侮らないでちょうだい
いじわるでもいいじゃない

 ホームルームが入る中央棟、そしてそれを囲むように建つ特別棟から少しはなれた裏手に、小高い丘になった草原がある。
 都会の真ん中にこんな自然、もちろん不自然だわ。
 この学校の創設者が道楽で学校を建てただけあり、やっぱり道楽で人工の自然を作り出しているのよ。
 この他にも、敷地内には人工の林や池などもある。
 草原にピクニックシートを敷き、その上にお重を広げている。
 傾斜といってもないに等しいものなので、お重を広げたって問題ない。
 座るといい感じのななめ具合。
「それで、どの男がいいの?」
 伊織が作っただし巻きたまごを一口食べ終わり、横の子兎ちゃんをちろっと見る。
 すると、子兎ちゃんはアスパラベーコンをちょうど口に入れたところらしく、慌ててもぐもぐしてごくんと大きくのどを鳴らした。
 どうやら、のどにつめてしまったようね。おまぬけね〜。
「ど、どの男って!?」
 ぎょっと目を見開き、子兎ちゃんはわたしを見つめる。
 反対側の横から、呆れたような空気がびしばし伝わってくるのは、さっくり無視よ。
 伊織はそこで大人しく、わたしのためにわたしの好きなおかずを取り分けているといいわ。
「侮らないでちょうだい」
「……はあ。もう、鹿野倉さんにはかなわないなあ」
 たしなめるように言うと、子兎ちゃんは肩をすくめて微苦笑を浮かべた。
 それから、小皿の上にお箸をそろえて置き、それをシートの上に置いた。
 少しだけ、上体をわたしへと向ける。
「鹿野倉さんから見たら、きっと冴えない男になっちゃうんだろうけれど。……あのね、茶髪で今時風の男の子がいたでしょう? 彼、わたしの幼馴染で、三浦裕太(みうらゆうた)くんていうんだ」
「あら、幼馴染なのね」
「うん」
 わたしが相槌をうつと、子兎ちゃんははにかむようににっこり笑った。
 それはまるで、少女漫画や少女小説でみかける、恋する女の子そのもの。
 つまりは、そういうことなのね。
 まあ、わかってはいたけれど。
 それにしても、幼馴染って……。そう聞くと、なんだか放っておけなくなっちゃうじゃない。
 だって……。
「子兎ちゃん、これを食べるといいわ。伊織の料理の中では、これがいちばんおいしい……ましなのよ」
 シートの上においた小皿を再び手にもたせ、そこにだし巻きたまごをのせる。
 子兎ちゃんは驚いたようにわたしを見つめ、素直にそれをぱくりと食べた。
 そして、「本当だ、おいしい……」とやっぱり驚いたようにつぶやく。
 ふふふ。そうよ、驚きなさい。
 こんな腹立たしい男でも、だし巻きたまごの味だけはいい……ましなのよ。
 何しろ、わたし好みに教育したからね。
 それから、肉団子、きんぴらごぼうにひじき、カニクリームコロッケ、それらを子兎ちゃんがおいしいと言って食べるのを見ながら、わたしも伊織も食事をすすめた。
 するとそこへ、丘の下からまっすぐこちらへ向かって、ぶりぶり砂糖女たちがたまたま通りかかったように装いやって来た。
 そして、群がる蟻さんの一匹が、今気づいたようにぱっと子兎ちゃんを見る。
「あれ? 真由子?」
「え? 裕太くん!」
「……って、げっ。鹿野倉緋芽に、南雲会長!!」
 蟻さんの一匹が、慌てたようにそう叫ぶ。
 いかにもたまたまここにやって来て、そしてたまたまわたしたちを見つけたように、ざっとのけぞった。
 一緒にいた他の蟻さん二匹と砂糖女も、同様のそぶりを見せる。
 まったく、猿芝居もたいがいになさい。
 たまたま通りかかったわけがないわ。
 だってここは、校舎からはなれているのよ? 普段はあまり人気がないのよ?
 よほどのもの好きでもない限り、こんなところに近寄らないわよ。
 まあ、わたしはそれを狙って、あえてここに来るのだけれど。
 だから、たまたまなんてあり得ないわ。
 あり得るとしたら、故意に……。後をつけてきて……。
 どうやらこれは、思いのほかやっかいなことになりそうね。
「真由子、お前、なんて奴らと一緒に……っ」
 子兎ちゃんの幼馴染の蟻さんが、いまいましげにはき捨てる。
 伊織とともにじろりとにらみつけてやると、じりっと後ずさった。
「と、とにかく、友達は選べよ!」
 それから、他の蟻さんと砂糖女と一緒に、さっと背を向けそそくさと去っていく。
 あら? 意外にあっさり去っていったわね。
 てっきり、もっと因縁をつけてくるものと思っていたのに。
 わざわざこんなところまで、のこのこついてきたくらいだから。
 どうやら、偵察にきただけのようね。
 まあ、偵察にもなっていないけれど。このようなおまぬけな方法じゃ。
 案外あっさり引いたので不思議に思いちらっと去る後姿を見ると、意外なようで意外じゃないものが目に飛び込んできた。
 蟻さんたちにちやほやされながら校舎の方へ戻っていく砂糖女が、ちらりとこちらを盗み見ていた。
 しかも、わたしへ嫌がらせをしにきたとばかり思っていたのに、または伊織に色目を使いにきたと思っていたのに、砂糖女の視線の先はわたしにも伊織にも向いていない。
 砂糖女が見ているのは……。
「……まずいわね」
「ああ」
 思わず、苦々しくつぶやいてしまっていた。
 すると、伊織もどこか真剣な面持ちで、こくりとうなずいた。
 やっぱりそうなのね。わたしの言葉にはいつも否定する伊織が、うなずくということは。
 あの女、絶対に目をつけたわ。――子兎ちゃんに。


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update:08/10/21