なかなかやるじゃない
いじわるでもいいじゃない

「裕太くん、今朝のあれ見たよー。災難だったねー」
 昼休み。
 ざわつく生徒たちの声の中から、そんなキャピキャピとした耳障りな声が聞こえてきた。
 思わずちらっと視線をやると、そこには砂糖女とそれに群がる蟻さんたちがいる。
 授業を終え、昼食をとるためにばらばら教室を出て行くクラスメイトたちと入れ違うようにして、蟻さんたちは砂糖を求めやってきたよう。
「いや、あれくらいたいしたことないよ。――それにしても、どこかの誰かさんは本当にあれだよな。何様だっていうんだよね。醜いったらないよ」
 そう言うと、その蟻さんはあてつけるようにちらりとこちらへ視線を向けてきた。
 すると、不愉快なことにばっちり目が合ってしまった。
 砂糖女は陰湿に口元に笑みをのせる。
 下手にかかわっても馬鹿らしいので、くいっと首をかしげ、そのまますっと視線をそらし横にいる子兎ちゃんに移す。
 賢明なことに、子兎ちゃんは今朝のわたしの言いつけを守り、ずっとわたしのそばにいる。
 どうやら、それほどお馬鹿さんでもなかったらしく、わたしの言葉の裏をちゃんと読み取れているようね。なかなかやるじゃない。
 わたしとしたことが、どうやら侮っていたようだわ。
「おい、シカトするなよ!」
 怒気をはらみ憎らしそうに背後で叫ぶ声がした。
 瞬間、ざわついていた教室が水を打ったようになる。
 ちらちらと様子をうかがう者もいれば、そそくさと教室から出て行く者もいる。
 ふーん。クラスメイトさんたち、どうやらお馬鹿さんばかりじゃなかったようね。
 これからはじまるだろうことを予測して、様子見をしたりさっさと逃げるようね。
 そうよ、こういう連中はね、下手にかかわると厄介なの、面倒なことになるのよ。
 まあ、そういう面倒事に甘んじてかかわってあげるのがわたしだけれど。
 だって、その後で華麗に再起不能に打ちのめすと愉快じゃない?
「……あら? もしかして、わたし?」
 ふうと大きくため息をもらし、鞄の中にさっきの授業で使った教科書をしまいながら、仕方なく渋々答えてあげる。
 けれど、視線はあくまで蟻さんたちには合わせない。
「決まっているだろ、お前だよ、お前、鹿野倉! 他に誰がいるんだよ!」
「あら、ごめんなさい。聞きなれない言葉だったものですから。真実でないことを言われても、わからなくて当然じゃないかしら?」
 くすくすあざけるように笑ってあげると、蟻さんたちは理性が切れたようにさらに怒鳴り散らす。
「お前って本当、嫌な女だよな! あゆちゃんのつめの垢でもせんじて飲めってんだ」
「その言葉、そっくりそのまま返してさしあげてよ」
 嫌味をたっぷりこめにっこり微笑んであげる。
 言葉は正しく使うものよ?
 どうしてわたしが、砂糖女のつめの垢をせんじて飲まなければいけないのかしら? むしろ、その逆よねえ?
「本当、憎たらしいよな! あゆちゃんみたいに、思わず鞄を持ってあげたくなるような、守ってあげたくなるようなかわいい女になれよな、少しくらいは!」
 蟻さんの一人がそう叫んだ時だった。
「やめろよ、みっともない」
 食堂に昼食のパンを買いに行っていたらしい桐生が、教室に入ってきた。
 手に持つパン二つが、ぎゅっとにぎりしめられいびつなかたちになっている。
 みんな一斉に、桐生に注目する。
 わたしは思わず、たじっと一歩後退してしまった。
 だ、だって、昨日あんなことがあったから、今日はできるだけ桐生とは顔をあわせないようにしていたのよ。
 それなのに、ここにきてかかわろうとしてこないでよ。もうちょっと距離をおかせていてよねー!
 何より、わたしはこんなにどぎまぎしているのに、そんなに平然とかかわってこないでよ。生意気よ!
 しかし、わたしのそんな内なる憤りは桐生には関係なく、ずんずん割って入ってくる。
「なんだ、王子様のおでましかよ」
 蟻さんの一人が、卑下た笑いをする。
 ちょっと待って。この場で、そのように言うということは、もしかして昨日の桐生とのことが……?
 そういえば、たしかに、あの時あの場には、まだクラスメイトの何人かは残っていたのよね。
 それじゃあ、もしかしなくても、昨日のあれを聞かれていたということも!?
 ……あ、でも、桐生はもともと女子に人気の王子様≠セったかしら?
「そうじゃない。何がいいとか何がかわいいとかは、人それぞれの価値観だろ。決めつけるなよ」
「ひゅー。さすが王子様は言うことが違うねえー」
 蟻さんたちはそういうと、せせら笑い合う。
 砂糖女は面白くなさそうに、わたしをにらみつけている。
 けれどもちろん、そんな下等な視線はすっきり無視。
「違わないよ。たしかに、橘は当たり前のようにお前たちに鞄を持たせている。けれど、鹿野倉は決して鞄を持たせようとしない。自分の荷物は自分で持つんだよ。そして、あいた方の手で大切な人をつかまえている」
 そう言うと、桐生はちらっとわたしを見た。
 わたしはただ静かに、桐生の言葉に耳を傾けている。
 一体、何を言おうとしているのかしら?
 助けようとしてくれているようだけれど、皆目見当がつかないわ。
 そもそも、誰かに助けられなくたって、これくらいの雑魚、わたし一人で十分片づけられるわ。
 それにしても……なんだか、思わず鳥肌が立っちゃいそうな恥ずかしいことをさらっと言っていないかしら? 大切な人をって何……!?
 蟻さんたちも砂糖女も、怪訝に桐生を見ている。
 野次馬を選択したクラスメイトたちも、不思議そうにこの成り行きを見ている。
「鹿野倉は、自分でできることは人にさせず、だからといって自分ではできないこともあきらめることなく、どうにかしようと頑張っている姿がかわいいんだよ」
 そうきっぱり言い切ると、桐生はすっとわたしへ視線を向け、にっこり微笑んだ。
 瞬間、わたしの顔がかっと熱くなる。
 こ、この男、何を言い出すかと思ったら、そんなこっぱずかしいことを!?
 し、信じられないっ!
 そう思ったのはどうやらわたしだけじゃないらしく、見物していたクラスメイトのいくらかが顔をあからめ、いくらかはあてられたように呆れたように視線をそらしている。
 他にも、各々いろんな反応をしている。
 その中でも、蟻さんたちと砂糖女だけは違う。


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update:09/01/11