お黙りなさい
いじわるでもいいじゃない

 いつもの定位置、またはお気に入りの場所とでも言うのかしら?
 校舎三階のバルコニーから、のんびりと広がる中庭を眺めていた。
 するとそこに、池を中心に花と木で造成されたお庭の美しい風景を汚す、おぞましい声が耳に入ってきた。
「やーん。キスしたらグロスとれたあ」
 ふと視線をすぐ下へ向けると、植え込みの中にきらきら光る物体が。
 いいえ、あれは、痛みなんて気にせずにとことんまで脱色した髪ね。
 まつげがばっさばっさゆれ、頬が人間のそれから激しく逸脱した色を放っている。……チーク、入れすぎよ。
 そこまで力を入れたメイクって、逆に無様ね。オカメインコもいいところだわ。
 その向こうには、同じく、痛みが激しい金の髪を肩までのばした、腰ばきパンツの男。
 この学校に、こんな珍獣が生息していたなんて……。
 時代遅れもいいところよ。今は流行らないわよ。
「あんなごてごてメイクなのに、キスくらいでグロスがとれるものなの?」
 ぽてりとてすりに頭をよりかからせ、すぐ横に立つ伊織の顔をじいっと見つめる。
 すると伊織は、眉尻をさげ困ったようにみせかけて、けろりと言い放った。
「んー。大人のキスをしたらね」
「キスに大人も子供もあるわけ? ……変なの」
 本当、変だわ。
 キスに大人も子供もあってたまるものですか。
 伊織を非難するように、いぶかしげにくいっと首をかしげる。
 この男、時々変なことを言うのよね。
 これが、常にトップクラスの成績を誇る秀才なんて詐欺よ。
 この男のことだからきっと、裏で汚い手を使っていい成績をとっているに違いないわ。うん、絶対。
 ……ってまあ、この男がそんな馬鹿なことをするはずがないけれど。
 この男なら、不正を働くにしたって、正々堂々正面きって、まるでそれこそが正しいかのように不正をする、人を陥れるもの。
 中途半端な小細工はしない男よね。
 じいっと不満げに伊織をにらみつけていると、ふいに声がかかった。
「いやー、さすがだね、おひいさん」
 振り向くと、そこには栗色の髪をさらっと流す、いかにも軽そうな男が立っていた。
「あら、副会長さん、いらしたの」
 鼻で笑うように、さらっとあしらう。
 というか、無礼者ね。礼節にかけるわね。
 それに、何がさすが≠ネのよ。発言に脈絡がない男ね。
 このタイミングで現れるということは、どこかからこっそり時期を見計らっていたに違いないわ。
 ……この男も、伊織に近い属性で、つかみどころがないのよね。
 何より、この軽い言動が鼻につくわ。
 そこは、伊織と違うところ。
「いらしたのって、ひどいなー。俺、ずっといたよ? それより、俺のことは(のぞ)りんと呼んでと言っているよね?」
「お黙りなさい、極楽鳥。副会長と呼んでもらえるだけありがたいと思いなさい」
 そもそも、この男に敬称など必要ないわ。ましてや、わたしに名を呼べとは身の程知らずもいいところ。
 ぴしゃりと言い放ってあげると、極楽鳥はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「ひどいなあ、おひいさんは」
 本当に、この男、言動のひとつひとつが癪に障るわね。
 軽薄そのものね。
 伊織も、どうしてこんな男をそばにおいておくのかしら? 理解できないわ。
 しらーっと冷めた目で極楽鳥を見下げていると、ふいに視界が真っ暗になった。
 一瞬、何事かと体を震わせてしまったけれど、この感触、この大きさ、そしてこのあたたかさは、……伊織ね。伊織が目隠ししている。
「緋芽、(のぞむ)にかまうな。馬鹿がうつる」
「それもそうね」
 耳元でそっとささやかれ、ぞくぞくっと何かが体をかけのぼってきた。
 けれど、あえて何事もなかったようにさらっと相槌をうつ。
 本当に、何かしら、このぞくぞくするものは。
 伊織の声がすごく近かったりすると、ふいに伊織に触れられたりすると、よくあることなのよね。
 ……もしかして、わたし、何かおかしな病気とか?
 たとえば、伊織嫌悪症のような新種の……。
 伊織ならおかしな病原菌を撒き散らしていたって、不思議じゃないものね。
「って、あんたたち、俺をいじめて楽しい!?」
 目隠しの向こうで、極楽鳥が嘆く声が聞こえる。
 というか、伊織、いつまでわたしの目を手で覆っているのよ。……別に嫌ではないけれどね、一応。
 伊織の手をどけようと、両手でぎゅっと握る。
「なあ、伊織よ。お前さ、おひいさん以外は何だと思っているわけ?」
 手を思わずぴたりととめてしまった。
 そして、今触れるこの手と、すぐそばにありくすぐる伊織の吐息に、全神経を集中させる。
 だ、だって、気になっちゃったんだもん。極楽鳥がおかしなことを伊織に聞くから。
 わたし以外はって、そんなの……。
 ふっと、耳元で伊織が笑ったような気配がした。
「……有象無象?」
「うーわー」
 そして、さらっと告げられたそれに、極楽鳥ががっくり肩を落とす。
 同時に、勢いよく伊織の手を目からはなしていた。
 わかっていたことだけれど、なんて伊織らしい答えなのかしら。
 そして、やっぱりわかっていたことだけれど、それでこそわたしの下僕ね。
 わたし以外は、伊織にとってはつまらない、とるに足りなくて当然なのよ。それ以外の認識は許さないわ。
 無意識に、伊織の胸に頭をぽすっともたれかける。
 ……お、おかしいわね。どうして顔がにやけちゃうのかしら。
 緋芽さまともあろう者が、そんなぶさいくな顔、絶対にできないわ。
 必死に顔を整えようとしていると、極楽鳥の向こうの廊下をとぼとぼ歩く子兎ちゃんの姿が目に入ってきた。
「子兎ちゃん?」
 思わずそうつぶやくと、何かにはじかれるように子兎ちゃんが勢いよく振り返った。
 すがるようにわたしを見つめてくる。
「か、鹿野倉さん……!」
 それから、わたしへ駆け寄ってくる。
 同時に、伊織を放り出し、両腕で子兎ちゃんを抱いていた。
 わたしの腕の中で、こらえていたものがこらえきれなくなりとうとうあふれ出してしまったように子兎ちゃんが泣き出す。
「ちょ……っ。あなた、どうしたのよ?」
 ぎゅっとわたしの胸に顔をおしあて、子兎ちゃんは小刻みに肩を震わせている。
 ……本当に、どうしたというのかしら?
 まるで、狼に狙われた小動物のようよ?
 まあ、だから、子兎ちゃんなのだけれど。


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update:08/11/08