至宝の花
(14)

 ヴィオレッタがお妃教育を受けはじめて、そろそろ一週間がすぎた。
 登城一日目は顔合わせ、そして二日目から授業がはじまった。
 一部教師とは相変わらず静かなる火花散る応酬を繰り返しているが、その他は案外すんなりいっている。
 好意的な教師とはもちろんだけれど、とりたてて侮蔑や敵対心を向けない教師とも良好な関係を築いている。
 それら教師からは、それなりに覚えがいいと、可もなく不可もない評価を受けている。
 まあ、それが本来、理性的な大人の対応というものだろう。
 あからさまに嫌がらせをする方が問題がある。
 職務放棄、下手をすれば不敬罪に問われかねない危険な行為なのだから。
 それでよく、教育係と名乗れるもの。
 どうやら、そういう輩はシリルたちも把握しているようで、徐々に入れ替えられていることにヴィオレッタは気づいている。
 ヴィオレッタに嫌がらせをすることばかりに気をとられ、本来の目的である授業をおろそかにしているのだから当然だろう。
 別にヴィオレッタが告げ口をしているわけではない。まったく、彼らは一体どこまで目を行き届かせているのだろうか。
 レサトゥリアスの腹心の側近たちは、まったく出来がよすぎて恐ろしい。
 二日目の授業終了後、月の箱庭でくつろいでいると、そこにレサトゥリアスが脱走してきたかと思うと、つづいてシリルとジルベールもやって来て、園遊会を催すと告げた。
 ヴィオレッタの披露目の園遊会は、その日より三週間後、今日より約二週間後に迫っている。
 あれから、レサトゥリアスはシリルたちと何やら悪巧みでもしているのか、それとも園遊会の準備のため忙しいのか、ヴィオレッタとなかなか顔をあわせることがない。
 すきを見てレサトゥリアスが抜け出しヴィオレッタに会いに来るが、それもすぐにシリルによって強制送還されてしまう。
 はじめの頃はぬるく見守っていたが、さすがにそろそろヴィオレッタも物足りなさのようなものを感じるようになってきた。
 レサトゥリアスほどではないが、ヴィオレッタもまた、お妃教育のため王宮に滞在していれば、レサトゥリアスとともに過ごす時間を増やせるだろうと密かに期待していた。
 けれど、それが見事打ち砕かれている現状は、なかなかに甘んじ難い。
 しかし、そうわがままも言っていられず、またお妃教育が目的なので、まだ理性が勝っていることもあり、レサトゥリアスに会いたいなどとは言えずにいる。
 そんな中でも、どうにか時間を見つけて、レサトゥリアスは三度の食事のうちの一度は、ヴィオレッタとともにとるように努力している。
 そんな優しさがヴィオレッタには嬉しく、励みになっている。
 きっと、レサトゥリアスがあきれるほどヴィオレッタに会おうとあがいている姿がなければ、そうして目に見えて示してくれなければ、ヴィオレッタは今頃へこたれていたかもしれない。
 覚悟していたとはいえ、王宮というところはなかなかに厳しい。
 まさしく、悪霊悪鬼、魑魅魍魎が跋扈する世界。
 今晩もまた昨夜のように、レサトゥリアスとともに夕食をとることを約束している。
 今日一日、それを励みに、ヴィオレッタは王宮という名の魔窟に巣くう魔物たちに耐えてきた。
 もちろん、王宮に棲むものは魔物ばかりではないけれど。ちゃんと理性があったり親切だったりする人間もいる。
 本日のお妃教育をすべて終え、レサトゥリアスとの約束の時間まで、ヴィオレッタは時間つぶしと息抜きのため庭の散策にでてきた。
 このまままっすぐ月の箱庭へ行こうと歩廊を歩いている。
 もちろん、レサトゥリアスはいまだ渋っているが、にっこり笑うシリルにアルフォンスを押しつけられるように護衛につけられている。
 西の空に沈もうとしている夕陽が、白い歩廊を真っ赤に染めている。
「あれ? ヴィオレッタ?」
 歩廊の出口にさしかかった時だった。
 前方からやって来た青年が、目を見開きヴィオレッタを見つめる。
 その声がかかると同時に、一歩後ろを歩いていたアルフォンスが、ヴィオレッタの前に守るようにさっと歩み出る。
 そして、立ち止まったヴィオレッタへ歩み寄るその青年を、探るようににらみつける。
 青年はアルフォンスの警戒ぶりに、微苦笑をもらした。
「アルフォンス、大丈夫よ。彼は知り合いなの」
「しかし、ヴィオレッタ様……」
 アルフォンスの肩に手をなだめるように置き告げるヴィオレッタに、アルフォンスは戸惑いの色を見せる。
 けれど、ほんわり微笑むヴィオレッタに、アルフォンスはすぐに諦めたようにぺこりと頭をさげ、背後に控えなおした。
「カミーユ兄様、お久しぶり」
「久しぶり。……それにしても、噂は本当だったらしいね」
 ヴィオレッタは歩み寄る青年――カミーユに、にっこり微笑みかける。
 カミーユも人のよさそうな笑みを浮かべ、うなずく。
「噂?」
「ああ、ヴィオレッタが、陛下の正妃に決定したとね。まだ正式発表はされていないから、あくまで噂どまりなのだけれどね」
 ちらりとアルフォンスを見て、カミーユは眉尻を下げる。
 カミーユのその言動で、ヴィオレッタは「ああ……」と納得した。
 つまりは、近衛騎士を護衛につけている、しかもその近衛騎士は必要以上に警戒している、それだけで、現在ヴィオレッタが特別な位置にいると判断したのだろう。
 特別な位置、すなわち国王の婚約者。
「……失礼。カミーユ殿とおっしゃると、あの……?」
 ヴィオレッタとカミーユの会話に、無礼を承知でアルフォンスが鋭く割って入る。
 アルフォンスには、先ほどまでの警戒心がすでになかった。
 どうやら、その言葉から、カミーユの名を耳にした時から、警戒を解いていたのだろう。
 予想外のところからの言葉に、ヴィオレッタは目をぱちくりしばたたかせアルフォンスを見る。
「あの=c…? アルフォンス、カミーユ兄様がどうかしたの?」
「ヴィオレッタ様はご存知ないのですね。カミーユ、――カミーユ・エミリアン・ロンデックス殿といえば、一昨年、士官学校を稀代の好成績で主席卒業したことで有名ですよ」
 アルフォンスの説明に、ヴィオレッタはうんうんと感心したようにうなずく。
「へえ、そうなのね。カミーユ兄様って、意外とすごかったのね」
「意外は余計だよ」
 ヴィオレッタのあけすけな感想に、アルフォンスは苦笑をもらす。
 士官学校を主席卒業といえば、それはもう幹部一直線なのに、いずれは王の側仕えになるだろうに、ヴィオレッタにかかればその程度の反応。
 普通ならば、王宮中が驚き騒ぐ程度の偉業だというのに。
「あれ、そういえば、その制服……」
 ヴィオレッタはふと気づいたように、ちらりとカミーユがまとう制服に目をやる。
 すると、カミーユは得心したように一度うなずいた。
「ああ、最近、近衛に配属されたばかりなんだ」
 カミーユの言葉に、ヴィオレッタは怪訝に眉根を寄せる。
「そうなの? それじゃあどうして、アルフォンスはカミーユ兄様を警戒したの?」
「そ、それは……っ」
 ちらりと向けられたヴィオレッタの視線に、アルフォンスは言葉をにごす。
 それに助け船を出すように、カミーユはどこかいたずらっぽく笑う。
「最近と言っても、私が配属されたのは一昨日。その頃には、……アルフォンス殿でよろしいですか? 彼はすでに陛下の婚約者殿の護衛についていたので、まだ就任のあいさつをできていないんだよ」
「ふーん……」
 ヴィオレッタはどこか腑に落ちないといったように、カミーユとアルフォンスを見る。
 では、先ほど、アルフォンスはあれほど動揺する必要はなかったのではないだろうか。
 いや、恐らく、アルフォンスは素直に知らない、わからないとは答えられず、返答に困っただけだろう。
 カミーユの説明にほっと胸をなでおろし、どうして自分がカミーユの配属を知らなかったのか理由がわかり、安堵しているようだから。
 カミーユが今回近衛に配属されたのも、出世のための通過点にすぎないのだろう。
 近衛といえば軍部の精鋭が集められている。そこで管理職含め実践経験をつみ、そしていずれは軍の上層部に入っていくのだろう。
「ということで、改めて。一昨日付けで近衛に配属されました、カミーユ・エミリアン・ロンデックスと申します。アルフォンス殿、よろしくお願いします」
 カミーユはアルフォンスに向き直って、にこっと会釈をし手を差し出す。
 アルフォンスも表情をゆるめ、差し出すカミーユの手をがしっと握る。
「アルフォンス・ベルナール・クレマンです。現在はヴィオレッタ様専属の任についていますので、なかなかともに行動することはできないかと思いますが、よろしくお願いします」
 目の前で男と男がかたく手を握り合う様子を、ヴィオレッタは微笑ましそうに眺めている。
 互いの素性がわかれば、もはやそこには友好的な雰囲気しかない。


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update:11/11/11