誉めてあげてもいいわ
いじわるでもいいじゃない

 うふふ。
 今日もとってもいい日になりそうね。
 伊織をともなって校門を入ると、いつものように、わたしを目にした生徒たちはさささっと道をあけていく。
 しかも、どこか怯えたようにね。
 これでこそ、いわゆる悲劇のヒロインをいたぶる意地悪お嬢様ね。素敵。
 ……でも、ちょっと気になることは、彼らが注いでいる視線の位置が少しずれているような気がするところなのよねえ。
 なんだか、わたしの顔よりちょっと視線の位置が高くないかしら? ――まあ、いいけれど。
「なあ、緋芽、いい加減、車を使わないか?」
 その様子を見て、ななめ上からため息まじりに伊織が言ってくる。
「あら、嫌よ。車なんて使ったら、こうして怯えたように道をあけるという愉快な光景を見られなくなるじゃない」
「だから使いたいんだよ」
 ちらりと視線だけを伊織に向けて、すたすたと校舎へ歩いていく。
 その後を、やっぱりため息まじりにつぶやき、伊織がついてくる。
 伊織、そんなに車で登校したいのかしら?
 それは、さりげなく、御曹司だということを見せつけたいの?
 わたしは、いちいち自分の家の財力を見せつけるなんて低レベルなことはしないわ。
 だから、車で送り迎えするというお父様を蹴散らして、気がすすまないけれど伊織と一緒に登校しているのじゃない。
 だって、仕方がないじゃない。伊織と一緒に登校するなら、車の送り迎えはあきらめてくれるっていうのだもの。
 そこでどうして伊織がでてくるのかは、さっぱりわからないけれど。
 でもまあ、この男には、実はこっそり、生意気にも、ボディーガードがつけられているようなのよね。
 この学校では、わたしだけが知っていて、他の誰も知らない秘密だけれど。
 わたしがピンチになったら、この男は必ずわたしを助けようとする。
 すると、必然、伊織まで一緒にピンチになっちゃうから、ボディーガードが動かざるを得なくなるといったところかしら?
 わたしを伊織が助けて、伊織をボディーガードが助けるという寸法ね。
 だって、伊織は絶対にわたしを見捨てたりしないもの。
 下手をすれば、その命をかけてわたしを守るわ。
 それだけは、絶対に間違いないわ。自信をもって言えるわ。
 本当に、なんて便利な男なのかしら。
 あらためて伊織が便利な男と思った時だった。
 いきなり、わたしの体がふわりと浮いた。
「緋芽、水たまり」
 同時にその言葉が聞こえたかと思うと、伊織の顔が吐息がかかるほどのところまで近づいていた。
 わたしの腰に両手をそえ、腹立たしいほどに軽々と抱えている。
 たしかに、スプリンクラーでまかれた水が花壇から漏れ出し、ちょっとした水たまりができている。
 この花壇、修理が必要じゃなくって?
 渡り廊下の無意味な穴といい、この学校もそろそろあちらこちらにがたがきているようね。
 まったく、迷惑だわ。
 水たまりから視線を上げてくると、ばちりと伊織と視線が合い、思わずすっとそらしてしまった。
「ふ、ふんっ」
 び、びっくりするじゃない、いきなり顔をこんなに近づけるなんて。伊織のくせに生意気よ。
 まあ、水たまりを見つけ、すばやく対応したことは誉めてあげてもいいわ。
 どんなに小さな水たまりだって、邪魔になるものからわたしを遠ざけようというその心意気だけは誉めてあげてもいいわ。
 さすがは、わたしの下僕ね。
 でも、水たまりに伊織は気づいたのにわたしは気づけなかったなんて、なんだか悔しいわ。
 やっぱり、伊織って生意気っ。
 悔しいから、伊織の両頬をばちんとたたいてやった。
 すると伊織は、やれやれと肩をすくめて、ゆっくりわたしをおろしていく。
 あら、もしかして、勘違いしたのかしら?
 さっさとおろしなさいよという合図とでもとったのかしら?
 まあ、どちらでもいいけれど。
 どちらにしても、おろしなさいの合図は出すつもりだったから。
 まったく、伊織って本当生意気よね。
 何も言わなくても、わたしの意をくみとっちゃうのだから。
 微笑を浮かべ伊織が差し出す手に、たたきつけるように手を重ねる。
 すると、伊織はそのままきゅっとわたしの手を握り締め、当たり前のように校舎へ歩いていく。
 わたしの手を引く伊織の背を、思わずじっと見つめてしまう。
 朝日に照らされ、なんだかいつもより大きく感じる。
 思わずぽうと見つめそうになる自分を叱咤し、そのまま伊織の背をぼすんと蹴り飛ばす。
 すると、伊織はゆっくり振り返り、呆れたようなもの言いたげな目でわたしをじいっと見つめてきた。
 もちろん、にらみかえしてあげたわよ。
 けれど、どことなく、いつもより目に込める力が弱いような気がする。
 そのまま伊織はため息をもらし、また前を向いてずんずん歩いていく。
 わたしはただ、時折抵抗するように握る手をひっぱりつつ、伊織に連れられていく。
 そうして、エントランスホールに足を踏み入れると同時に、伊織の手をぶんと振り払った。
 だって、校舎に入ってしまえば、お父様に言いつけられた伊織のお役目は終わりだものね。
「まったく、こんなところにこんなものをおいたままにしていたら、通行の邪魔になるじゃない」
 足元を見下ろし、わたしはおもしろくなくはき捨てる。
 エントランスホールには、中央、そして四隅に、花が生けられてある。
 この学校は、お金にものを言わせて入学できちゃうような私立校だから、エントランスホールにモニュメントのごとく花が生けられてあっても不思議じゃないわ。
 入ってすぐの右手に、淡い黄色の薔薇が一輪転がっていた。
 まったく、この花を生けた者はなっていないわね。
 こんなところに、こんなものを置いていくなんて。
「もう、仕様がないわねー。誰かが踏んでしまったら、ここが汚れるじゃない」
 仕方がないから、とりあえず拾っておいてあげるわ。
 そして、拾ったところで処分に困るから、横のこの花瓶にさしておけばいいわね。
 ぶすりと、落ちていた薔薇を花瓶にさした時だった。
 なんだか不可解な視線を感じ、思わずがばっと顔をあげた。
 すると、中央の花瓶の向こう側に、見たことがある女子生徒が二人。
 あれは、たしかクラスメイトのスポ根娘二人?
 って、ちょっと、何こっちをじっと見てひそひそ話しているのよ。
 本当に、これだから群れる女って嫌いなのよね。
 というか、スポ根娘ならスポ根娘らしく、そこは腹立たしいくらいのさわやかさをふりまいて群れないのが、少女漫画や少女小説のセオリーじゃない?
 見るのじゃないわよ!と、とりあえずじろりとにらんであげたら、びくうと体を震わせ、そのままそそくさと逃げていく。
 情けないわね。
 逃げるくらいなら、最初から人を見てひそひそ話をするのじゃないわよ。
 まったく、失礼しちゃうわ。
 もっと失礼で腹立たしいのが、横のこの男だけれど。
 何よ、その目。「まったく、緋芽は仕方がないなー」みたいな目で見ないでくれる?
 別に、落ちた花がかわいそうだから花瓶に戻したとかじゃないのだからね!


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:08/10/01