至宝の花
(11)

 降り注ぐ陽光を反射し、砕いた金剛石を隙間なくちりばめたように、水面がきらきら輝く池がある。
 王宮の中でも西の奥に位置するその小さな庭は、月の箱庭と呼ばれている。
 そこは、禁じられた庭と暗黙のうちに了解され、誰も足を踏み入れることはない。
 けれど、例外はあるもので、ヴィオレッタはある種禁苑となったそこに、何のためらいも気後れもなくやって来た。
 池のほとりには、白い石作りの東屋がある。
 その東屋も、この庭園の作りにあわせたのか、こじんまりとしている。
 控えめなその造りが、やはり意図的なのだろう、この庭園にはよく似合っている。
 月明かりの下の庭園しか知らなかったヴィオレッタは、陽光降り注ぐそこを見て、妙な感慨を覚えた。
 やはり、お日様の下で見る庭園は、夜とはまったく趣きが異なる。
 夜は夜で幻想的で美しい庭だけれど、昼のそれもまた生命力にあふれ優しい光に満ちている。
 庭園をぐるりと見まわし、まっすぐに東屋へ向かう。
 夜の東屋はお気に入りだけれど、昼の東屋もまたヴィオレッタを惹きつける。
 木漏れ日が差すそこにいけば、ほんのひと時現実をはなれ、のんびりできるだろう。なんと魅力的なその場所。
 東屋まで来ると、ヴィオレッタはふうと小さく吐息をもらしながら、備え付けの椅子に腰を下ろした。
 そこから、すぐ横に広がる、宝石箱のような池をぼんやり眺める。
 ――お妃教育をなめていた。
 まさかあれほど重労働だとは、ヴィオレッタは思っていなかった。
 早まったことをしたかも?と後悔が襲ってきたが、同時に幸せそうに笑うレサトゥリアスの姿がぽんと頭にうかび、それはすぐに霧散した。
 それを、お妃教育中何度も繰り返した。
 思いのほか厳しいお妃教育を放り出しそうになるけれど、それよりもレサトゥリアスとともにあることを選んだヴィオレッタは、泣き言など言っていられない。
 これを乗り越えなければ、いちばん手に入れたいものを手に入れられないと思えば、いやいやながらも頑張らなければならない。
 ほとんどの教師陣はヴィオレッタに好意的だけれど、一部、ほんの一握りがそうではない。明らかな侮蔑の目を向ける。
 けれど、それの理由がわかっているだけに、ヴィオレッタはぐっとこらえ我慢する。
 そう、一時期、お妃教育を受けている間だけ我慢すればいいのだから。……とりあえず、今は。
 授業開始一日目にして、ヴィオレッタはすでにぐったり。
 その授業から解放され、ようやくこうして休憩をとることができている。
 気づけばもう、太陽はずいぶん西へ傾いている。
「ヴィオレッタ、ここにいたのか」
 だらんとだらしなく背もたれにもたれかかるヴィオレッタに、ふいにそう声がかかった。
 ぴくんと大きく反応し、ヴィオレッタはすぐさま姿勢を正す。
 そして、ぱっくり目を見開き、前触れなく目の前に現れたその青年の姿を映す。
 青みがかった銀色の髪が、背後の青と緑の景色によく映える。
 さあと吹く風が、さわりと銀の髪を揺らす。
「……レスティ」
 ヴィオレッタがぽつりつぶやくと同時に、青年――レサトゥリアスは寄り添うように横に座った。
「大分疲れているようだな」
 レサトゥリアスはヴィオレッタの腰を抱き寄せ、その額にかかる髪をふわりとかきあげる。
 ヴィオレッタはくすぐったそうに片目を少しだけ細める。
「ええ、だって、先生方、容赦がまったくないのですもの」
「どこへ出しても恥ずかしくない王妃に仕立て上げろと、シリルが命じていたからな」
「……嗚呼、迷惑な」
 ヴィオレッタが思わず遠い目をしてつぶやくと、レサトゥリアスは大きくうなずいた。
「まったくだ」
 予想外だったのだろうか、レサトゥリアスのしみじみとした同意に、ヴィオレッタは不思議そうに首をかしげる。
 すると、レサトゥリアスはどこかいたずらっぽく笑ってみせる。
「おかげで、ヴィオレッタと過ごす時間が減る」
 レサトゥリアスはそう言って、髪をかきあげたばかりのヴィオレッタの額に、唇を押しつける。
 ヴィオレッタはさらにくすぐったそうに身をよじった。
「ついこの間のことのはずなのに、何故か懐かしさのようなものを感じるな」
 ヴィオレッタをふわりと抱きしめると、レサトゥリアスは思いを馳せるようにささやく。
 ヴィオレッタはただ静かに、ひとつうなずいた。
 この庭で、ヴィオレッタとレサトゥリアスが出会ったのが、つい昨日のことのように思い出される。
 それくらい、この庭で過ごした四日間は、褪せることのない時間だった。
 まさか、五日目にあのようなヴィオレッタの人生を一変させる出来事が起こるなど、それまでの四日間では想像すらできていなかった。
 五日目を終えれば、レスティとのおだやかで幸せな時間がはじまるのだろうと信じていた。
 なのに、蓋をあければ、このようなことになっている。
 まあ、これはこれで、相手がレサトゥリアスだったので、仕方がないといえば仕方がないだろう。
 本来ヴィオレッタが望んでいたものと少し、……いや、かなり違うけれど、こうして二人ともにいて幸せであるということには変わりない。
 かたちは違えど、ヴィオレッタは間違いなく望んだ未来を手に入れている。
 ヴィオレッタが望むものは、レサトゥリアスとともにあること。
 そう、レサトゥリアスさえいれば、ヴィオレッタはどんな状況におかれても幸せでいられる。
 それくらい、おぼれている。
 周囲からは、レサトゥリアスが手の施しようがないほどヴィオレッタにおぼれていると見られているようだけれど、きっとヴィオレッタもレサトゥリアスに負けていない。そういう自信がヴィオレッタにはある。
 ただ、レサトゥリアスほど人目をはばからず、あからさまで大げさでないというだけで。秘めた心の内では、激しく燃え盛っている。
 ちらりとレサトゥリアスを見ると、とろけるような眼差しでヴィオレッタを見つめていた。
 ヴィオレッタは思わずぽっと頬をそめ、ぷいっと顔をそらす。
 その時だった。
「お邪魔しますよ」
 そう言いながら、シリルがひょっこり現れた。
 手には、二人分の茶器とつまめる程度の量の焼き菓子が入った籠をのせた盆がある。
 レサトゥリアスが執務室から脱走したことに気づくとすぐに、その逃亡先に目星をつけやって来たのだろう。
「……シリル」
 シリルの姿を認めると、レサトゥリアスはあからさまに嫌そうに顔をゆがめた。
 声の調子も、一気に地の底に落ちる。
 しっしっと手を振るレサトゥリアスにかまわず、シリルはよく磨きこまれた白い石の小卓の上に、茶器と籠を置いていく。
 ほわりと、茶のよい香りが、木漏れ日差し込むその東屋に広がる。
 ヴィオレッタはその香りに一瞬ほわりと頬をゆるめたが、すぐに刺すようなレサトゥリアスの視線に気づき、きゅっとひきしめた。
 レサトゥリアスはその視線だけで、シリルに――いや、シリルが持ってきた茶にほだされるなと言っている。
 二人きりの時間を邪魔された八つ当たりを、ヴィオレッタにまでするほど、レサトゥリアスは余裕がないのだろう。
 宰相にもかかわらずシリルが給仕の真似事をしているのは、侍女や侍従すべてが全力で拒否したためだろう。
 王の箱庭、しかも王が愛してやまない婚約者とともにいる時に、割り込めるような猛者などまずいない。
 よって、この件に関しては、職務放棄をしたところで咎められはしない。
 ためらいなく、しかも楽しそうに、言葉通り邪魔しにやってくるシリルが普通ではないだけ。
 恐らく、この武勇伝は、今後しばらくの間、王宮では語り種になるだろう。
 いや、あの宰相≠セから、特に武勇伝にはなったりはしないだろうか。
 むしろ、ある種の怪談として広がるかもしれない。


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update:11/10/15