お待ちなさい
いじわるでもいいじゃない

 時間というものはたつのが早いようで、気づけば文化祭当日になっていた。
 あの宣戦布告からは、砂糖女もおかしな行動をとることなく、やけに静かだった。
 一体、その静けさの中で、どんな罠をはりめぐらせていたのか……。
 まあ、それほど時間はあったとはいえないけれど。
 だってあれから今日まで、一週間もなかったもの。
 一日目の昨日行われたナイスガイコンテストでは、桐生が見事優勝を果たしていた。
 どうやらクラスの女子たちに勝手にエントリーされていたようで、引くに引けなくなり渋々参加したといった様子だったけれど。
 伊織と極楽鳥は生徒会役員なので、もともと参加資格なし。
 それに、二人が参加したら不公平だものね。
 一人が優勝、一人が準優勝って決まっているもの。
 だから、二人がいないコンテストでは、必然桐生が優勝なのね。
 わたしは、伊織とポチとともに、野外の特設ステージから少しはなれた木の陰でその様子を見ている。
 ステージ上ではまさしく今、例の低俗なイベント、ミスコンが行われている。
 なんだか知らないけれど、伊織がここから見ていろとうるさいのよね。
 どうせなら、真正面でしっかり監視していたかったのに。
 これじゃあ、いざという時子兎ちゃんを助けられないじゃない。
 ――え? 助ける?
 つ、ついよっ、つい。言葉の綾というものだわね。
 ちゃんちゃらおかしいわ。わたしがそんなことをするはずないもの。
 陥れることはあっても、手をさしのべることなんてあり得ないわ。
 それにしても、あの砂糖女は一体何をしたいのかしら?
 その行動をとる意味が、いまもってわからないわ。
 というか、予想はしていたけれど、子兎ちゃん、あなたちょろすぎるわ。
 一次予選からさっさと落ちちゃうなんて……。
 さすがに一次くらいは通ると思っていたのよ、一次くらいはね。
 あら? ということはもしかして、これが砂糖女がここ数日静かだったわけかしら?
 やっぱり、正攻法ではこないと思っていたけれど、そうだったのね。
 間違いなく、買収しているわよ。
 きっと、子兎ちゃんをさっさと落選させ、自分は賄賂をおくり華々しく優勝をかざり、あざ笑うつもりだったのね。
 はじめから、勝たせる気なんてなかったのよ。正々堂々、勝負する気なんてなかったのよ。
 まったく、どこまで腐りきっているのかしら、このイベント。
 いかさま、出来レースもいいところじゃない。
 その証拠に、砂糖女ったら、すごすごと舞台からおりる子兎ちゃんをここぞとばかりに笑っている。
 ちょっと伊織、あんたともあろう者が、こんな八百長をみすみす見逃していたの?
 信じられないわ。
 わたし、こういう卑怯なことって大嫌いなのよね。
 そりゃあ、人を陥れることは好きだけれど、それも正々堂々とするわ。
 卑怯な手段でもっていたぶっても、美しくないもの。
 やはり、いたぶる中にも華麗さを求めてこそ、本物のいじわるお嬢様というものよね?
 そもそも、ミスコンなんてこんな低俗なことを許可するなんて……伊織、あんた何を考えているのよ?
 暴動防止にしたってねえ、こんなに大仰にさせる必要はないじゃない。あくまでパフォーマンスにすぎないのでしょう?
 舞台から子兎ちゃんがおりると、きっと砂糖女が仕組んでいたのね、そこには幼馴染の蟻さんが待機していた。
 それから、子兎ちゃんとばっちり視線が合うと、いまいましげに顔をゆがめ口を開こうとする。
 わたしは、横にいる極楽鳥の腕をぐいっとつかみ、顔を引き寄せる。
「ポチ、頼んだわよ」
 そして、きっとにらみつける。
 すると、極楽鳥はひくりと頬をひきつらせた。
「いや、だから、その呼び方決定なわけ? もうっ、おひいさんは」
「いちいち口答えしない、極楽鳥のくせに」
「……はいはい」
 たたみかけるように言ってやると、極楽鳥はあっさり引き下がった。
 どことなく面倒くさそうに、ぽてぽて歩いていく。
 まったく、しゃきっとしなさい。そして、さっさと行きなさい。
 じゃないと、子兎ちゃんが危ないじゃない。
 よりにもよって、あの蟻さんにつかまっちゃっているんだから。
 つきさすように怒りをのせて極楽鳥の背をにらみつけると、なんだか急にしゃんとして、観衆をするするかきわけ、もうすっかりその姿が消えてしまった。
 それを確認すると、今度は伊織の腕をぐいっと引く。
 伊織とばっちり視線が合い、互いにこくりとうなずきあう。
「ちょっと、お待ちなさい!」
 そして、次の瞬間、そう叫んでいた。
 すると、一次予選の結果にわくその場が、一瞬で静まりかえった。
 舞台上で進行する司会役の生徒がぴたりと動きをとめ、訝しげにわたしを見下ろしてきた。
 まあ、わたしを見下ろそうなんていい度胸じゃない?
 すっと一歩足を踏み出すと、まわりにいた生徒たちはさっと道をあけた。
 まあ、いい心がけね。
 そうよ、わたしの歩みを邪魔だてしようなど、そんな無礼で愚かなことは考えないことね。
 ざっとあけられた道を、颯爽と歩き出す。
 そして、やはり華麗に舞台に上がると、ぽかんと間抜けに口を開けている司会の男子生徒からマイクを奪い取った。
 瞬間、司会役の生徒ははっと我に返ったように乱暴に叫ぶ。
「え? ちょ、ちょっと、君! いきなり何を――」
「お黙りなさい」
 わたしの毅然とした態度におそれをなしたのか、司会役の生徒はかっと顔を真っ赤にした。
 そして、愚かにも、わたしの手にあるマイクを奪い返そうと手をのばしてくる。
「ふざけるんじゃな――」
 けれど、そこまで叫んで、ぴたりと言葉をとめた。
 口をとざしたかと思うと、真っ赤だった顔が忙しなくさあと青ざめていく。
 それから、もみ手をしながらさささっと後ずさっていく。
「い、いや、はい、どうぞどうぞ。どうぞご自由にお使いください」
 そう言うと、男子生徒は転げるように舞台からおりていった。
 あらまあ、滑稽ね。
 はじめからそうして素直にわたしに従っていればよかったものを。
 そうすれば、こんな無様な姿、大衆にさらすこともなかったでしょうに。
 でも待って。背に感じるこの気配は……。
 くるっと振り向くと、そこにはにっこり笑う伊織が立っていた。
 ……あら? これってなんだかおもしろくないわ。
 つまりは、わたしではなく、伊織に恐れをなして逃げていったということになるじゃないっ!
 この無礼者っ!
 舞台上に残っていた砂糖女は、度肝を抜かれたようにそこに間抜けにつっ立っている。
 どうやら、この展開は想像できていなかったようね。
 悪巧みをするわりには、詰めが甘いわよねえ。
 その時だった。
 舞台下から、怒り狂ったような叫び声が聞こえてきた。
「鹿野倉! お前、また邪魔しやがって! 迷惑なんだよ、消えろよ!」
「ちょ……っ、裕太くん、待っ……」
 舞台上のわたしを指差し怒鳴り散らす蟻さんを、子兎ちゃんがあわててとめようとする。
「うるさいな、真由子! お前も邪魔だよ。あんな女に取り入って、目障りなんだよ!」
 蟻さんは子兎ちゃんを怒鳴りつけ、どんと突き飛ばす。
「ひどい……っ」
「うっとうしい」
 衝撃を受けたように目を見開きつつよろける子兎ちゃんに、蟻さんは汚らわしそうにはき捨てた。
「ポチ、子兎ちゃんを確保!」
「了解!」
 蟻さんにつきとばされ倒れそうになる子兎ちゃんを、人垣の中から現れた極楽鳥がさっと抱きとめる。
「……え? 鬼海先輩?」
 どうやら、言いつけ通り、そばで見張っていたようね。
 極楽鳥にしてはなかなかやるじゃない。
 それでこそ、わたしのポチよ。
「大丈夫?」
 ぱちくりと目をしばたたかせ、鳩が豆鉄砲を食ったように驚く子兎ちゃんに、極楽鳥はにっこり微笑んでみせる。
「は、はい、ありがとうございますっ」
 子兎ちゃんはぽっと頬を染め、恥ずかしそうに慌ててそう礼を言った。
 わたわたと慌て、ぎこちなく極楽鳥の腕から出ようともがく。
 その子兎ちゃんを逆にがっちり抱き寄せ、極楽鳥は蟻さんをぎろっとにらみつけた。
「ポチ、それはひとまず捨て置きなさい。あとで処分するから」
「へーい」
 優雅にそう命令を下すと、極楽鳥はにらみつけることをやめ、相変わらず不愉快な調子で返事をした。
 まったく、どんな時でも不謹慎よね、この極楽鳥って。
 まあ、でも……うふふ、その調子よ。
 そのまま邪魔な外野を見張っていてちょうだい。
 小物はポチに見張らせておくのがいちばんよね、やっぱり。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:09/01/29