至宝の花
(18)

 うっすらと差し込む明かりに促されるように、ひどく優しくあまやかな夢の底から意識が浮上してきた。
 ゆっくり開いた目のすぐ前に現れたのは、まばゆいばかりに輝く銀色。
 空の色をそのまま移したように、青みがかった光を発している。
 いつもの朝は、目覚めてすぐに目に飛び込んでくるものは視界いっぱいの白だというのに、どうしたことだろう、今日は目覚めたばかりの目には優しくないきらきらした光がある。
 ヴィオレッタはわずかに首をかしげながら身じろぎする。が、何故か体がさっぱり動かなかった。
 はっとして少し視線をずらし、瞬間、ヴィオレッタは冷凍されたようにぴきんと体をかためた。
「え、え、え、え、ええー!?」
 そして、次にはそんなすっとんきょうな叫びを上げていた。
 同時に、目の前の銀色がふわりと揺れる。
 どこからともなく、いや、すぐ目の前から、くすくすくすという楽しそうな笑い声がもれ聞こえる。
「おはよう、ヴィオレッタ」
 それから、目の前の銀色はすぐさまとろりと甘い笑みをもらすレサトゥリアスの顔にかわっていた。
 ヴィオレッタが身動きができなかった原因はこれだったらしい。
 寝台にうまり、そこでレサトゥリアスがヴィオレッタを抱きしめている。
「お、おはようって、あれ? どうして、何故、レスティが!?」
 動揺のあまり、自らも意味がわからないそんな言葉がヴィオレッタの口から飛び出す。
 するとまた、レサトゥリアスはおかしそうにくすりと笑う。
「覚えていない? 昨夜あのままヴィオレッタは眠ってしまったから、だから……こうして、ともに私の寝台で一夜を過ごしたのだよ」
 瞳の奥をいたずらっぽく輝かせ、レサトゥリアスはちょんとヴィオレッタの額に唇を触れさせる。
 同時に、体中の血が沸騰したように、ヴィオレッタの体が熱くなる。
 まるでその言い方では、ただならぬことを連想させるけれど、そうではなく、実際は言葉通りにただ眠っただけだろうとわかる。
 レサトゥリアスは明らかに、ヴィオレッタをからかって楽しんでいる。
「もうっ、レスティのお馬鹿!」
 ぺちんとレサトゥリアスの額を打ち、ヴィオレッタはぷうと頬をふくらませる。
 それよりも、今の状況、ひとつの寝台で抱き合って夜を越えたという状況を気にしなければいけないだろう。
 本来なら、ヴィオレッタは今すぐレサトゥリアスを突き飛ばし、その腕の中から逃れ出なければいけないだろう。
 けれど、何故かヴィオレッタはそういう気になれなかった。
 まだもう少し、この優しくあたたかい腕に包まれていたいという、自らの思いに忠実に動く。
 すりっと、レサトゥリアスの胸に頬をすり寄せる。
 すると今度は、レサトゥリアスは目を見開き、その頬を染めた。
 まさか、ヴィオレッタが自らレサトゥリアスにすり寄るとは思ってもいなかったのだろう。
 よりにもよって、この状況下で。
 そして、ヴィオレッタの純粋なその行動は、レサトゥリアスを不純な欲望に突き落とす。
 けれど、このままその欲望に忠実になってはいけないと、ぎりぎりのところで、薄皮一枚を残すのみで、ぐらぐら揺れる理性で衝動をおしとどめる。
「……ヴィオレッタ、あおるな」
 レサトゥリアスは、苦しげに、押し殺した声でつぶやく。
 すると、レサトゥリアスの胸の辺りで、さわりとさらさらの金の髪がゆれ、くすぐる。
 ヴィオレッタが不思議そうに首をかしげ、じっとレサトゥリアスを見つめている。
 その何気ないヴィオレッタの仕草が、ついにレサトゥリアスから理性という言葉を奪い去った。
 ぐいっと体をねじり、抱き寄せるヴィオレッタにそのままのしかかるように寝台に押さえつける。
 白い敷布の上に、ヴィオレッタの金色の髪がさらさら広がる。
 熱に浮かされたようなレサトゥリアスの眼差しが、変わらず不思議そうに見つめるヴィオレッタに注がれる。
 そうして、誘われるように、ヴィオレッタの唇にレサトゥリアスの唇が吸い寄せられようとした時だった。
 大音響を立て、この寝室の扉が乱暴に開け放たれた。
「結婚前の娘に何をしくさってくれやがっているんですか!!」
 同時に、地を揺るがすほどの怒りに満ちた叫び声が上がる。
 扉はその勢いのため、びりびり揺れている。
 叫び声にびくんと体をゆらし、ヴィオレッタは反射的に上体を起こそうとした。
 けれどそれは、見下ろすレサトゥリアスのためにかなわない。
 どうしたものかと思案しはじめてすぐに、ヴィオレッタはレサトゥリアスから解放されることになった。
 ぬっとのびてきた腕がレサトゥリアスの肩を砕かんばかりににぎりしめたかと思うと、そのまま乱暴に放り投げたから。
 ごろんと、ヴィオレッタが身を沈めるすぐ横に、レサトゥリアスの体がころがる。
 同時に、レサトゥリアスはばっと上体を起こし怒鳴る。
「何をする! 無礼な!」
「無礼で常識はずれで変態なのはあなたでしょう! この色情魔!!」
 しかし、すぐにそんな暴言がレサトゥリアスに浴びせられる。
 ヴィオレッタは状況についていけず目を一度ぱちくりとし、視線をゆっくりそらしていく。
 すると、天蓋の薄布が破り取られたそこに、地獄の支配者の如く不気味に顔をゆがめる兄――ジェラールの姿があった。
「お、お兄様!?」
 ヴィオレッタはぎょっとして、がばりと上体を起こす。
 すると、顔を真っ赤にしてぶるぶる震えるジェラールの背に、疲れ果てたように頭を抱えるシリルの姿を見つけた。
 瞬間、ヴィオレッタの中でがらがらと何かが崩れ落ち、さあと顔色を失う。
 崩れ落ちたものは、羞恥というものだったかもしれない。
 ジェラール、そしてシリルの反応に、ヴィオレッタはこの状況が何を語っているのかようやく理解した。
 これは、とってもとっても、とてつもなくまずい状況なのではないだろうか。
 兼任とはいえ王の婚約者の護衛を任されたジェラールは、兄という立場もあり、陽が昇るとヴィオレッタを客室まで迎えに行った。
 けれど、何度扉を叩いても反応はなく、確認のために部屋に入ると、そこにいるはずのヴィオレッタの姿がなかった。
 姿がないばかりか、寝台は使われた形跡すらない。
 そこで、ヴィオレッタに何事かがあったのだと判断し、不安と恐怖にどくどくはずむ胸を必死におさえつけ、捜索のため部屋の外へ出た。
 すると、ちょうどそこに、レサトゥリアスに朝のご機嫌うかがいに行こうとしていたシリルが通りかかった。
 そうして、ヴィオレッタの不在を告げようと口を開きかけ、ジェラールはあるひとつの可能性に行き着いた。
 行き着いたらもう冷静でなどいられず、こうして、王の私室であるにもかかわらず乗り込んできた。
 扉の前を守る近衛騎士たちはその形相に、とどめることすら出来ず直立不動のまま、ジェラールをあっさり通してしまった。
 ジェラールはもともとレサトゥリアスの私室に入る許しを得ている上、その後にシリルも着いて来ていたので問題ないと判断したのだろう。
 いや、判断以前に、邪魔だてする者は皆喰い殺してやるとばかりに黒いものを撒き散らすジェラールに立ち向かうことすらできなかったのだろう。
 その場に立っていられただけ立派だろう。
「ヴィオレッタ、来い。このような不埒な陛下の側にいては、穢れる!」
「お、お兄様……!?」
 ジェラールはわたわたと慌てるヴィオレッタの腕を乱暴につかみ、ぐいっと引き寄せる。
 ヴィオレッタの体がぐらりとゆらぎ、そのまま寝台から引き出されそうになったが、それはすんでのところでかなわなかった。
 ジェラールに腕を引かれるヴィオレッタの腰にレサトゥリアスがさっと腕をまわし、そのまま奪い取るようにヴィオレッタを再びその胸におさめた。
 そして、この世の悪の象徴を見るような目で、ジェラールをにらみつける。
「ヴィオレッタは私のものだ。実の兄といえど、勝手は許さない」
「この、くそ馬鹿変態どすけべ国王がっ」
 ヴィオレッタをさらわれると同時に、その腕から手がはなれてしまったジェラールは、ぎちりと奥歯をくだかんばかりに噛み締め、いまいましげにつぶやく。
 けれど、ヴィオレッタをその腕の中に取り戻したレサトゥリアスは、それだけで余裕に満ちた笑みを浮かべる。
 レサトゥリアスがまるで挑発するようにジェラールを見れば、ジェラールも応酬するようにレサトゥリアスを汚らわしそうににらみ返す。
 レサトゥリアスの腕の中、どうしたものかとわたわた慌てるヴィオレッタを無視して、二人は今にも取っ組み合いの喧嘩をはじめそうな形相でにらみ合う。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:11/12/26