがまさかねえ」
 払われた手をふりふり振るシリルのもとへ、肩をすくめながらジルベールがやって来た。
 ジルベールをちらりと見てうなずくと、シリルは皮肉るような笑みを浮かべる。
「女性と見れば寄るな触れるな話しかけるなとぴりぴりしていたのに。人間、変われば変わるものですね」
「まあ、レスティの場合極端だけれどな」
「まさか、レスティがここまで女性におぼれるとはねえ」
 そうして二人、やれやれと肩をすくめ合う。
 ヴィオレッタをその胸の中におさめぬくもりを楽しみつつも、しっかり外野を気にしていたレサトゥリアスの頬がひくりと引きつった。
「……お前たち、死にたいのか?」
 そして、地の底を這うようなつぶやきがもれる。
「いいえ? まさか、ここまで手の施しようがなくなるとは思わなかったというだけです」
「もう、ヴィオレッタ様がいないとこの色ぼけ陛下は使い物にならないな」
 シリルがけろりと言い放つと、ジルベールもまたさらっと暴言をはく。
 ぴしりと、レサトゥリアスのこめかみに青筋が浮かび、眉間にしわがはしる。
 口元は先ほどから、不気味にひくひくひきつっている。
 けれど、明らかなレサトゥリアスの表情の変化など気にせず、シリルもジルベールもたんたんと続ける。
 しかも、何故か矛先をレサトゥリアスからヴィオレッタに移して。
「そういうわけで、ヴィオレッタ様、諦めてください」
「覚悟してくれ」
「もうレスティからは逃げられません」
 急に振られたヴィオレッタは、レサトゥリアスの腕の中、こぼれんばかりに目を見開きぽっかり口を開いている。
 その顔は、気の毒なほど真っ赤に染まっている。
 窓の向こうに広がる、燃える空よりも赤い。
 けれど、次の瞬間、それを消し去るほどのレサトゥリアスの怒声がとどろいた。
「お前たち、とりあえず消えろ!! ヴィオレッタとのせっかくの時間を邪魔するな!」
 下手をすると王宮中に響き渡ったかもしれない、なんとも呆れるその雄叫び。
 冷徹非情が聞いて呆れる、その激怒の理由。
 ある意味微笑ましいのかもしれないけれど、一方で国中を恐慌に陥れる。
 執務をさぼって愛しい女性と二人の時間を楽しむというなんとも呆れたことを、当然のように主張する。
 とうとうここまで落ちたかと言わんばかりに、シリルとジルベールはまた肩をすくめ合った。


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update:11/09/27