至宝の花
(17)

 そろそろ夜も更けようとしている。
 夕刻より続く、レサトゥリアスの必要以上に垂れ流された桃色の空気にあてられつつの夕食を、ヴィオレッタは先ほど終えた。
 食事中も何かといっては触れたがるレサトゥリアスをかわすことに、ヴィオレッタは必死だった。
 必死だったはずなのに、何故かそれは本気ではなかったような気もする。
 シリルとジルベール、アルフォンスが苦笑まじりに控える中、何やかやと結局、ヴィオレッタはレサトゥリアスの愛情たっぷり攻撃を受け入れてしまっていたのだから。
 レサトゥリアスはあーん≠フおねだりをしたかと思えば、葡萄酒がうまいとそのまま口移しで飲ませようとした。
 最後の辺りはもはや変態という言葉がしっくりくるほどに、レサトゥリアスは壊れていた。
 シリルを呆れさせ、ジルベールをにたにた笑わせ、アルフォンスを真っ赤にさせた。
 ヴィオレッタはいたたまれなくなりその場を逃げ出そうとしたけれど、何故だか扉はがっちりジルベールに守られそれもかなわず、結局最後まで、ある意味針のむしろの中耐えた。
 そう、ヴィオレッタは、あの溶け落ちそうなほど甘いレサトゥリアスの愛情攻撃に耐え抜いた。
 まあ、そのため、今これほどにも、足元がおぼつかないほど、疲れきっているのだけれど。
 それはレサトゥリアスもわかっているようで、労わるように支え、ヴィオレッタを客室まで送ってきた。
 途中何度か支える手が卑猥な動きをしたけれど、それに抗う気力はヴィオレッタにはなかった。
 まあ、卑猥といっても、腰の辺りをなでたり頬を摺り寄せたりと、とりあえずは許容の範囲だったからというものもあるだろう。
 本当に許容してもいいのかは、また別の問題だけれど。
「今日は疲れただろう。もう休むといい」
「……うん」
 レサトゥリアスはヴィオレッタにあてがった部屋の扉を押し開き支え、入るよううながす。
 ヴィオレッタはためらいがちにレサトゥリアスから体を離し、そこに向き合うように立つ。
 レサトゥリアスにべたべたいちゃいちゃされ疲れたはずなのに、ヴィオレッタは何故かそのまま寝台へ向かい倒れこむ様子はない。
 どこか名残惜しそうにレサトゥリアスを見上げている。
 レサトゥリアスは苦笑まじりにふと口元をゆるめると、にやりと意地悪く笑う。
「私の部屋はここからまっすぐ奥へいった突き当たりにある。何かあればおいで。――いや、何もなくてもおいで」
 そうささやく吐息とともに、レサトゥリアスはヴィオレッタの額に口づけた。
 ヴィオレッタを部屋の中へ押し込み、そのままゆっくり扉を閉める。
「……レスティの、ばかあ」
 目の前で閉じられた重厚な扉にむかい、ヴィオレッタは非難をたっぷりこめてそうつぶやくことでやっとだった。
 そっと、レサトゥリアスに口づけられた額に手を触れる。
 額が熱い。頬が熱い。手が熱い。どこもかしこも、ヴィオレッタのすべてが熱を放っている。


 漆黒の夜空の真上に、煌々と光を発する月が浮かんでいる。
 夜もふけ、王宮中はそろそろ寝静まってくる頃だろう。
 必要最低限の範囲で頼ることもあるが、ヴィオレッタはたいていのことは自分ひとりでできるので、侍女はすでに下がらせている。
 ほてる体の理由がわからないようでわかっている小さな震えを押して、湯浴みを終えた頃だった。
 ヴィオレッタが滞在する客室の扉が、小さく音を鳴らした。
 はじめは気のせいかとそのままにしておいたが、少し間を置いて再び扉がなった。
 今度こそはしっかりと耳にし、ヴィオレッタは怪訝に扉の向こうに声をかける。
「……どなた?」
 そっと扉に耳を寄せ向こう側の気配を探っていると、迷いない静かな声が返ってきた。
「私だ、開けてくれ」
「え? レスティ!?」
 扉越しでもわかる愛しい人の声に、ヴィオレッタは「どうして今時分に?」という疑問をすっぱり弾き飛ばし、乞われるまま慌てて扉を開けた。
 するとそこには、同じく湯浴みを終えたばかりだろう、ろうそくの火に濡れ髪を妖しく浮き上がらせるレサトゥリアスが立っていた。
 部屋着に着替えた胸元が、少しだらしなく大きく開いている。
 そこからのぞく肌は、湯上りのため赤みをさしている。
 それを目にしてしまい、ヴィオレッタは慌てて視線をそらす。
 湯上りという理由だけでなく、頬が熱い。
 目線のやり場にこまり泳がせていると、レサトゥリアスがどこかおかしそうにふと目を細めた。
 ヴィオレッタの動揺を見て取ったのだろう。
「部屋に、うまい酒があるんだ。……こないか?」
 レサトゥリアスはヴィオレッタの腰に手をまわし、まさか断られるはずがないとばかりに、くいっと引き寄せる。
 ヴィオレッタにもその選択肢はなかったようで、何のためらいもなく、こくりうなずいていた。
 レサトゥリアスは愛しげにヴィオレッタを見つめ、そのまま扉を閉めて、淡い炎に浮かび上がる廊下を奥へと歩いていく。
 そこには、先ほどの別れ際、レサトゥリアスが言っていた彼の私室がある。
 ヴィオレッタはレサトゥリアスの私室に招き入れられると、うながされるまま、居間にある長椅子に腰かけた。
 すると、レサトゥリアスは手に葡萄酒の瓶と硝子杯ふたつを持ってきて小卓に置くと、ヴィオレッタのすぐ横に寄り添うように腰を下ろした。
 どうやら、うまい葡萄酒というのは、ヴィオレッタを招くための口実だけではなかったらしい。
 たとえ口実だったとしても、ヴィオレッタはためらいなくレサトゥリアスの誘いを受けただろうけれど。
 何しろ、ヴィオレッタにはわかっていたから。
 扉を開けてそこにいたレサトゥリアスを見た時から。
 レサトゥリアスは、夕刻の歩廊でのあの一件を、ずっと気にかけていたのだろう。
 ヴィオレッタの様子が気になって仕方がなかったのだろう。
 だけど、直接そう尋ねることはさすがにためらわれ、このようなまわりくどい方法をとったのだろう。
 そう、目的は葡萄酒などではなく、ヴィオレッタを慰めること。
 その優しさがヴィオレッタにもわかるから、湯浴み後の夜更けだというのに、素直にレサトゥリアスの私室にやって来た。
 それは、信じているから。レサトゥリアスを信じているから。だから、できること。
 こういうところを見咎められでもしたら、またおかしな噂が立つかもしれない。
 けれど、それでもかまわなかった。
 ヴィオレッタは、レサトゥリアスの優しさに応えたかったから。
 言いたい者には言わせておけばいい。
 ヴィオレッタがいちばん大切にしたいのは、守りたいのは、レサトゥリアス。レサトゥリアスの思い、心だから。
 そうして、硝子杯に少しだけ注がれた葡萄酒をちびちび飲み、時折言葉をかわしているうちに、気づけばヴィオレッタは意識がなくなっていた。
 こくりこくりと何度が首が揺れたことが、ヴィオレッタが覚えている最後の記憶。
 夢の中で、何かあたたかいものに優しく抱きしめられていた。
「今日は疲れたのだな。――おやすみ、ヴィオレッタ」
 こてんと肩に倒れこんできたヴィオレッタを抱き寄せながら、レサトゥリアスはその耳元にそっとささやく。
 そして、そっと抱き上げると、続きの間、寝室へヴィオレッタをつれていく。
 天蓋から垂れる薄布を肩を使い押し開け、そこに現れた寝台の上にそっとヴィオレッタを横たえる。
 その横にレサトゥリアスも身を沈め、ヴィオレッタの頬をさらりとひとなですると、ゆっくりまぶたをおろしていく。
 ふわふわの寝台の中で、二人の寝息がやわらかに混ざり合う。
 夜空に浮かぶ月は、そろそろ西の空にさしかかっていた。


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update:11/12/12