至宝の花
(22)

 ルクレールたちと入れ違うようにして、どこか胡散臭い笑みを浮かべた壮年の男がやって来た。
 趣味が悪い原色の布に、やはり目が潰れそうなほどごてごてとした宝石をこれでもかと縫い付けた衣を着ている。
 入れたくはないがその姿を目に入れてしまい、レサトゥリアスはあからさまに不機嫌になる。
 まるで汚らわしいものを見るように、冷たくすっと目を細める。
 さっと外衣を引き寄せ、その中にヴィオレッタを隠すようさらにきゅっと抱きしめる。
 男はレサトゥリアスの前までやってくると、虫が好かないいやらしい笑みを浮かべ一礼する。
「本日はおめでとうございます――と言いたいところですが、陛下、お考えを改める気にはまだなれませんかな?」
 頭を下げつつも、上目でちらりとレサトゥリアスの反応をうかがうように見る。
 けれど、レサトゥリアスは何の反応も示さず、ただ冷たく男を見下ろしている。
 その様子に明らかに不機嫌にぎりっと奥歯をかむと、男はさっと頭を上げた。
 馬鹿にするようにちらりとヴィオレッタに視線をやり、非難がましくレサトゥリアスをじろっとにらみつける。
「このような、妃候補として召されておきながら、人目をはばかり夜に男と逢引する娘など、ふしだらきわまりありません。今後も同じようなことがあるとも限りません。正当なる王家の血筋を守るためにも、陛下には是非お考え直しください」
 そして、吐き捨てるように一気にそう言い募った。
 それは、ヴィオレッタが間違いなく姦通すると言っているも同じ。
 レサトゥリアスはやはり何の反応も示さないが、まとう空気が一気に冷たく重いものになった。
 ヴィオレッタは腕の中から、不安げにレサトゥリアスを見上げる。
 そのようなことを言われる覚悟は、ヴィオレッタにはできていた。
 けれど、それがレサトゥリアスの沽券や力量に関わってくるとなるとまた違ってくる。
 不安げに見つめるヴィオレッタに、レサトゥリアスは男の言葉にヴィオレッタがひどく傷ついたと思ったのだろうか、ヴィオレッタを隠すように抱く腕にいっそう力がこもる。
 すべてのヴィオレッタに害なすものを排除するかのように、レサトゥリアスの瞳が禍々しくきらめく。
 そうして、何事かを唇に乗せようと、その口をひらきかけた時だった。
 これまで傍観するように、すぐ側で他の貴族と会話をしていたはずのシリルが、さっとレサトゥリアスと男の間に身を滑り込ませてきた。
 あと一歩遅ければ、今頃は男の命はなかっただろう。
 そう思わせるほど、割り込んだシリルの背に、不穏な空気がびしびし突き刺さる。
 普段はレサトゥリアスをからかって遊ぶシリルのはずが、今ばかりは脂汗がじんわり額に浮かんでいる。
 それほどまでに、今のレサトゥリアスはまがまがしい空気をまとっている。
 ヴィオレッタを傷つけるものは、何であろうとすべて潰す、その決意のあらわれだろう。
 けれど、シリルは何事もないふうを装い、かつ目の前の男を馬鹿にするようにふっと鼻で笑う。
「わからない方ですねー。これは陛下のご意思ですよ」
 シリルはやれやれと肩をすくめて見せる。
 いきなり割り込み、そして不愉快な発言をするシリルに、男は不満げに顔をゆがめる。
「宰相殿!? 聡いあなたならおわかりでしょう。貴殿からも陛下に申し上げてください。この婚姻は――」
「ご自身の身がかわいければ、くれぐれもおかしな考えは抱かず、言葉を慎み、自重なさいませ」
 慌てて言い募る男の言葉を遮り、シリルはにっこり笑ってきっぱり言い切った。
 その目には、それ以上の発言を許さないと、有無を言わせない迫力があった。
 シリルの背で守るようにヴィオレッタを抱くレサトゥリアスよりもさらに冷たく禍々しい光が、その目にぎらりとこめられる。
 シリルの迫力に気おされるように、じりっと、男が一歩後退した。
 噴き出る脂汗を手巾でぬぐいぬぐいしながらも、男は諦め悪くさらに汚れた言葉をはきだす。
「仕方がありませんね。その娘は認めましょう。――しかし、その娘がいずれ産み落とす子がまこと陛下の御子とは限りませんがね? その時のことを考え、別に娘をめと――」
「他に妃はいらぬと言っておろう」
 今度はレサトゥリアスが、冷たく鋭い一声でそれを遮った。
 たたみかけるようにシリルがレサトゥリアスに続ける。
「口が過ぎると、ご自身のためになりませんよ?」
「不敬罪にあたるとお気づきかな?」
 そう言いながら、ジルベールも集う貴族たちの間をぬって姿を現した。
 気づいていなかったけれど、先ほどからこの場はしんと静まり返っている。
 そう、レサトゥリアスたちと男のやりとりを、皆注視しているために。
 はらはらと様子を見守る者もいれば、まるで男を援護するように音にならない声援を送る者もいる。
 かと思えば無関心を装ったり、呆れたように視線をよこす者もいる。
 反応はそれぞれだけれど、皆たしかにレサトゥリアスたちに注目している。
 明らかに、せっかくの婚約者披露目の園遊会が台無しになる方向へすすんでいる。
 レサトゥリアスたち三人から追い詰められ、さらにまわりのさまざまな思惑がこもった視線に気づき、男はぎりっと唇をかむと、それを開いていく。
「陛下を愚弄するのもたいがいになさい!」
 けれど、先を越したように、ジルベールがぴしゃりと怒鳴りつけた。
 すると、再び呪詛でも吐き出そうとしていたのだろう、男はぐっと口を閉じた。
 しかし、すぐにはっとして、ジルベールをいまいましげににらみつけると、今にも飛びかからん勢いで叫ぶ。
「なっ、この無礼者が! 私を誰だと思っている!? 貴様如きに指図される覚えはない! そろいもそろって、そこのあばずれに騙されおって! これだから、青二才どもは――」
 再び、男はぐっと言葉につまった。
 それまでの勢いが嘘のように、その場に直立不動になる。
 顔は色を失い、その体中に脂汗が噴出している。
 体も汚れた言葉を吐き出したその口も、ぶるぶる小刻みに震えている。
 その理由は、一目瞭然だった。
 男の首に、抜き身の剣がぐっと押しつけられている。
 男の首にあてた剣に顔を寄せ、慈悲深い天使のような微笑を浮かべながら、けれど魂を奪いに来た悪魔のような冷たい声が、ジルベールの口からゆったりつむがれる。
「とりあえず、死んでおく?」
「そうですね、とりあえず、殺しておきましょう」
 男にか、それとも目の前の残酷な宰相に向けてか、ジルベールが確認するようにくいっと首をかしげた。
 すると、それに大きくうなずき、シリルが死刑執行を言い渡すように、無感情にさらりと言い放った。
 ジルベールは嬉々として目を輝かせ、禍々しくその口元をくいっと上げる。
 瞬間、成り行きを見守っていた貴族たちに、恐怖におののくようなざわめきが起こる。
 どこからともなく、息をのむ音が聞こえてくる。
「へ、陛下の狂犬が現れた……!!」
 そうかと思うと、誰かが戦慄するような悲鳴に似た叫びを上げた。
 ジルベールはそれに応じるように、にんまり笑む。
 剣を持つ手にぐっと力を込めると、食い込んでいた皮膚から、つうと一筋赤いものが流れ落ちた。
 恐慌し、声にならない悲鳴がその場に広がる。
 けれどジルベールは気にした様子なく、猫が鼠をなぶり遊ぶように舌なめずりをして見せた。
 普段はのんきで大人しいが、怒るとジルベールは手に負えないほど無慈悲に残虐に暴れる。
 それは忘れられがちだが、王城に出入りする貴族ならば誰でも知っていること。
 忘れた頃に思い出したようにやってくるその惨劇を、レサトゥリアスがいつも面倒臭そうにとめている。
 しかし、恐らく今この時は、猛獣使いのレサトゥリアスはその使役する獣をとめる気はないだろう。
 何しろ、レサトゥリアスの何より大切な婚約者を愚弄したのだから。
 さすがに、あれは言いすぎだろうと分別がある者ならわかるので、次の瞬間、男の命は尽きるだろうと誰もが悟る。
 もちろん、誰よりもいちばん、それを実感しているのは、ジルベールに剣を突きつけられている元凶の男だろう。
 この男の命が尽きない限り、この場はおさまることはないだろう。
 もはや誰も男を助けようとはしない。ここまできたら、自業自得。
 愚かにも、喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売り、愚弄してはいけない相手を愚弄したのだから。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:12/02/04