どこまで愚かなの?
いじわるでもいいじゃない

「それじゃあ、王子役は桐生ということで……」
 不毛な話し合いが続いたかと思うと、終業のチャイムぎりぎりになって、そう結論がでようとしていた。
 一部女子のたっての希望により、文化祭の出し物は、虫唾が走るようなぎとぎとのおとぎ話の劇をすることになった。
 白雪姫って、小学生のお遊戯会じゃないのよ、まったく。
 いかにも、少女漫画や少女小説にでてきそうなチョイスよね。ロミジュリじゃなかっただけまだましだけれど。
 まあ、そうは言いつつ、わたしには関係ないから好きなようにするといいわ。
 しかし、名前をあげられた本人はどうやらそれは不服らしく、椅子を蹴散らし乱暴に立ち上がる。
「ちょっと待てよ。俺、するなんて一言も言っていな――」
「ええー!? 桐生くんしないのー!?」
「王子役は桐生くん以外考えられない!」
 けれど、桐生の健闘むなしく、最後まで言い切らないうちに黄色い声によって遮られた。
 しかも、黄色い声をあげるだけじゃなく、ばらばらと立ち上がり、わらわらと桐生へ迫っていく。
「ねえ、桐生くんいいよねー?」
「いや、だからちょっ――」
「あー、はいはい。それじゃあ、王子役は桐生と」
 たじたじの様子で、けれど懸命に抵抗する桐生を無視して、横に立つ学級委員長の男がさくっと言い切った。
 その言葉の後に声に出さずとも「面倒だから」とついているのが、ありありとわかる。
「だから……」
 それでも、桐生はまだあきらめがつかないようで、気おされながらもどうにか抵抗しようとする。
 その何ともお粗末で滑稽な様子を、わたしはチョークでこんこんと黒板を小さくたたきながらぼんやり眺めていた。
 あー、暇ねー。
 こんな馬鹿らしいことに本気になって騒ぎ立てるなんて、つきあっていられないわ。
 何より許しがたいのが、わたしがチョークでもって黒板に配役を書いていっていることよね。
 まあ、仕方がないといえば仕方がないかしら。だって、不本意ながら、わたし、副委員長だし。
 こんな面倒なことしたくもないのに、何故だかそういうことになっていたのよねえ。
 あれ? そういえば、わたしが副委員長なんてわずらわしいものをしなければいけなくなったきっかけって、たしか……。桐生がわたしを推薦したからだったかしら?
 まったく、迷惑なことしかしない男ね。
 そんな男なんて、せいぜい王子役をするがいいわ。天罰よ。
「それじゃあ、白雪姫は……」
 桐生の抵抗むなしく、委員長はやっぱりさくさく進める。
 本当に面倒なのね。それには同感だけれど。
 別にね、劇をするとか配役を決めるとかは、面倒なことは面倒だけれどそれほどでもないのよ。
 この滑稽な寸劇――茶番劇を見せられるのが面倒でうっとうしいだけ。
「はーい! 橘さんがいいと思いまーす!」
 委員長の言葉をさえぎるように、男子の一人がばっと立ち上がり叫んだ。
 あれはたしか、砂糖女に群がる蟻の一匹だったかしら?
 その蟻さんに続くように、他の蟻さんも声をあげる。
「あゆちゃん以外考えられませーん!」
「やっだー。そんな、あゆ困っちゃう」
 件の砂糖女は両手を胸の前でにぎり合わせ、くねっと腰をくねらせてみせる。
 困っちゃうとか言っているくせに、その顔、まったく困ってなどいない。むしろ、得意げにしているわ。
 それを見てとったのか、委員長ははあとため息をつく。
「と言っているので、他に――」
「でもー、そんなに言うなら、あゆしちゃいまーす!」
 そして、そう言おうとした委員長の言葉をさえぎるように、砂糖女がのりのりで手をあげ叫んだ。
 誰も何も言っていないわよ。言っているのは、蟻さんたちだけじゃない。組織票もいいところよ。
 とはあえて言わないけれどね。
 だって、面倒だもの。
 したい人がしておけばいいのよ、こういうのは。
 高校生にもなって白雪姫だなんて、白い目で見られることはあっても喜ばれることなんてないわよ。
 どうせ、ピエロになるのがオチよ。
「……じゃあ、そういうことで」
 砂糖女のテンションについていけなかったのか、はたまたその態度そのままか、委員長が面倒くさそうにつぶやいた。
 やれやれといったように肩をまわす委員長の背にすっとまわり、つぶやく。
「委員長、あなた、さりげなく思いっきり面倒がっていない?」
「わかる?」
 委員長は、ちらりと視線だけをわたしに向ける。
「わかるに決まっているじゃない」
「でも、鹿野倉さんもそうでしょ?」
「ええ、当然よ」
 にやっと小さく笑みを浮かべ聞いてくる委員長に、わたしはにっこり微笑んでうなずいてあげた。
 あら、この委員長、普段はやる気のないさえない男と思っていたけれど、なかなか楽しいところがあるじゃない。
 そんな会話など、もちろん、一人盛り上がる砂糖女の耳にもそれをはやしたてる蟻さんたちの耳にも入るはずがない。
 桐生は、話の矛先がずれて安堵しているのか、完全にあきらめたのか、力なげに椅子に座っている。
 けれど、その目だけは、力強くするどくこちらへ向けられていた。
 あら? 委員長を恨むのは御門違いというものよ?
 抵抗できない、やりこめられてしまうあなたの力不足じゃない。
「それでー、あゆ、女王役は鹿野倉さんがいいと思いまーす! ねえ、ぴったりでしょ?」
「おおっ、さすがあゆちゃん。だよな、悪役が誰より似合うよなー!」
 にやりと笑う砂糖女に、蟻さんたちはせせら笑いながら喝采を送る。
 なおも砂糖女と蟻さんの滑稽な茶番劇はつづいていた。
 まったく、わたしを女王役に推薦するなんて、砂糖女、あなた、どこまで愚かなの?
 まあ、そんな馬鹿馬鹿しい挑発に乗る緋芽さまではないけれどね、もちろん。
「反対」
 しかし、その茶番劇に水をさすように、ぴしゃりとそう告げる声が上がった。ばんと机をたたく音が響く。
 その声が上がった方へ、一同さっと視線を向け注目する。
 見ると、立ち上がり机に両手をつく桐生がいた。
「のり気でない奴に無理矢理させるのはどうかと思うけれど?」
 そして、教室中を見まわしきっぱり言い放つ。
 一瞬、あれだけ調子にのっていた砂糖女が気おされたように体を揺らした。
「はい、わたしも反対。やっぱり、したいという人がするべきだと思うわ」
 それまで教室の隅で静観していた女子の一人が、ぴっと手をあげ言った。
「わたしもそう思う」
 それに続け、もう一人の女子も頬杖をつきながら、興味なさそうにぽそっとつぶやいた。
「ええーっ。絶対いいと思うのにー」
 その一瞬にして静まりかえり流れがかわりつつあるそこに、砂糖女は不満げに頬をふくらませて、ぶうぶううなる。
「そうだそうだ、あゆちゃんの言うとおりだよ!」
 蟻さんたちはやっぱり、そんな砂糖女に調子を合わせる。
 瞬間、教室中にしらーっとした雰囲気が充満した。
 けれど、砂糖女と蟻さんたちは、さらに不平を吐き出す。
 まったく、空気が読めないにもほどがあるわよね。
 これはどうみたって、そういう流れじゃない。
 それにとどめをさすように、桐生がたしなめるように告げる。
「無理強いはよくないよ。無理矢理させたって、いい劇にはならないよ」
 それから、にっこり微笑んでさわやかに言い放つ。
「ということで、俺も王子嫌だから。裏方希望ね」
「ええー!!」
 瞬間、教室中に女子の不満の叫びがあがった。
 ……あら? 無理強いはよくないには賛成なのに、桐生の王子辞退には反対なのね。
 清々しいまでに正直で、なんて愉快なのかしら。
 それにしても、この男、やってくれたわね。
 このわたしをよくもだしにしてくれたわねっ。


 文化祭の出し物を決めるホームルームも終わり、それぞれぞろぞろと教室をではじめている。
 結局、出し物は白雪姫のままだけれど、わたしも桐生もキャストになることはなかった。
 女子たちも、桐生が本気で嫌がっていることにさすがに気づいたみたいで、あれ以上無理強いはしなかった。
 まあ、白雪姫はすでに砂糖女と決まっていたから、そこも関係したのかもしれないけれど。
 学園のアイドルを、わざわざぶりぶりな砂糖女にくれてやるお馬鹿さんはそうそういないでしょう。
「うわっ、鹿野倉!」
 他の生徒がほとんどいなくなった頃、帰り支度をすませ教室を出た桐生が、驚いたようにそう叫んだ。
「どうしたんだ? びっくりした」
 桐生はまじまじとわたしを見つめてくる。
 まったく、失礼しちゃうわね。
 そんなに驚くことでもないでしょう。
 扉のすぐ横の壁にもたれかかって、ちょっぴり恨めしげに出てきた桐生をにらみつけただけじゃない。
「あなた、よくもわたしをだしにしてくれたわね」
 ついっと詰め寄り、じろりと桐生をにらみあげる。
「あれ? 気づいていた?」
 すると桐生は、悪びれることなく、あっけらかんと言い放つ。
 ひくりと、わたしの頬がひきつる。
 気づいていたって、気づいていたって、……この男っ!!
「気づかないわけがないじゃない」
「あはは、だよねー?」
 どうにか理性で怒りを押しとどめ、うなるようにつぶやくと、桐生はおどけるように笑った。
「笑い事じゃないわ! このわたしをだしにするなんて……不愉快きわまりないわ!」
 桐生のすぐ横の壁に、どんと拳をたたきつける。ぎろりとにらみつける。
 さすがに桐生もそれにはひるんだらしく、へにゃりとばつが悪そうに愛想笑いを浮かべた。
「ごめんごめん、この通り。お互い免れたんだから、な?」
 そして、頭をさげ、その上でぱんと両手をたたき合わせる。
 わたしは無言で、それをにらみつける。
 しばらくそうした頃、根負けしたように小さく息をはきだした。
 本当、これじゃあ怒る気も失せるわよ。いつまでそうして頭を下げ続ける気かしら?
 そもそも、あっさり認めるのじゃないわよ、おもしろくないわね。
「まったく……。――ところで、どうしてわたしがのり気でないとわかったの?」
 不満げにそうつぶやくと、桐生はようやく手をはなし頭をあげてきた。
 そして、今までの反省の態度が嘘のように、にこっと微笑んだ。
「ああ、だって、鹿野倉、ああいうの好きじゃないだろ? 表に出て目立つのが好きだったり、常に自分が中心でいないと気に食わないとかいう奴じゃないし。むしろ、陰でどんとかまえてさりげなくみんなを支えているタイプ」
「な……っ!?」
 ぎょっと目を見開き、桐生を見つめる。
 おかしなことを言うから、顔が真っ赤になっちゃったじゃないっ。
 た、たしかに、陰でどんとかまえて愚か者どもの滑稽な様を見て楽しむタイプではあるけれど、支えているタイプだとかそんな虫唾が走るものでは決してないわよ。
 まったく、失礼なことを言う男ね!
「違う? 少なくとも、俺はそう思うけれど」
 桐生はくいっと首をかしげて、顔をのぞき込んでくる。
 その澄んだ瞳に、うろたえたようなわたしが映っている。
 ふ、不愉快だわ、不本意だわ! わたしは、これしきのことでひるんだりしないのだから!
「し、しらないわよっ。おばかっ!」
 どんと桐生の胸をおし、ぱっと顔をそらす。
 本当に、なんて無礼なことを言う男かしらね!
 信じられないわっ。
 わたしがこんなに憤っているというのに、何故か桐生は楽しそうにくすくす笑っている。
 ああんっ、本当、いらいらするわ、この男!
 悔しさのあまりだんだんと地団駄を踏む。
 桐生はすっと目を細め、ぽつりつぶやいた。
「うん、やっぱり鹿野倉はいいな」
「え?」
 空耳かと思わず振り返ってしまったわたしに、桐生はとびっきりの笑顔を降り注ぐ。
「俺、鹿野倉が好きだよ。俺とつきあってほしい」
 ……はい?
 再びわたしに空耳が襲う。


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update:08/12/23