至宝の花
(13)

 手に持つ書類の束のようなものを持ち上げ、ジルベールが東屋に足を踏み入れる。
「レスティ、ご所望のものをお持ちしましたよ」
 そして、そう言いながら、レサトゥリアスに紙束を手渡す。
「すまないな、ジル」
 レサトゥリアスは腕をのばし、それを受け取る。
 どうやら、シリルにもそれが何かわかっているようで、涼しい顔でそこに控えている。
 三人のその様子を見て、ヴィオレッタはレサトゥリアスからはなれ立ち上がろうとした。
 しかし、ぐいっと腕を引かれ、再びぴったりとレサトゥリアスと寄り添うかたちになる。
 ヴィオレッタは非難めいた視線をレサトゥリアスに送る。
「ヴィオレッタ様、席をはずさなくてもよろしいのですよ」
「そうですよ、あなたは王妃なのですから」
 それを横目にシリルがさらりと告げると、ジルベールもうなずいた。
 ジルベールの言葉に多少ひっかかりを覚えるもののあえて触れず、ヴィオレッタは不思議そうに首をかしげ、レサトゥリアスをじっと見る。
 すると、レサトゥリアスは困ったように微笑をもらすと、すぐにおかしそうに口元をほころばせた。
「それに、ヴィオレッタにも関係があることだしね」
「え? わたしにも?」
 首をかしげ見つめるレサトゥリアスを、ヴィオレッタもくいっと首をかしげ見つめ返す。
 レサトゥリアスは大きくうなずいた。
「ああ、今度の園遊会の書類だよ」
 ジルベールから受け取った書類の束の何枚かをとり、レサトゥリアスはヴィオレッタに差し出す。
 ヴィオレッタは差し出されるまま、思わずそれを受け取った。
 そして、書類とにこにこ微笑むレアトゥリアスの顔を見比べると、諦めたように小さく息を吐き、手渡されたそれに視線を落とす。
「……あ、メルディナ渓谷のお茶が振る舞われるのね。たしか、グランノーバでは希少ゆえにアンセマムでしか扱っていないのよね」
「ご存知なのですか?」
 ぽつりもらしたヴィオレッタのつぶやきに、シリルがすかさず感心したように問う。
 ヴィオレッタが手渡された書類は、主に、園遊会で振る舞われる飲食物の一覧だった。
 ヴィオレッタは書類から視線をあげ、こくんとうなずく。
「ええ、ここのお茶はお気に入りで、時々買いに行くの」
「侯爵令嬢のあなたが?」
 わずかばかり目を見張り、シリルは驚きに声をもらす。
 貴族の令嬢が、しかもそれが侯爵令嬢ともなれば、たかが茶葉のために自ら足を運ぶなど聞いたことがない。
 屋敷の奥で優雅にくつろぎ、当たり前のように店ごと呼びつける。
 にもかかわらず、臆面もなく足を運ぶと告げるヴィオレッタに、シリルは驚きを禁じえない。
 たしかに、国王を国王とも思わない言動をとるヴィオレッタだけれど、まさかそこまで令嬢の常識からずれているとは思わなかったのだろう。
 まあ、甘やかされ育った勘違いも甚だしい無駄に偉そうな令嬢たちより、よほど好ましいけれど。
 ヴィオレッタは何故シリルがそのような反応をするのかわからないようで、不思議そうに首をかしげる。
「もちろん、屋敷への出張も可能だけれど、お店に直接行って、好みのものを発掘するのが楽しいの」
 そして、その言葉通り、嬉しそうにほわんと頬をゆるめた。
 どうやら、お気に入りの茶葉探しは、ヴィオレッタの趣味のひとつでもあるらしい。
 だからといってやはり、自ら訪ねることは、一般の令嬢はまずしないだろうけれど。
「かわった姫だねー。普通の姫は自分の都合で店主を呼びつけるのに」
 どうやら、ヴィオレッタの一風変わった行動は、シリルだけでなくジルベールにも好感を覚えさせるものらしい。
 必要もないのに無意味に偉ぶる女性たちばかりの中、実に珍しい。
 なるほど、レサトゥリアスは、ヴィオレッタのこのようなところに惹かれたのだろう。
 感心するシリルとジルベールをよそに、ヴィオレッタは楽しそうに書類に目を通している。
 その時、ふとヴィオレッタの表情が怪訝にゆがんだ。
 そして、すぐ隣で寄り添うレサトゥリアスの前に、書類の一枚をすっと差し出す。
「ねえ、ここの数字、おかしくない? どうしてこんなに高いの?」
「え? ああ、この購入費用か」
 ヴィオレッタの白く細い、なめらかな人差し指がこつんとつく書面の数字をみて、レサトゥリアスはうなずいた。
 それを確認して、ヴィオレッタは首をかしげながらつぶやくようにもらす。
「アンセマムは王宮御用達といっても良心的なのよ。こんなに高額になるはずはないわ。それに、いくら希少といっても、大量に購入すれば、普通は安くなるものではないの?」
 ヴィオレッタはうかがうように、レサトゥリアスをじっと見つめる。
 レサトゥリアスの顔が、先ほどまでの幸せそうにとろんとくずれたものから、一気に険しいものにかわった。
 そして、考え込むようにあごに握った拳をあて、すっと視線を上げ、側に控えるシリルとジルベールを見る。
「茶葉の購入責任者はたしか……」
「ダラス男爵」
「ボーカンの腰ぎんちゃくか!」
 シリルがぽつりつぶやくと、ジルベールがぽんと手を打った。
「またあの男ですか?」
 シリルはあからさまに嫌そうに顔をゆがめる。
 レサトゥリアスとジルベールは、苦く笑う。
 ただヴィオレッタだけがいまいちぴんとこないようで、三人を不思議そうに見ている。
 しかし、ボーカンの腰ぎんちゃく≠ニいう言葉から、そのダラスという男爵がよからぬ男だということはヴィオレッタもわかった。
 何しろ、ボーカンといえば、例の胸糞悪い集団見合いの黒幕で、かつ、その最終日にきれいに更迭された悪大臣なのだから。
 よくもまあ、あそこまで悪事を働けるものだと、ヴィオレッタはしみじみ思ったもの。
 まあ、そこで、今目の前で悪巧みをするように顔をつき合わせる三人の恐ろしさというか、底意地の悪さというか、胡散臭さを嫌というほどヴィオレッタは目の当たりにしたのだけれど。
 一体、どこからどこまで、裏で糸を引いていたのだろうか。
 ボーカンが茶番を講じ道化を演じるよう仕向けたのは、間違いなくこの三人だろう。ボーカンを失脚させるために。
 ヴィオレッタはなんだかとんでもない男性(ひと)に捕まったのではないかと、今さらながらに疲れを覚えた。
 そう、そのたちが悪い男たちの親玉が、ヴィオレッタが愛してしまったレサトゥリアスなのだから。
 ならばまだ引き返せるかといえば、そうはいかない。もはや、ヴィオレッタは引き返せないところまで追い込まれている。今さらひきかえそうとは思わないけれど。
 ヴィオレッタの内なる憂いを肯定するように、シリルがにやりと不気味な笑みを浮かべた。
「ふふふ。なんだか楽しくなりそうですね」
 運悪くそれを目にしてしまったヴィオレッタの背に、ぞくりと寒気がよぎる。
 今のシリルは、絶対によからぬことを考えている
「……シリル、今度は何を企んでいる?」
「いいことですよ。決してレスティに損はさせません」
 どうやらそれは間違っていないようで、レサトゥリアスもヴィオレッタと同じところに行き着いたらしい。
 怪訝に問いかけるレサトゥリアスに、シリルは胡散臭いほどさわやかににっこり微笑んだ。
 熱いはずの降り注ぐ陽光さえも、何故だか冷たくこの場を、とりわけヴィオレッタを包み込む。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:11/11/02