身の程をわきまえなさい
いじわるでもいいじゃない

 放課後。
 窓の向こうの大空を見ると、真っ赤に燃える景色が広がっている。
 あまりのまぶしさに、思わず目を細め、さっと顔をそらす。
 わたしとしたことが、グラウンドから聞こえてくる喧騒に無意識に耳を傾けてしまっていたわ。不覚。
 もうすぐ文化祭で、その準備でうかれ舞い躍る愚民たちの楽しそうな声に耳を傾けるなんて、なんという失態かしらっ。
 今日最後の授業で使った世界地図を、夕日が差し込む廊下を通り社会科準備室へ運んでいる時だった。
「おひいさん」
「あ、鹿野倉!」
 空から顔をそらしたばかりのわたしに、背後からそう声がかかった。
 振り向くと、そこにはなんとも見慣れぬ二人組みの姿があった。
「あら? 極楽鳥に桐生? どうして二人が?」
 抱える、くるくる丸めた大きな地図をすとんと廊下に下ろす。
 まったく、こんな重いものをこの緋芽さまに運ばせようなんて愚か者ね、社会科教師は。
 伊織に言って、こっそりお仕置きしてもらわなければいけないわね。
 あの男、何故か知らないけれど、けっこう教師に顔がきくから。……もとい、こっそり恐れられているから。
「ああ、こいつ、俺の小学校の時の後輩なんだ」
「へー、そうなの」
 極楽鳥が桐生の背をばしんと叩いて、得意げに胸をはる。
 自分のことでもないのに、まるで自分のことのように。
 顔をそらして、さらっと受け流す。
 極楽鳥の得意げな顔ほど不愉快なものはないわ。
 というか、身の程をわきまえなさい。あなた、胸をはれるような男だと思っていて? 極楽鳥のくせに。
 けれど、極楽鳥は極楽鳥らしく気にしたふうなく、わたしがおろしたばかりの地図をぽんぽんたたく。
「珍しいな、おひいさんがこんな大荷物を抱えているなんて」
「まったく、本当よ。日直の馬鹿が仕事をほうって遊びに行くものだから、無能な社会科教師につかまってしまったのよ。無能のくせによくもこのわたしに……っ」
 両手で支える地図に、ぐぐぐと力をこめていく。
 すると、極楽鳥め、失礼なことにわたしの頭をぽんぽんなでてくる。
 しかも、何かしら、まるで見守るようなそのにこにこ笑顔は。
 なんて腹立たしいのかしら!
「ちょっと、極楽鳥、両手がふさがっていることをいいことに、何失礼なことをしてくれやがっているのよ!」
 地図を支える手をぱっとはなし、極楽鳥の胸倉をぐっとつかみ上げる。
 すると、桐生がゆっくり倒れていく地図を慌てて支え、ほうっと小さく息をはきだした。
「ええー? 俺、誉めているのに」
「あなたに誉められることほど屈辱的なことはないわ」
「ひどいなー、おひいさんは」
 わたしの憤りに気づいているはずなのに、極楽鳥はふてぶてしくなおもおどけたようにそう言い連ねる。
 まったく、本当になんて無礼な男なのかしら!
 その時だった。
 わたしの目の前にあった丸めた地図が、ひょいっと宙を舞った。
「……え?」
「俺、持つよ。社会科準備室でいいんだよな?」
 ぐいっと肩に担ぎ、桐生はにっこり笑う。
 極楽鳥の胸をつかみあげたまま、訝しげにじいっと桐生を見る。
 だって、そうでしょう? どうして、桐生が持つ必要があるのよ?
 面倒な事を、わざわざ自ら背負い込むお馬鹿がどこにいるの?
 それに、極楽鳥と一緒にいたということは、この後何か用があったのでしょう?
 ならば、そちらを優先すべきじゃない。
 じいとにらむように見るわたしに、桐生は肩をすくめてくすりと笑う。
「男っていい格好をしたがる生き物なんだよね。な? だから、格好つけさせてよ」
 そして、おどけたようにくすくす笑いながらそう言った。
 思わず、ぱちくりと目をしばたたかせ、まじまじと桐生を見つめてしまう。
「……くす。桐生、あなたっておもしろいわね。そういうの、嫌いじゃないわ」
 けれどすぐに、根負けしてしまった。
 極楽鳥の胸倉からぱっと手をはなし、くすくす笑ってしまう。
 なんだか、桐生をいぶかしむことほど馬鹿らしいことはないみたいね。
 この男、あんなに女子に人気があるからよほど計算ずくなのだろうと思っていたけれど、もしかして天然なのかしら?
 どこまで素直な男なのかしらね。
 そして、どこまで素で気障なのよ。
 なんだか、憎めないわ。
 ころころ笑うわたしの横で、極楽鳥がやけに神妙にぽつりとつぶやいた。
「おひいさん、それ、伊織の前でだけは絶対に言っちゃだめだよ」
 あまりにも真剣なその顔に、わたしは思わず首をかしげてしまう。
 だって、それほどのことでもないじゃない? 何がいけないの?
 それに、どうして伊織の前では言っちゃだめなのよ? 伊織を気にする必要もないじゃない?
 伊織ごときに、わたしが遠慮する必要なんて、皆無。
 極楽鳥は、どうしてこんなにびくびくしているのかしら? ……不思議。


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update:08/11/28