ヒロインでもいいじゃない
いじわるでもいいじゃない

 主人公はいいこちゃんて、誰が決めたの?
 少女漫画や少女小説の主人公て、ムカつくくらいいいこちゃんが多いと思わない?
 しかも決まって、気持ち悪いくらいに完璧な学校のアイドルの男の子が主人公に無駄に優しかったりして、「けなげなところにほれた」とか言って最後にはくっついちゃったりするのよね。
 ついでに、薄幸≠ネんて修飾語がついちゃったりしたらもう終わりよ。
 ……嗚呼、虫唾が走るっ。
 勝手に、自分で自分を不幸にしているだけじゃない。
 なにが悲劇のヒロイン≠諱B
 どんな境遇でも、自分さえ幸せだと思っていれば幸せなのよ。誰が何と言おうと。
 本人の気の持ちようで、幸せにも不幸にもどっちにもなるじゃない。
 自分の不幸を、周囲のせいにするのじゃないっていうのよ。自分で自分を不幸にしているにすぎないわ。
 その中でもいちばん許せないのが、これ。
 とってつけたように、いじわるな女の子が恋敵(ライバル)だったりすること。
 主人公よりあらゆるところにおいて優れている女の子に冷遇されて、同情やらお涙をちょうだいするわけ。
 だけど、話がすすみ山場に近づくと、大どんでん返し、ご都合主義的に、いじわるなライバルがぎゃふん――死語だけれど――と言わされちゃうのよねー。
 しかも、しまいには、いじわる女の子は改心して、主人公の強力な味方になっちゃうわけ。
 あり得ない!
 ねえ、現実をよーく見てみて?
 実際に得をして幸せをつかんでいるのは、要領がいい女の子だと思わない?
 つまりは、少女漫画や少女小説でいうところの主人公のライバル、いじわるな女の子。
 主人公みたいな馬鹿正直な子は、今の時代足をすくわれるわ。必ずといっていいほど馬鹿をみるのよ。
 わたしは、そんな道は選ばないわ。
 そもそも、悲劇だとかいつか王子様がとか言っている時点であまえているのよね。
 そんな都合がいいこと、ただ待っているだけで起こりっこないじゃない。自分から動かなきゃ。
 だからわたしは、夢見る悲劇のヒロインなんかじゃなくて、要領のいい子になってやるわ。自分から動く子になるの。
 いじわるな女の子が、主人公になったっていいじゃない?
 いいえ、むしろ、いじわる主人公が幸福をつかむことこそ、本来あるべきかたちなのよ!
 たとえ作り話でも、悲劇のヒロインぶった主人公が幸せをつかむのは許せないわ!
 悲劇のヒロインは、わたしの敵よ!
 それに、あいつだって、そんな軟弱な女の子は望んでいない、……はず。


「見苦しいわねえ。あれってまるで、砂糖にたかる蟻のようよ? 自尊心というものはないのかしら、今時の男って」
「まーたお前は、そんな憎まれ口を言って」
 校舎三階にあるバルコニーで、放課後のお茶を楽しみながら、ふうと憐みのため息をもらした。
 すると、何故だか当たり前のように横に座るこの男――わたしの下僕――が、そんな失礼なことをつぶやく。
 まあ、この男が失礼なのは今にはじまったことではないけれど。
 腹立たしい男でも、下僕としては優秀なので、仕方なく側においてあげている。
 そもそも、この男って、幼馴染とかいうもので、それを理由にすぐにわたしにお説教をしようとするのよね。
 まったく、何様のつもり? 
 というか、わたし、お説教をされるようなことなんてしていないのですけれど?
 わたしたちが見下ろすそこ、バルコニー下の中庭では、いかにも守ってあげたくなりますちっくなぶりぶり女にたかる、馬鹿面をした男が三人。
 両手を胸の前で握り締め、上目遣いに三人を順に見つめる女に、男どもは鼻の下をびよよーんとのばしている。
 ……はあ。なんて不気味なものを見てしまったのかしら。
 せっかくの放課後の優雅なひと時が台無しじゃない。
「たしかあの子、緋芽(ひめ)のクラスの子だよな? 男の間ではけっこう有名だよ。かわいいって」
「あら、そう。伊織(いおり)もあんな軟弱な女が好みなわけ?」
 伊織がつまむスライスしたアーモンドたっぷりのクッキーを横取りして、そっけなく言い放つ。
 本当に、あんないかにも誰にも分けへだてなく愛想がよくてかわいい女の子≠演じる女のどこがいいというのよ。
「俺はそうでもないよ。ただ、一般的にはああいう女の子が男受けするんじゃないか?」
「まったく、世の男どもは見る目がないわね」
「それは同感」
 手から奪い取ってやったクッキーをもぐもぐと食べながらはき捨てるように言うと、くすくす笑いながら伊織がそう相槌をうった。
 思わずぽかんと口をあけ、伊織を見つめてしまう。
 だって、この男がそんな言葉を返してくるなんて……。
 いつもなら、いまいましいことに、絶対にわたしの言葉を否定する。
「おいおい。緋芽、顔がぶさいくになっているぞ」
 伊織はつんとわたしの鼻の頭をつつく。
 瞬間、べっちーんと軽快な音を鳴らし、その手をたたき払ってやったけれど。
 まったく、なんて失礼な男なのかしら。
 このわたしが、その他大勢の女が黄色い声を上げそうなことをされて、喜ぶとでも思っているのかしら?
 まあ、たしかに、下僕としては優秀よ?
 成績は常にトップクラス。運動神経は人並み以上。顔も悪い方じゃないのでしょう、一般的には。
 家もまあ、そこそこ裕福な方ね。だって、いわゆるお嬢様≠フわたしと幼馴染をしているくらいだもの。
 そして何より、権力をほしいままにできる生徒会長というその地位にあることが、わたしの下僕としては重要よね。
 やっぱり、規模はともかくとして、組織においてある程度思い通りに事を運べる者が下僕にいてこそ、わたしが輝くというものよ。
 たとえそれが、学校というせまい範囲においてだって。
「はいはい、お姫様。これでも食べて、ご機嫌をなおしてください」
 そう言って、伊織ははたいてやった手にクッキーをもち、わたしの口へ近づけてくる。
 まったく、この男ってやっぱり失礼きわまりないわ。
 そんなことくらいで、このわたしを懐柔できるとでも思っているの?
 でもまあ、仕方がないから食べてあげるわよ。
「よいこころがけね。今後は無礼な発言はつつしむのよ」
 伊織の手から、ぱくりと口でクッキーを奪い取る。
 本当に腹立たしいわよね。伊織の奴、いくら幼馴染だからって、どうしてわたしが好きなお菓子を知っているのかしら。
 これを食べると、思わず顔をほころばせてしまうことも、きっとこの男は知っているのでしょう。
 だから、幼馴染って嫌なのよ。
「伊織、帰るわよ」
 すっくと立ち上がり、言い放つ。
 今まで座っていたテーブルの上には、飲みかけの紅茶と食べかけのクッキーがある。
 それをさっと片づけて、伊織はにっこり笑ってうなずいた。
 本当に、なんて男かしら。
 どうしてそう、そつなくこなしちゃうのよ。
 男って普通、もっと気がきかないものじゃない? 面倒くさがるものじゃない?
 ……嫌味なくらい、下僕向きな男ね。


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update:08/09/15