至宝の花
(15)

 ヴィオレッタもまじえ、三人で立ち話をはじめてすぐだった。
 それまで、わきあいあいと会話を楽しんでいたアルフォンスが急に肩を大きくふるわせたかと思うと、顔がさっと真っ青にそまった。
 ヴィオレッタは不思議に思い首をかしげる。
 そして、縫いとめられたように動かなくなったアルフォンスの視線に気づいた。
 アルフォンスはちょうどヴィオレッタの背の向こうを、こぼれんばかりに目を見開き見つめている。
 ヴィオレッタはその視線の先をたしかめるように、ゆっくり振り返った。
 するとそこには、今から人を殺しにいきそうなほど恐ろしくゆがんだ顔でこちらをにらみつけるレサトゥリアスが立っていた。
 ぐっと両足を床に食い込ませるように立ち、その体が怒りのため大きくぶるぶる震えている。
 その視線は、こちらというよりはむしろ、ある一点、ちょうどヴィオレッタのすぐ右横に刺すように向けられている。
 ヴィオレッタの右横といえば、今はカミーユがいる。
 かつかつと乱暴に足音をさせやってきたかと思うと、レサトゥリアスはその勢いのまま、ヴィオレッタを自らの腕の中にさらうように抱き寄せた。
「ヴィオレッタ、何だ、これは」
 そして、ぎろりとカミーユに視線を移す。
 ヴィオレッタはいきなりのレサトゥリアスの行動にあっけにとられ、けれどすぐに気を取り直した。
 レサトゥリアスが何を思い、そして何を尋ねているのかわかったのだろう。
 今のヴィオレッタには、レサトゥリアスに会えた喜びより、レサトゥリアスのこの行動に対する驚きの方が大きい。
 恐らく、レサトゥリアスはまた、シリルの目を盗み執務室から脱走してきたのだろう。
 そして、ヴィオレッタを訪ねると庭に散歩へ出たと聞き、慌てて追いかけてきた。
 そうすると、その途中見つけたヴィオレッタは、見知らぬ若い男と親しげに話していたので、瞬間レサトゥリアスの頭は沸騰したというところだろう。
 なんともわかりやすすぎる。
 レサトゥリアスをとっつかまえに来た――追いかけてきただろうジルベールが、すぐ後ろに見える。
 ジルベールのさらに後から、呆れたように目を細めるシリルがゆったりやってくる。
 そのことから、先ほど仮定したレサトゥリアス脱走に絡む行動は間違いない。
「え? あ、レスティ。この方は、ロンデックス伯爵のご次男、カミーユ様よ。わたしの幼馴染なの」
「幼馴染だと?」
「ええ、王都の屋敷が近くで、小さい頃よく一緒に遊んでいたの」
 地を這うような声で怪訝につぶやくレサトゥリアスに、ヴィオレッタはこくんとうなずく。
 そして、なだめるように、腕の中から、ぽんぽんとレサトゥリアスの肩をたたく。
 それで少しは――いやだいぶ、レサトゥリアスの怒りはやわらいだのか、はあと大きく息をはき、体から力が多少抜ける。
 ヴィオレッタの幼馴染という言葉にではなく、ヴィオレッタのなだめる行為にほだされたというところだろうけれど。
「最近近衛に配属されたらしいのだけれど、レスティは知らないの?」
 ヴィオレッタが上目遣いにレサトゥリアスを見つめ問う。
 すると、レサトゥリアスは即座に、不機嫌に吐き捨てた。
「ああ、そのような小物は知らん」
 ぷいっと顔をそらすその姿に、ヴィオレッタは呆れたようにあんぐり口をあける。
 けれどすぐに、戸惑うように眉尻をさげる。
「レスティ? ちょっと、いくらあなたでも、そういう言い方はどうかと思うわよ。どうしたの? なんだか今日はやけに不機嫌だけれど」
 ヴィオレッタは両手をすっとのばし、レサトゥリアスの頬をふわりと包み込む。
 どこか不安そうに、さぐるようにレサトゥリアスを見つめる。
 レサトゥリアスはかっと顔を真っ赤にそめ、何故かわたわた慌てだした。
 そして、アルフォンスとカミーユはすっと目をそらし、「我々は何も見ていません、聞いていません」と言うように、レサトゥリアスの顔に負けないほど真っ赤に染まる西の空へ視線をはせる。
 その様子を見て、シリルとジルベールは顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめ合う。
 ヴィオレッタはどうやら、普段は鋭いけれど、肝心なところでは鈍いらしい。
 レサトゥリアスはただやきもちをやいているだけなのに、どうしてそのことに気づけないのかと、二人は心の底から不思議そうにため息をもらした。
 ただ一人、わかっていないヴィオレッタだけが、「レスティ? 大丈夫?」とすっと顔を近づけ、さらにレサトゥリアスを追い込んでいく。
 このままヴィオレッタと目を合わせていては理性が振り切れ危険だと判断し、レサトゥリアスは赤い顔のまますっと視線をそらした。
 それと同時に、レサトゥリアスの耳に、なんとも触りの悪い、そのまま塵ひとつ残らず消し去ってやりたいほどの憤りを覚える言葉が飛び込んできた。
「……恥知らずな」
 すかさず反応したレサトゥリアスは思わず、さっとヴィオレッタの両耳に手をあてていた。
「一体、どのような妙技を使ったものやら」
「よもや、夜にだけ長けてはおるまいなあ」
「まったく、ベルリオーズ殿もとんだご令嬢をお持ちのようだ」
 それは、あきらかにあてつけるように、大きな声でひそひそ話をしている。
 声が聞こえてくる歩廊の外に視線をやれば、いつの間にか、そこに、こちらをうかがうようにちらちら見る、壮年から老年の脂ぎった男が三人ほどいた。
 彼らは皆、そこそこの地位を得ている貴族。
 両の耳をふさいだだけではその汚れた言葉はふせげないようで、ヴィオレッタはレサトゥリアスに耳をふさがれるまま身じろぎすらしない。
 ただ静かに、レサトゥリアスに寄り添うようにそこにいる。
 それは、すべての怒り、悲しみ、苦しみ――理不尽さにたえているように見える。
 レサトゥリアスは耳を押さえつける手をはなし、そのままヴィオレッタを守るように強く抱きしめる。
 ヴィオレッタの体がびくんとはね、すがるようにレサトゥリアスを見つめる。
 ためらいがちにそっと、ヴィオレッタはレサトゥリアスの胸元をきゅっと握る。
 わかっていたことだけれど、あらためて言われるとさすがにこたえるのだろう。
 あからさまな敵意や侮蔑を向けられ、少しも揺れない者などいない。たとえそれが、ヴィオレッタであっても。
 自分は間違っていないと強く意思を持っていても、ゆらぎそうになる時もある。
 ただ強がっているだけ。そうしないと、壊れてしまいそうだから。負けてしまうから。
 彼らは知っているのだろう。いや、彼らでなくとも、王宮に出入りしている者なら、一度は耳にしたことがあるはず。
 公式には伝えられていないが、レサトゥリアスがいかにして現在の婚約者と出会い、手に入れたのか。
 それは、その婚約者をふしだらな娘と印象づけるには十分すぎる醜聞だろう。
 本人たちに、そのつもりがまったくなくても。


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update:11/11/20