至宝の花
(16)

 ヴィオレッタが出会った相手が、たまたまレサトゥリアスだったというだけ。
 レサトゥリアスが見初めた相手が、たまたまヴィオレッタだったというだけ。
 もし相手がそうでなくても、ヴィオレッタは同じ行動をとっただろう。
 そして、そのような前科があるということは、今後も同じことを繰り返さないとは限らない。
 そのように男にだらしない女が、果たして王妃として君臨してもよいものだろうか。
 はばかることなくそう言いふらす者は少なからずいる。
 そしてそこから、レサトゥリアスにヴィオレッタはふさわしくない、男なら誰でもいい、かるい女――あばずれだと、まことしやかに噂している。
 それだけ口々に言っていれば、もちろんヴィオレッタの耳にもレサトゥリアスの耳にもすぐに入ることになった。
 それは、言われて当然だろう、覚悟はしていた。
 けれど、そのようなことに負けない決意で、ヴィオレッタは今王宮(ここ)にいる。
 だから、そのような謗りになど決してくじけたりなど、折れたりなどしない。戦っていく覚悟がある。
 そうでなければ、レサトゥリアスの横になど立てない、いられない。
 レサトゥリアスのためなら、どのようなことにもたえてみせる。
 そのように不退転の決意でのぞんでも、時にはヴィオレッタとてくじけそうになる。
 けれど、それにやすやす負けるわけにいかない。負けじと懸命に虚勢をはる。
 ヴィオレッタには確信があるから。
 あれがレサトゥリアスでなければ、絶対に声すらかけなかった。そして、その後も会い続けようと思わなかったと。
 そう、レサトゥリアスだったから、こういう未来(いま)がある。レサトゥリアスでなければ、こういう未来(いま)はなかった。
 そして、レサトゥリアスもまた、そのようなつまらない噂など気にしていない。レサトゥリアスは、二人の真実を知っている。
 ただ、その心無い噂により、ヴィオレッタが傷つくだろうことがひどく不安なだけ。
 恐らく、あの夜、あの場にいたのがレサトゥリアスでなければ、ヴィオレッタは歯牙にもかけなかっただろう。
 あれは、ヴィオレッタとレサトゥリアスだからこそ起こったこと。それ以外ではあり得なかったこと。
 レサトゥリアスはそう確信している。
 レサトゥリアスは、ヴィオレッタでなければ、その場にとどまることもなく、また名を問うこともなかっただろう。
 噂を口さがなくまことしやかに流す者たちの言葉は、ただのこじつけにすぎない。
 真実を知らないがために、見ようとしないがために、ゆがんだかたちになっているだけ。
 二人は、惹かれあうべくして惹かれあったのだから。
 ヴィオレッタを害そうとする者が存在するなら、レサトゥリアスがとる行動は決まっている。
 ヴィオレッタを傷つけるすべてのものから、どのような手段をもってしても全力で守る。ただそれだけ。
 レサトゥリアスがヴィオレッタを守るように包み込み、歩廊の外から様子をうかがう貴族たちに、グランノーバの冬よりもっと寒く凍てつくような視線を向けると、彼らは瞬時に顔の色を失い逃げるように去っていった。
 レサトゥリアスの側には、思わずだろうか、それとも意図的にだろうか、腰のものに手をかけるジルベールがいる。
 また、アルフォンスとともに貴族たちに今にもつかみかかりそうなところを、必死におしとどまっている。
 カミーユは苦々しげにぎちりと奥歯をかみ、アルフォンスの腕をさりげなくとどめるように握っている。
 シリルは静かに、微笑すら浮かべて、逃げ去る貴族たちを見ている。
 その笑顔は、心臓が凍りつくほど禍々しい。
「……シリル」
 得たいの知れない不気味なものを押し込めるように、レサトゥリアスが低く静かにつぶやく。
 すぐ耳元で聞こえたレサトゥリアスのその声に、ヴィオレッタは思わずびくりと肩をゆらす。
「ええ、わかっていますよ。――ジル?」
「ああ、いつでもいけるぞ」
 レサトゥリアスの呼びかけにすべて承知しているとでもいうように大きくうなずくと、シリルは横のジルベールへすっと視線を向けた。
 ジルベールもまた、シリルの視線を受け、心得たようにうなずく。
 シリルはすっと目を細め、冷たく一言言い放った。
「では、頼みます」
「任せておけ」
 ジルベールは得意げに笑みを浮かべ、どんとひとつ胸をうつ。
 主語がないその会話に、ヴィオレッタはレサトゥリアスの腕の中から、怪訝に三人を順に見ていく。
「レスティ? シリル? ジル?」
 不安げなヴィオレッタの視線に気づき、レサトゥリアスはそれまでの冷酷な光を宿した目を優しい眼差しへ変え、ヴィオレッタを労わるように見つめる。
「ヴィオレッタは何も心配いらないよ」
 さらりとヴィオレッタの頭をなでるレサトゥリアスに、ヴィオレッタはやはり訝しげに首をかしげる。
 一体、レサトゥリアスたちは何をしようとしているのだろうか。
 三人のそのほぼ単語だけの会話から、楽しいものではないことだけはヴィオレッタにもわかる。
 むしろ、小さくない変化が起こりそうな不気味さを秘めている。
 そう、こういう時の三人が行動を起こして、ただですむはずがない。
 それは間違いなくヴィオレッタにも大きくかかわってくるだろうことが、悲しいかな、ヴィオレッタには容易にわかってしまう。
 あの貴族たちの言葉にヴィオレッタも怒りを覚えたけれど、それ以上に、レサトゥリアス、シリル、ジルベールの三人は憤りを覚えているようだったから。
 不安げに見つめるヴィオレッタに、レサトゥリアスはそれを取り除くように優しく微笑みかける。
「たとえ同じ状況にあったとしても、ヴィオレッタでなければ私は言葉をかわさず、王の箱庭に立ち入ったことを理由に、その場で苛立ちのままに処分していたかもしれない。またヴィオレッタも然りだな。ヴィオレッタは私だから逃げなかった」
 レサトゥリアスのヴィオレッタの姿を映す目が、とろんと甘やかになる。
 ヴィオレッタは目を見開き、驚いたようにレサトゥリアスを見つめる。
 何故、どうして、ヴィオレッタと同じことを考え、そして欲しい言葉をくれるのかと。
 ヴィオレッタは嬉しそうにほわりと頬をゆるめる。その目にわずかに涙がにじむ。
 それをその唇でもってぬぐいとろうと、レサトゥリアスがヴィオレッタに顔を近づけた時だった。
「どこからくるのですか、その自信は」
 不埒な行動を制するように、シリルが冷たくさっくり言い放つ。
 せっかくの好機を邪魔されむっと唇をとがらせるが、レサトゥリアスはすぐに得意げに笑みを浮かべた。
「自信ではなく確信だよ。ヴィオレッタは私だから心を許してくれたのだ」
「……のろけはもういいです」
 迷いないレサトゥリアスの言葉に、シリルは早々に白旗をあげた。
 すっと踵を返し、歩廊の向こうへ歩きはじめる。
 のろけはじめたレサトゥリアスにかかわってはろくなことにならない、そう判断したのだろう。
 それは、実に賢明なこと。
 シリルにならい、ジルベールもアルフォンス、カミーユもまわれ右をして、さっさと色ぼけ国王を放置して去っていく。
 ただ、ヴィオレッタだけは、レサトゥリアスの熱くうっとうしすぎる愛情表現から逃れることができなかった。
 すでに陽は沈み、西の空が濃い紫色に染まっていた。


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update:11/11/30