下僕の価値すらないわ
いじわるでもいいじゃない

 ……まあ、これはこれはまた、愉快なことをするお馬鹿がいたものね。
 さすがのわたしも、まさかこの手でくるとは思っていなかったわ。
 まだまだ甘かったようね。
 敵もなかなかやるわね。
 これは、予想以上に愚鈍で手ごわいわよ、きっと。
 ――放課後。
 桐生と別れ、教室まで迎えに来た伊織と一緒に帰るため、昇降口のロッカーを開けた時だった。
 そのあまりもの使い古された手法に、思わずぐらりとめまいを覚えた。
 な、なんて知能が低いのかしら。
 同じするにしたって、もっと凝っていてスマートで美しい方法をとってもらいたいものだわ。
 だって、靴からあふれ出しているわよ、画鋲が!
 まさか、こんな昭和のかほりがぷんぷん漂う嫌がらせをする愚民が、この平成の時代にまだいたなんて……。
 それにしても、わたし、このような嫌がらせを受けるいわれはないのだけれど?
「うわっ。王道な!」
 すると、耳の傍でいきなりきんきん響く叫び声が上がった。
 ひょいっとわたしの顔の横に顔を突き出し、驚いたような表情を浮かべている。
 同時に右手を振り上げ、そのうるさい顔に拳をしずめてやる。
「極楽鳥、邪魔よ。……そうね、ちょうどいいから、この画鋲を捨ててきてちょうだい」
 めりっと音をさせうずめた顔から拳を抜き取り、きっぱりと命令を下す。
 顔をさすりさすりしながら、極楽鳥――鬼海望はがっくり肩を落とす。
「おひいさん、俺まで下僕にする気?」
「ご冗談を。あなた、下僕の価値すらないわ」
「うーわー。もうっ、おひいさんはっ」
 妙に真剣みを帯びた目で見つめてくる極楽鳥に、やっぱりきっぱり告げる。
 まったく、わたしの下僕になりたいなど身の程をわきまえなさい。
 あなたなんて、まだ百万年早くってよっ。
 極楽鳥は嘆きつつも、さすが伊織が調教している犬だけはあり、渋々といった様子ではあるけれど、こんもり盛られあふれ出した大量の画鋲が入った靴を手にとった。
 その瞬間、背後でばさっと鞄を落としたような音がした。
 振り返ると、ロッカーの陰に、青い顔でこちらを見つめる子兎ちゃんが立っていた。
 足元には、教科書やノートといったものが散乱している。
 まったく、鞄はしっかりしめておきなさい。
「あら? どうしたの、子兎ちゃん。顔が真っ青よ? またあのぶりぶり女に何かされたの?」
 くいっと首をかしげ問いかけると、子兎ちゃんは大きく首を振った。
 そして、落とした鞄とその中味を拾おうとはせず、そのままふらふらと危なげな足どりで寄ってくる。
「ち、違う。そうじゃなくて、鹿野倉さん、それ……」
 ゆっくり手を上げ、極楽鳥が手にするわたしの靴を指差す。
「ああ、これねー。まったく、使い古された嫌がらせをするものね。底が知れるわ」
 極楽鳥の手から靴を片方だけとり、それをそのままくりっとひっくり返す。
 すると、じゃらじゃらじゃらーと軽快な音を立て、画鋲が足元に散らばる。
 散らばった画鋲を見下ろし、くすりと笑う。
 子兎ちゃんは床に広がった画鋲を見て、それから不安そうな顔でわたしを見た。
「大丈夫なの?」
「当たり前じゃない。わたしを誰だと思っているの? 鹿野倉緋芽さまよ」
 そう人がせっかく格好よく決めてみせている足元で、「あーあ、まったくもう、おひいさんは余計な仕事を増やしてー」とぶつぶつ言いながら、散らばった画鋲をひとつずつ拾う極楽鳥がいる。
 まったく、邪魔をしないでよね。
 まあ、ゴミを片づけるなんてよい心がけではあるけれど。
 そうね、極楽鳥にはよく似合っているわ。
 せいぜい、伊織の次くらいにわたしにつくすといいわ。
 ふふふと笑うわたしも、いそいそと画鋲を拾う極楽鳥も気にとめる余裕がない様子で、子兎ちゃんは思いつめたようにうつむき、そして意を決したようにばっと顔をあげた。
 胸の前で両手をぎゅっと握り締め、迫るようにわたしを見つめてくる。
「鹿野倉さん、気をつけて。あなた、狙われているかもしれない」
「……子兎ちゃん?」
 迫る子兎ちゃんに、あえてとぼけて首をかしげる。
 すると子兎ちゃんはじれったそうに首を小さくふり、ぐいっと顔を近づけてきた。
 すっと口を開こうとする。
 その唇に、人差し指をそっと触れ、わたしはにっこり微笑む。
「ええ、大丈夫。わかっていてよ」
 そう、そのようなこと、子兎ちゃんに言われるまでもなくもちろんわかっているわ。
 だから、余計なことは言っては駄目よ、子兎ちゃん。
 一言が、ひとつの行動が、命取りになることもあるのよ。
 それは、わたしが身をもって知っていること。
 それにわたし、ある程度は予想していたわ。
 だって、わかっていて挑発したもの。
 それにしても、まんまと餌にかかってくれたものだわ。
 これは、なんだか予想以上におもしろくなりそうね。
 あの連中がどこで聞いているともしれないこの状況で、子兎ちゃんにそれを告げさせるのは賢くないものね。
 下手に口に出したら、子兎ちゃんなんて清々しいまでに痛めつけられちゃうわ。
 それくらいするわよ、あの連中は。
 常識ではおしはかれない程度に、低俗だものね。
 伊達にバルコニーから人間観察はしていないわ。
 観れば観るほど、人間の汚い嫌な部分を見ることになっていたけれど。
 まあ、あんな人気がないところで企てられることなんて、せいぜい相場が決まっているけれどね。
 本当に、正々堂々、他人を陥れることができないのなら、はじめからそのように振る舞っては駄目よね。
 まあ、わたしくらいに気品があり誇り高くなければ、それもかなわないけれど。
 わたしは、ちゃんと自分で理解して納得した上で、この行動をとっているもの。
 自分の行動に責任をとれないなら、最初から人を陥れようなんて考えちゃ駄目だわ。
 その行為自体は、わたしはあえて否定しないけれどね。
 やられたらやりかえす、それがわたしのモットーよ。
 だって、緋芽さまだもん。いい子ちゃんみたいなことは言わないわ。
 そこへちょうど、靴を履き替えた伊織がやって来た。
 靴の中に入った画鋲を見て、呆れたようにため息をもらす。
「さあ、あなたはおいきなさい。あとはこの下僕とポチがわたしのために動いてくれるから」
 ぐいっと伊織の腕をとり、子兎ちゃんににっこり微笑んであげる。
 それから、しっしっと追い払う。
 子兎ちゃんは渋々といった様子で、落として散らばった鞄の中味を拾い終わると、ゆっくりと玄関へ歩いていった。
 そこを出る時、一度ちらりとわたしを見て、慌てて目をそらしてそのままそそくさと帰っていった。
 どうやら、追い返されたこと、まだ納得していなかったようね。
 わたしの心配をしようなど、子兎ちゃんのくせに生意気よ。百年早いわ。
 あなたのためにも、ここは大人しく帰っておいた方がいいのよ。
 今のこの状況を、どこかに隠れて犯人が見ているかもしれないから危険なのよ。
 子兎ちゃんが帰ったことを確認すると、伊織と極楽鳥と顔を見合わせ、こくりとうなずき合う。
 さすがは伊織ね、そして伊織に調教されたポチね。
 わたしが言いたいことをちゃんとわかっているじゃない。
「……緋芽」
 確認するように、伊織がつぶやく。
「ええ、わかっているわ。鬼海、あなた、あの子に気をつけてやっていて」
「……了解。おひいさんは人使いが荒いねえ」
「あら、犬畜生使いが荒いが正しいわよ」
 なんだか失礼なことを言うからにっこり笑ってあげると、極楽鳥はげっと顔をゆがめた。
 あら? なんだか極楽鳥のお顔の色が冴えないようだけれど、気のせいかしら?
 そうして思い知るがいいわ。あなたが置かれている立場というものを。
 極楽鳥、あなたは所詮、ポチなのよ。


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update:08/12/10