至宝の花
(20)

 王宮の東に位置するその広大な庭園は、いつにも増してにぎわっている。
 左右対称、形よく上品に整えられ、木々や花々であふれるその庭園の中央は、大きくも小さくもない広場となっている。
 そこに、ずらっと円卓が何十と並べられ、それを囲むように、手に手に色とりどりの液体が入った硝子杯を持った紳士淑女たちが立ち、談笑をしている。
 広場の周囲には、近衛の正装に身を包んだ見目よい若い騎士ばかりが、ぐるりと等間隔で配されている。
 本日集められた近衛騎士たちは、園遊会に集うご婦人方、とりわけ若いご令嬢たちのために、見た目重視となっている。
 彼らはまた、この華やかな場の引き立ての一役を担っている。
 空はどこまでも透けるような青空、快晴。
 初夏の頃はそろそろ終わりを迎えようとしている。
 汗ばむ季節にもかかわらず、今日の日差しは幾分やわらかい。
 そろそろ夏も盛りを迎える頃だけれど、高地に位置するこのグランノーバは、山脈から涼風が吹き降り、気候がおだやかで過ごしやすい。
 庭園を囲む森から吹く薫風もあり、またそれらが適度に日陰を作り、屋外にしても心地よい。
 それゆえ、グランノーバは、王侯貴族、金持ち連中の避暑地として広く愛されているのだろう。
 本日これよりこの場で、グランノーバの主だった貴族たちを招き、園遊会というかたちを借りた、国王の婚約者、近い未来の王妃の披露目が行われる。
 そのために、このきらびやかしい紳士淑女たちはこの広場に集っている。
 心から祝福しているのかおだやかな微笑を浮かべる者もいれば、今にも食ってかからんばかりにいまいましげに顔をゆがめる者、いまだ諦めがつかないのか野心をぎらつかせる者など、様相はさまざま。
 上辺だけの優雅な語らいのためざわつくそこが、ふいにどよめいた。
 かと思うと、すぐにその場が静まり返る。
 皆一様にひとつ方向へ視線をやっていた。
 彼らが見つめるその先には、庭園入り口に宰相、近衛将軍、そして護衛のためだろう近衛騎士を三人ほど従えた男女が姿を現した。
 男性の方は愛しげにあまやかに、寄り添い腕を組む女性を見つめている。
 女性はその視線に耐えられないのか、恥らうようにうつむき、ほのかに頬を染めている。
 それを見て、男性はさらに愛しげに、そして幸せそうに目を細める。
 その男性は、普段彼らが恐れる、この国の王、レサトゥリアスだった。
 いつもとはあまりにも異なるその姿に、皆言葉を忘れ、しばし呆然と目を奪われる。
 その視線だけで人を射殺してしまいそうなあの刺々しい雰囲気が、今はレサトゥリアスにない。むしろ、吐き気を覚えそうなほどひどく甘く微笑む王がそこにいる。
 その青天の霹靂とも言えるレサトゥリアスの姿に、皆思考を飛ばしてしまっている。
「皆、今日は私と、そしてこのヴィオレッタのために、よく集ってくれた」
 そうして、やって来たレサトゥリアスの言葉さえまともに頭に入らないほど呆然としている。
 恐らく、ここに集う者たち誰一人として、レサトゥリアスの言葉を後々まで覚えている者はいないだろう。
 いや、耳には入るが頭にとどまっていないのだから、覚えているも何もないだろうが。
 けれど、レサトゥリアスは気にせず、広場の中央へとヴィオレッタを促し歩いていく。
 その後を、若き宰相、近衛将軍、近衛騎士たちが微苦笑を浮かべながらついていく。
 今日は朝起きた瞬間から世界が崩壊するのではないかと思うほどご機嫌だったレサトゥリアスを思い、もう笑うしかできないのだろう。
 いよいよこの時、ヴィオレッタはレサトゥリアスのものだと宣言できる日がやって来て、レサトゥリアスはこの上なく機嫌がよかった。
 二週間ほど前、お邪魔虫が寝所へ乱入してきた日の不機嫌が今ではなかったかのように。
「いい加減、愛情を垂れ流すのはほどほどにして下さい」
「はい、これでも飲んでひとまず落ち着け」
 見かねて、シリルがレサトゥリアスのわき腹をつつき、ジルベールがすっと硝子杯を差し出す。
 本来ならそこには色鮮やかな酒が注がれてあるところだけれど、今日このような状態のレサトゥリアスには毒にしかならない。むしろこの場を地獄絵図に染めかねないので、酒が苦手な者のために用意された橙色の果汁で満たされた硝子杯を手渡した。
 そこでいつものレサトゥリアスなら不服そうに顔をゆがめるだろうけれど、今日は文句ひとつ言わずあっさり受け取る。
 同じものをジルベールがヴィオレッタにも差し出すと、「ごめんなさい」とレサトゥリアスに聞こえないようにぽつりつぶやいた。
 どうやら、ヴィオレッタもまた、レサトゥリアスのこの異常さを身をもって実感しているのだろう。
 まあ、まわりの者たちより誰より、いちばん被害を受けているのはほかならぬヴィオレッタなのだから、それは至極当然のことだろう。
 ジルベールが胸の内で「ヴィオレッタ様、成仏してください」と念じていても、誰にも咎められない。
 誰もが裸足で逃げ出してしまいそうな、むしろその甘ったるさから溺死でもしそうな状況の中、果敢にも挑んでくるつわものはいつの世にもいるらしい。
 そのようなことができるのは、よほどの勇者か愚者か、どちらかということは、この際触れてはいけないだろう。
 女嫌いで有名なレサトゥリアスの変貌ぶりに度肝を抜かれたが、気を取り直した者たちが幾人か、多少ひきつりながらも笑顔を浮かべ歩み寄ってきた。
「陛下、本日はまことにおめでとうございます」
 そうにこやかに微笑み告げるのは、厳しく真面目で名が知れた、白髪の老紳士。
「空もお二方を祝福しているようですね。とてもよい天気です」
 そう告げるのは、金髪がまぶしい青年貴族。優しげな微笑を、レサトゥリアス、そしてヴィオレッタに向ける。
 ともに裏表ないおだやかな微笑を浮かべている。
 それに答えるようにレサトゥリアスもまた、普段とは異なるやわらかな表情を浮かべる。
「カスタニエにデュポールか、ありがとう」
「ありがとう存じます」
 レサトゥリアスに次いで、ヴィオレッタも控えめに微笑む。
 レサトゥリアスはヴィオレッタを優しげにちらと見つめる。
 その二人の様子を見て、囲む者たちは感心したように吐息をもらした。
 貴族に対して笑顔など見せない、むしろ畏怖すら覚える厳しい表情しか見せないレサトゥリアスの幸せそうな微笑に、二人、そして彼らの会話を聞いていた幾人かの者たちは、心から国王の婚約を祝福するように目を細める。


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update:12/01/15