万死に値するわ
いじわるでもいいじゃない

「伊織、落ち着いた?」
 翌日の放課後。
 仕方がないから、ええ、仕方がないから、一緒に帰ると言ってきかない伊織を待っている。
 もうすぐ文化祭でてんてこまいしている時に会長自ら率先してさぼるなと、極楽鳥につかまった伊織は今生徒会室にいる。
 ほーら、やっぱりそうなのじゃない。
 この時期に、生徒会長が暇なわけないのよね。
 伊織って、ばればれの嘘をつくのだから。
 そして、一通り指示を出し終え、一段落したところ。
 それを見計らって生徒会室に入ると、伊織はにっこり微笑みこくんとうなずいた。
 すると、極楽鳥がやれやれと肩をすくめながら、奥の方の続き部屋へ入っていく。
 そこは、ちょっとした給湯室になっている。
 まったく、こんなぐうたら生徒会役員のためだけに、そんなリッチな設備をつくらないでもらいたいわ。
 さすが私立校よね、無駄なところにばかりお金をかけているわ。
「緋芽、おいで」
 じいと極楽鳥の後姿を見ていると、伊織がそう手招きする。
 伊織はちゃっかり生徒会長机にどっかり座り、散らばった書類を片づけ、その上にバスケットをぽんと置いた。
 あれは、もしかしてもしかしなくても……。
「し、仕方がないわね」
 ぶっきらぼうに言って、仕様がないから今は伊織に従ってあげる。
 いつもの緋芽さまは、下僕の伊織の言うことなんてきかないけれどね。
 だって、仕方がないじゃない。
 伊織が机の上においたあのバスケットは、バスケットの中には、間違いなく焼き菓子が入っているのよ。
 しかも、わたしが大好きなフィナンシェとみたわ、この香り……っ!
 伊織の家のお抱え料理人が作るお菓子って、おいしいのよね。
 その点、うちの料理人はパティシエ向きではないけれど。
 まったく、あんなのさっさとクビにしてくれればいいのに、お父様も。
「うん、仕方がないからおいで。緋芽のために作らせたのだから、食べてもらわないとね」
 バスケットを開きながら、伊織はふわりと微笑んだ。
 ……どきんっ。
 ちょ、ちょっと、その笑顔は卑怯だと思うわ。
 わたしの好きなお菓子をちらつかせて、そんなことを言うなんて。
 ま、まあ? 伊織がそこまで言うなら、食べてあげてもいいわよ。
 伊織が座る机まで行くと、その上にどっかり腰かけた。
 足を組み、椅子に座る伊織を見下ろすように見ると、伊織はバスケットの中からフィナンシェをひとつ取り出しわたしに差し出してくる。
 それを受け取ると、奥の給湯室からタイミングをはかったように極楽鳥が出てきた。
 片手にティーポット、もう片手に三人分のティーカップを持っている。
 そして、バスケットの横にそれらを置いた。
 とぽとぽとぽと、極楽鳥がカップにお茶をそそぐのを横目に、フィナンシェを一口分だけ割りとり口へ入れる。
 同時に、カップにそそがれたお茶がいい香りを放った。
 この香りはあれね、ローズヒップ。
 まったく、極楽鳥までわたしの好みを心得ているなんて。
 ……いえ、そうじゃなくて、もしかしなくてもこれは、伊織の指示?
 だって、わたしの好みを知っているなんてそんな無礼なこと、伊織にしか許していないもの。
 極楽鳥がティーカップを差し出してきたので、それを受け取ろうと手をのばした時だった。
 さっき片づけ忘れたのね、大きな紙が一枚床に落ちているのに気づいた。
 これはあれね、いわゆるポスターというものね。
 でも待って、このポスターって……。
「……ミスコン?」
 極楽鳥からティーカップを受け取りながら、思わずぽつりとつぶやいた。
 すると、自らお茶をカップに注ぐ手をぴたりととめ、伊織がどことなく不愉快そうに答える。
「ああ、それか。一部有志が開催したいと言ってきたんだよ」
 伊織は、こんとわざと音を立てるようにして、お茶を注いだカップを机の上におく。
 あら? その口調からすると、伊織、もしかして本意でないのかしら?
 まあ、たしかにそうよね。こんなもの、本意であってたまるものですか。
「だからって、こんな低俗なイベント、許可したの?」
 極楽鳥が、やれやれといった様子で床に落ちているポスターを拾い上げる。
 どうやら、片づけ忘れたのではなく、わざと床に打ち捨てていたみたいね、伊織ったら。
 まあ、それでこそ、わたしの下僕というものだけれど。
 極楽鳥が拾ったポスターによると、文化祭一日目にナイスガイコンテスト、そして二日目にミスコンテストをするということらしい。
 事前に参加者を募り、当日飛び込みもOKとあるわ。
 この書き方からすると、これを今回の文化祭の目玉企画にでも推すつもりなのかしら?
 まったく、汚れているわ。
 これじゃあ、伊織があからさまに不愉快をにじませるのは当たり前ね。
 これを企画した生徒たちもお馬鹿よねえ。あえて伊織の不興を買おうというのだから。
 伊織、この手のイベント、大嫌いだものねえ。
「仕方がないんだよ。そういうイロモノ系もひとつふたつは許可しておかないと、暴動が起こりかねない」
「呆れた。まったく、腑抜けているわね。文化の祭典なんて名ばかりね」
 極楽鳥が持つポスターを、指でこつんと小突く。
「まあ、そういうものだよな。ようは楽しければ何でもいいんだよ。みんなが楽しめれば、イコール成功というわけだ」
「地に落ちたものね」
 極楽鳥はそう言いながらポスターをくるくる丸めて、すぐそこにあるゴミ箱の中へぽいっと放り捨てた。
 まあ、その様子からすると、極楽鳥もこの企画には反対なのかしら?
 それとも、ただたんに、伊織のご機嫌とりをしているだけ?
 だって、極楽鳥のことだから、こういう企画好きそうじゃない?
「それで、そういうおひいさんは、もちろん……」
「参加するわけないじゃない」
「だよな」
 試すようににっと笑いそう問いかけてきた極楽鳥を、ぴしゃりと切って捨ててやった。
 すると極楽鳥は、妙に納得したようにため息をもらす。
「まったく、こういうイベントに参加する者たちの気が知れないわね。美というものは、他人と競うものではないのよ」
「自分に自信を持って誇り高く、そして気高く生きることこそが、真に美しい、だっけ?」
 呆れいっぱいに言い放つと、伊織はにっと笑いそう問いかけてきた。
「……え?」
「違うのか?」
「いいえ、違わないわ」
 試すように聞く伊織に、わたしはふるふると首を横に振る。
 驚いたじゃない。
 だって伊織、覚えているのだもの。
 まあ、わたしにそう思わせたのは、ほかでもない伊織、あなたなのだから、覚えていて当たり前だけれど。
 むしろ、覚えていなかったら、万死に値するわ。
 美の価値観というものは人それぞれ異なるとはわかっているけれど、外見の美しさに惑わされ内面の美しさを磨くことを忘れたら、それで終わりだと思うのよ。
 それは、ただのお飾りにすぎないわ。
 そんな中味がない美しさなんて、むなしいだけ。滑稽よ。
 だからわたしは、外見の美しさに惑わされない。興味はない。
 わたしは、内面を――心を、常に見極めたいと思っている。
 伊織はこんなのだけれど、わたしを裏切ることは決してない。
 ポチはこんなのだけれど、分別をつけてふざけるわ。
 だから、二人だけはわたしのそばにいることを許している。
 それに、伊織はちゃんとわかってくれている。わたしの本当を――。
 そう確信しているの。
 ちらりと伊織を見ると、くしゃりと頭をなでられた。
 まったく、普段は嫌味ばかり言っているくせに、何かあるとそうしてすぐに暑苦しくわたしを見つめるのやめてくれないかしら?
 なんだか、むずがゆくなってくるのよね。
 そわそわして、落ち着かなくなるのよね。
 だって、伊織がわたしを見るその目は、なんだかとっても心地いいのよ。
 悔しいから、伊織の頭もくしゃくしゃになでてやる。
「俺も緋芽に賛成。こんなイベント、する価値はない」
 髪をくしゃくしゃにするわたしの手をきゅっと握り、伊織はそのまま口元へ持っていく。
 そして、手の甲にちゅっとかるくキスを落とし、上目遣いにわたしを見てにっこり微笑む。
 思わず、ばっと顔をそらしてしまった。
「同感。ただのにぎやかしだよ」
 そんな伊織の行動は気にしたふうなく、極楽鳥もずるずるずるーとお茶をすすりながら、おざなりに言い放った。
「まあ、伊織もポチも……」
 思わず、ふわりと頬をゆるめてしまう。
 うん、やっぱりいいわね、この二人。
 この二人のそばは、やっぱり気持ちがいい。落ち着く。
 決して、わたしの意見を否定しないからというわけじゃなくて、――むしろ、伊織には否定されまくっているわよ――一本筋が通っていて、そこが気持ちいいのよ。
「こんなものでいちばんになっても、何の意味もないのにな……」
 丸めてゴミ箱に捨てたポスターをちらっと見て、伊織は複雑そうに微苦笑を浮かべた。
 本当に、こんなものでいちばんになっても、何の意味もないわ。
 だって、本当のことが見えていないもの。
 競い合うその意味からして、わたしにはわからないわ。
 競わなくたって、それぞれがそれぞれなりにいちばんなのに。
 人の美しさなど、価値など、順位づけしていいものではないわ。


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update:08/12/16