至宝の花
(24)

 レサトゥリアス、シリル、ジルベールと順にうかがうようにその顔を見ていき、何やら得心したように一度小さくうなずくと、ヴィオレッタは呆れたようにため息をもらした。
 そうして、ちょいちょいとレサトゥリアスの抱きしめる腕をつつき、そこから解放するように促す。
 すべてが片づきこれ以上ヴィオレッタを拘束し続けるのもさすがにためらわれたのだろう、レサトゥリアスは意外にあっさりヴィオレッタをその腕の中から解き放つ。
 ようやくレサトゥリアスから解放されほっと息をついたのもつかの間、次にはヴィオレッタの腰にはしっかりと力強い腕がまきついていた。
 じっと訴えるように、その腕の持ち主レサトゥリアスを見つめるが、悪びれる様子などまったくなくにっこり微笑むその顔に、ヴィオレッタは早々に諦めた。
 これくらいはまあ仕方がないだろうと、レサトゥリアスの腕はそのままにしておく。
 そうして、仲睦まじい国王とその婚約者を中心に、園遊会はにぎわいを取り戻していく。
 そんな時だった。
 すぐそばから、小さな悲鳴と、非難するような声があがった。
 不思議に思いレサトゥリアスとヴィオレッタが同時にそちらへ視線を向けると、談笑を再開していた淑女たちの輪の中から、それを押しのけ突き飛ばすようにして一人の女が姿を現した。
 それは、間違いなく、この園遊会に招待を受けていない者だった。
 誰もがいきなり現れたその女に、訝しげな視線を向けている。
 先ほど突き飛ばされた女性などは一言文句を言ってやろうとしているが、それを慌ててまわりの者たちがとめている。
 下手にかかわっては危険だと判断したのだろう。
 何しろ、その闖入者は、先頃、宰相閣下をとっても怒らせたために、シリルによって失脚させられた男の関係者、行方不明となっているベアトリス・アガット・ボーカンだったのだから。
 その姿を認めると、レサトゥリアスと傍らに控えていたシリルに緊張が走る。
 かと思うと、守るようにジルベールがさっとレサトゥリアスたちの前に踊り出て、またその周りをベルリオーズ、ジェラール、アルフォンスといった面々がかためる。
「……ベアトリス、様?」
 かすれた声で、ヴィオレッタがぽつりつぶやいた。
 すると、すぐそこまで迫っていたベアトリスが、ぴくりと反応した。
 今その姿を目に入れたとばかりにさっとヴィオレッタに向き直り、不気味によどむその眼光で突き刺すようににらみつける。
「陛下から離れなさい。この悪鬼がっ!」
 そう狂わんばかりに叫んだかと思うと、ベアトリスはざっと手を振り上げた。
 それと同時に、いつからいたのだろうか、紳士淑女が集うこの広場の周りから、ばらばらと黒ずくめの者たちが手に手に銀に輝く獲物を持って現れた。
 二、三十人ほどはいるだろうか。
 同時に、その場が恐怖と悲鳴の喧騒に包まれる。
 形式的にそろえ控えていた近衛騎士たちは、突然の出来事にもたつき、侵入者たちをなかなか防げずにいる。
 この場に集められた近衛騎士たちは、園遊会に集うご婦人方、とりわけ若いご令嬢たちのために、見目のよい者を中心に用意されていた。
 顔だけで選ばれた者だから、当然役には立たない。
 ただ、右往左往するばかり。
 そのすきをつき、黒ずくめたちはさらにレサトゥリアスたちのもとに迫ってくる。
 その様子を、ベアトリスは満足げに眺めている。
「わたくしこそが、王妃にふさわしいのよ。――陛下には、今一度お考えを改めていただかねばなりません。……そう、力ずくでも」
 ベアトリスはにやりと不気味に口のはしをつりあげる。
 どうやら、ベアトリスの目的はそれらしい。
 そのまま姿をくらませておけば見逃したものを、失脚してなお諦めきれず、今日の日を聞きつけ、狙いやって来たのだろう。
 諦め悪く愚かしいにもほどがある。
 もはや、この場に立つことすら許されない身であると、いまだ理解できていないのだから。
 迫る黒ずくめの中から一人が飛び出してきた。
 同時に、その場に鋭い金属音が響き渡る。
「カミーユ兄様……!?」
 弧を描くように銀色の剣が青い空を舞う中、ヴィオレッタの驚いたような声が上がった。
「ヴィオレッタ、陛下、お下がりください!」
 カミーユはちらりとヴィオレッタに視線を向けると、すぐに切り結ぶ黒ずくめに視線を戻した。
 同時に「ジェラール!」と促すように叫ぶと、ジェラールは一度うなずき、仕方がなさそうにすらりと腰の鞘から剣を抜き放った。
 そして、一歩足を踏み出す。
 ジルベールもまた渋々といった様子で、肩を一度大きくまわしながら、のっそりと一歩前に出る。
 ベルリオーズとアルフォンスは、ヴィオレッタとレサトゥリアスを護るために、ぴったりと側についている。
 思いのほか、いや想定通りか、顔だけで集めた近衛騎士たちが役に立たないので仕方なくといった様子がありありと見える。
 近衛騎士の幾人かがようやく動き出したよう。
 彼らと、そしてジェラール、カミーユだけであらかたは片づくだろうけれど、それでもニ、三十もいればいくらかはもれる者も出てくる。
 それらを、ジルベールが片づけていく。
 黒尽くめの男たちは皆すっかり、切り捨てられ、あるいは拘束され、最後にベアトリス一人だけが残された。
 そう時間を要さずに片がつけられ、ベアトリスは驚愕に目を見開いている。
 そして、ベアトリスを捕えようと近寄るジェラールに向かい、狂ったように叫び散らす。
「触らないで! その汚らわしい手でわたくしに触れていいと思っているの!? わたくしは、ベアトリス・アガット・ボーカン。ボーカン公爵の娘なのよ!」
 ジェラールは歩み寄る足をとめ、呆れたようにため息をもらした。
 そして、この後の指示をあおぐように、レサトゥリアスとシリルへ視線を向ける。
 シリルは面倒くさそうにすっと視線をそらし、かかわることを完全拒否する。
 ひくりとジェラールの頬がひきつり、かるく殺意をこめてシリルをにらみつける。
 ベアトリスなど取るに足らないとばかりに、この場においてもそんなふざけたやりとりをする二人に、レサトゥリアスは呆れたように吐息をひとつもらした。
「思い違いをするな、ベアトリス・アガット・ボーカン。お前はもはや逆賊の娘、裁かれることはあっても、そのように他人を愚弄する権利などない。大人しく捕縛されろ。そうすれば、多少は情状をくんでやろう。――そう、王族の命を狙うという大罪を犯した謀反者だとしてもな」
 冷たくきっぱり言い放つレサトゥリアスのその言葉に、ベアトリスは青天の霹靂とばかりに目を見開く。
 よもや、自らがそのような状況にあるとは微塵も思っていなかったのだろう。
 無法者たちを雇い、この場に乗り込み、そして刃を向けたというだけで十分に反逆罪が適用されるとは、露とも思っていなかったのだろう。
 なんと愚かしいことか。さすがは甘やかされ育った貴族の娘。
 まあ、だからこそ、このような無謀な手に打って出られたのだろう。


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update:12/02/24