至宝の花
(21)

「ヴィオレッタ様でいらっしゃいますね。お噂通り、愛らしい方ですわ」
 囲む者たちの一人、名の知れた貴族の夫人だろう女性が、ヴィオレッタの手をそっと握り、ほんわりと微笑む。
 そこには、取り入ろうという色は一切うかがえない。純粋に思ったことを言葉にしただけのよう。
 どうやら、思いのほか、ヴィオレッタは貴族たちに歓迎されてなくはなかったらしい。
 ヴィオレッタは一度ぱちりと瞬きし、次の瞬間その言葉の意味を理解し、ぽっと頬をそめた。
 思いがけずまっすぐな好意を向けられ、照れたのだろう。
 レサトゥリアスと組む腕に、思わずきゅっと力が入る。
 そのわずかな変化に気づき、レサトゥリアスは愛しげにヴィオレッタを見つめ、くしゃりとその髪を優しくすく。
 その気分が悪くなるほどあまったるい場面を見せられたにもかかわらず、囲む者たちは何故かやはり感心したようにうんうんうなずいている。
「表情がおだやかになられましたね」
 ぽつりと、誰からともなくそんなつぶやきがもれた。
 レサトゥリアスはその言葉を耳にし、驚いたように目を見開く。
 まさかそのような言葉が今この場に飛び出してくるとは思っていなかったのだろう。
 レサトゥリアスは気づいていなかっただけで、たしかに、いつもは厳しいその顔が、呆れるほどたるんたるんにたるんでいる。
 ヴィオレッタに優しく微笑みかけるその姿を見て、貴族たちはレサトゥリアスの変化を読み取ったのだろう。
 たしかに、これまでの男女関係なくすべての者に対し冷たいところがあったレサトゥリアスでは、絶対にあり得なかったこと。とりわけ、女性に微笑みかけるなどは。
 レサトゥリアスは、ヴィオレッタを妃にと決めた時、他に妃は持たないと宣言している。けれど、それでもなお諦め悪く擦り寄る女たちが後を絶たなかった。
 けれどそれらは皆、レサトゥリアスの一瞥すらもらうことなく無視された。
 中には愚か者もいて、いわゆる女の武器というものを駆使したり、レサトゥリアスに無理に体を摺り寄せようものなら、あの世を拝むほど恐ろしい視線を注がれた。もしくは、剣に手をかけられた。
 その辺りはこれまでと変わらないが、一方、そのような下心がなければ、つき合い程度には女性にもおだやかに接するようになった。
 先ほどの夫人に対する態度がいい例。
 これまでならば、その発言すら許されなかっただろう。
 そういう小さな、けれど彼らにとっては大きな変化は、ヴィオレッタのおかげだと喜んでいる。
 思いがけない言葉に驚きはしたが、レサトゥリアスはすぐにかみしめるようにうなずいた。
 レサトゥリアスの肯定の意を汲み、やはり皆微笑ましそうに目を細める。
 それは、降り注ぐ太陽の光よりも、もっともっとあたたかい眼差し。
「まこと、お二人は仲睦まじくていらっしゃいますね」
 二人を囲む紳士淑女の向こうから、そう言って歩み寄る一人の老年の紳士がいる。
 その言葉にはじかれたように、囲んでいた者たちはさっと避けて老紳士に道を譲る。
「当然だろう」
 あけられた道を当たり前のようにゆったり歩いてくる老紳士に、レサトゥリアスは得意げにうなずく。
 いつにない穏やかで、それでいて相手の言葉を素直に受け入れるレサトゥリアスの様子に、老紳士は微笑ましそうに目を細めた。
 得心したように、大きくうなずく。
「安心いたしました。ようやく、陛下のお心を癒す存在が現れてくださったのですね」
「ルクレール卿……」
 かみしめるようにもたらされたルクレールの言葉に、レサトゥリアスは目を見張る。
 けれどすぐに大きくうなずき、グランノーバの春の雪解けのようにはじけるように笑む。
 ルクレールの言葉を肯定するように、レサトゥリアスはヴィオレッタを抱き寄せ得意げにきっぱり言い切る。
「これは、目に入れても痛くないほどに愛しいからな。私の至宝だ」
「レ、レスティ!?」
 まったくまわりをはばからないレサトゥリアスののろけっぷりに、ヴィオレッタはその腕の中で顔を真っ赤にしてうろたえるしかできない。
 いつもなら恥ずかしさのあまり胸を押しやりそこから脱出をはかるところだけれど、さすがにこの場ではそれもかなわない。
 嫌だけれど、とっても嫌だけれど、恥ずかしくて死んでしまいそうだけれど、大人しくレサトゥリアスに抱き寄せられていることがこの場では最善だとわかるので、ヴィオレッタは羞恥と理性が戦う中抵抗をどうにか我慢する。
 二人を囲む貴族たちのその向こうでは、壮年の男性と談笑するシリルの姿が見える。
 シリルはちらとレサトゥリアスに視線を流し、からかうようにその唇をわずかにあげた。
 レサトゥリアスは目聡くそれに気づき一瞬むっと口元をゆがめるが、すぐに鼻で笑うとその姿をさっと視界から意図的に消す。
 こんなに気分がいい時に、シリルの相手などしていられないとばかりに。
 遠慮なくのろけるレサトゥリアスと、初々しい反応を見せるヴィオレッタに、ルクレールは相好を崩す。
 その目はまるで、愛しい孫を見守るように優しげな色をたたえている。
「いやー、これはあてられましたな。邪魔者はさっさと退散いたしますか。では、私はこれで失礼します」
 けれど、からかうことも忘れない。
 そう断りをいれ、ルクレールはにっこり笑って、レサトゥリアスとヴィオレッタの前から去っていく。
 ルクレールにならうように、「これ以上お邪魔をしては馬に蹴られますね」などと冗談を言いつつ、囲んでいた貴族たちもレサトゥリアスの前を辞していく。
 皆どこか楽しそうにくすくす笑いながら、それぞれ散らばっていく。
 レサトゥリアスは相変わらず得意げに、そして満足げに、そんな彼らを見送る。
 その腕の中ではやはり、ヴィオレッタが羞恥に身をもだえさせている。
 いい加減、この恥ずかしい腕の中から逃れたいと。
 仲睦まじいことを見せつけることもまた、レサトゥリアスたち三人が考える、否定的な貴族の牽制のための戦略のひとつなのかもしれないけれど、これではヴィオレッタの身がもたない。恥ずかしすぎて。
 ヴィオレッタは訴えるように、いい加減はなしてとレサトゥリアスをじっと見つめる。
 その視線に気づいていながら、レサトゥリアスは素知らぬふりをして、涼しい顔でなおもヴィオレッタを包み込むように抱き寄せ続ける。


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update:12/01/25