至宝の花
(12)

 レサトゥリアスは小卓に置かれた茶碗を乱暴に持ち上げると、片眉をあげ、視線だけでシリルを促す。
「どこかのお馬鹿な王が勝手に休憩に入りやがったようですので、ちょうどいいですし、ついでに園遊会のことをヴィオレッタ様にお伝えしようと思いましてね」
「園遊会?」
 シリルがじとりとレサトゥリアスをにらみ告げると、ヴィオレッタはくいっと首をかしげた。
 ヴィオレッタを抱き寄せるレサトゥリアスは、相変わらずむすっとむくれている。
「ええ、王妃のお披露目を兼ねた園遊会です」
 シリルはレサトゥリアスからヴィオレッタに視線を移し、にっこり微笑む。
 同時にヴィオレッタの顔が訝しげにゆがむ。
 王妃という言葉にもひっかかりを覚えるが、お披露目という言葉にはもっとひっかかる。
 思い切り顔に怪訝とかかれたヴィオレッタを見て、レサトゥリアスは苦笑をもらす。
「その方が堅苦しくなくていいだろう? ――我慢してくれ。披露目は必要なんだ」
 ぽんぽんと頭をなでるレサトゥリアスに、ヴィオレッタは早々に諦めたように肩を落とす。
 たしかに、王妃ともなれば、お披露目は必要だろう。
 理解はできるが、納得はできない。
 レサトゥリアスの言う通り、仰々しくなくていいけれど、貴族たちの前に出るのは、ヴィオレッタとしてはやはりまだためらわれる。
 ヴィオレッタが彼らにどのように思われているか、よく理解しているだけに。
 けれど、嫌だからといって逃げていられないのも確かなので、そろそろ腹をくくらねばならないのだろう。
 ヴィオレッタの内なる葛藤に気づいているのか、シリルがたたみかけるように問う。
「園遊会でしたら、ヴィオレッタ様もなれていますよね?」
「いいえ、興味がないから一度も出席したことはないわ」
 ぽてんとレサトゥリアスの肩によりかかり、ヴィオレッタはけろりと言い放つ。
 やはり苦く笑うように、レサトゥリアスの肩が揺れる。
 シリルはどこか面倒くさそうに、ふうとため息をもらす。
 そして、その瞳の奥を、きらりと光らせた。
「……そうですか。これまではそれでも結構でしたが、今後は王妃の務めとして、興味がなくても出席していただきますよ」
「ええー、めんどくさーい」
「同感」
「レスティ、ヴィオレッタ様!!」
 投げやり気味にヴィオレッタが言い放つと、レサトゥリアスもすかさず力強くうなずいた。
 さすがにこの時ばかりは、いつも一緒になって面倒がるシリルもたしなめずにはいられない。
 これは、ヴィオレッタが愚かな貴族たちに認められるとまではいかなくても、その存在を印象づけるためには必要なことでもある。
 そのため、シリルもヴィオレッタを思うと気がすすまないながらも、渋々計画をすすめているというのに、当の本人たちはこの様なのだから、なんだかもう甲斐がないだろう。
 シリルが考えるほど、ヴィオレッタもレサトゥリアスも、貴族たちなど歯牙にもかけていないようだけれど。
 まあ、それはシリルもまた同じなのだが。
 ただでさえ面倒な貴族たちが、さらに面倒なことをしでかさないための牽制でもあると、二人はわかっているのだろうか?
 いや、わかっていて、あえてこの態度なのだろう。
 もたれかかるレサトゥリアスの肩から上体を起こし、ヴィオレッタはずいっとシリルに突き出す。
 そして、まっすぐシリルを見つめる。
「ねえ、シリル様、その様付けは何とかならないかしら? レスティと同じで呼び捨てでいいのよ」
「無理です。レスティに殺されます」
 見上げるヴィオレッタにすっと視線を落とし、シリルはきっぱり言い切る。
 ヴィオレッタは不思議そうに首をかしげる。
 すると、レサトゥリアスが、ヴィオレッタの耳元で「何でもないよ」と無駄に爽やかに笑ってささやいた。
 ヴィオレッタはますます首をかしげる。
 けれどすぐに、気にしたら終わりだろうと思い直したのか、ふむとうなずいた。
 そして、今度はぴしっと人差し指をシリルにつきつける。
「それはそれとして、わたし、レスティとのことは認めたけれど、王妃というのは認めていないのだけれど?」
 ヴィオレッタはじっと訴えるようにシリルを見る。
 すると、触れるレサトゥリアスの胸が、くすりと笑うように揺れた。
「なあ、だから言っただろう? ヴィオレッタは王妃に興味がないって」
「まったくもう、あなた方お二人は」
 レサトゥリアスが楽しげににっと笑うと、シリルは疲れたように肩を落とした。
 それはつまりは、昨日の昼間、レサトゥリアスとシリルが廊下でかわした会話のことを言っているのだろう。
 ヴィオレッタは他の女性とは一味違うと。
 貴族の娘に生まれた者ならば一度は憧れるだろうその地位に、ヴィオレッタは魅力を感じていない。
 シリルが望んだとおり、ただ純粋に、レサトゥリアスを一人の人間として見て、そして愛している。
 望ましく微笑ましいことであるはずなのに、何故だかシリルはそれを素直に喜べない。
 レサトゥリアスだけでも面倒なのに、さらにその王妃となるヴィオレッタも同じくらい面倒だと悟ったからだろう。
 面倒くさいが二乗になってしまった。
 その時、東屋へ続く小道から、葉がすれるような音が聞こえた。
 三人がふと気づいてそこへ視線をやれば、垣根の向こうにジルベールの姿が見える。
 ジルベールも恐らく、姿を消したレサトゥリアスを追って、この月の箱庭にやって来たのだろう。
 執務室におらず、そしてヴィオレッタがお妃教育を受ける部屋にもいない、さらにレサトゥリアスの居住区に姿がないとなれば、あとはこの王宮内で残されたところはこの庭くらいだろう。
 何しろ、ヴィオレッタが行きそうな場所がそこなのだから。
 ヴィオレッタがあるところに、必ずレサトゥリアスがある。
 それは、この二日間で、シリルとジルベールが重々理解したこと。


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update:11/10/25