いい女よ、あなた
いじわるでもいいじゃない

 子兎ちゃん確保を確認すると、マイクを握りなおしすっと口元へ持ってくる。
 それから、すうっと小さく息を吸い込み、吐き出しながらゆっくり告げる。
「本当に、うすらとんかちばかりね。特にそこのあなた、あなたの目は節穴ね」
 舞台下で極楽鳥ににらみつけられる蟻さんを、すっと指差す。
 ざわりと、ギャラリーが小さくざわついた。
 そして、わたしの指し示す先、蟻さんへ一同の視線が注がれる。
「いい、よくお聞きなさい。真に美しい女というものは、自分に自信を持ち気高い女のことをいうのよ。そうね、裏でこそこそ陰湿な嫌がらせや悪巧みをするような女でないことだけはたしかね」
 さす指をすっと戻してきて、マイクを持つ手にそっと重ねる
 それから、ちらりと、舞台端で呆けている砂糖女を見る。
 瞬間、砂糖女の顔がかっと真っ赤に染まった。
「な……っ!?」
 思わずあげたその声に、今度は砂糖女に一気に視線が注がれる。
「あらいやだわ、墓穴」
 くすりと笑い、おどけるように言ってあげた。
 もちろん、マイクを通しているから、ここに集まるギャラリーにはとってもはっきり聞こえていることでしょう。
 じりっと一歩後ずさり、砂糖女はとりつくろうように平然を装おうとする。
 けれど、その姿は、どこからどう見ても不自然でぎこちない。
「な、何のことよ? いきなり乱入してきて、よほどあんたの方が品に欠けるじゃない。というか、自分がどれだけ迷惑を撒き散らしているか気づいていないわけ!?」
「あら、そのような言葉、わたしの辞書にははじめから存在しないわ」
「最っ低!!」
 ころころ笑うわたしに、砂糖女は狂ったように怒鳴り散らす。
 その醜い姿、ますますわたしの興をさそってよ?
 マイクを通してくすくす笑うわたしの横に、伊織がすっとよりそってきた。
 あら? いきなりどうしたのかしら?
 せっかく調子がでてきたというのに、まさか邪魔する気?
 伊織のくせに、生意気よ。
 わたしの楽しみを奪うと、後が怖いわよ?
「ほら、伊織!」
「ああ」
 伊織の行動を確認しそう言って、極楽鳥は舞台下から何かを伊織に向けて放り投げた。
 それを、伊織は難なく受け取る。
 伊織の手に持たれているそれ、DVDケースじゃない。
「伊織? そのDVDは?」
「ああ、犯行の一部始終をおさめた証拠映像だよ」
 こつんと指でDVDをはじき、伊織は得意げににやりと笑ってみせる。
 思わず、目をぱちくりとしばたたかせ、次の瞬間にはわたしもにやりと笑っていた。
「まあ、素敵」
 そして、わたしにしては珍しく、手放しで伊織を誉めてあげる。
「は、犯行って……!?」
 けれど、伊織のその愉快な言葉に笑えないのがこの女、砂糖女。
 必要以上に大きなリアクションをとり、叫んでいた。
 また、ざわりと会場がどよめいた。
 ますます、観衆の視線は砂糖女に集まる。
 伊織はその嘘くさい笑みをすっとひっこめ、蔑むように砂糖女をちらりと見る。
「なめられたものだね。君が階段を踏みはずしたふりをして飛び込んできたあの時から手を打ってあるよ。画鋲やカミソリを仕掛けたり、靴を隠した現場もちゃんとおさえてある」
 あら、伊織、やっぱり気づいていたのね。
 あれは、わざとだったって。
 だったら、さっさと振り払えばよかったのに、どうして砂糖女になされるがままになっていたのかしら。
 ……面白くない。
 これは、事が片づけば、徹底的に洗い出す必要があるようね。
 まさか、どんなに気に入らない女でも、抱きつかれたらやっぱり嫌な気はしないとか、そんな最低男のようなことは言わないわよねえ?
 言ったら、覚えていなさい、その時はただじゃおかないから!
 伊織が触れていいのは、わたしだけなのよ!
 というか、そこまで気づいていたなら、わたしにこんな怪我をさせないでよね。
 あら? でも待って。伊織がみすみすわたしにこんな怪我を負わせるはずがないから、まさかここまでは予測できていなかったということかしら? そこまでの度胸はないと踏んでいたのね?
 だったら、伊織のはらわたは今頃……。
 あらら、いやだわ。そう思うと、なんだか顔がにやけてきちゃうじゃない。
 だって伊織は、わたしのために怒っているんだもの。
 それにしても、監視カメラを仕掛けていたって、伊織、あなた……。
 まあ、だから、あんなに早く、隠されているはずの靴を見つけ出すことができたのね。
 そこだけは、ちょっと不思議だったのよね。
 伊織のくせに、抜かりなくてちょっぴりおもしろくないわ。
「……この腹黒」
 思わず、ぼそりとそうこぼしていた。
 けれど、マイクはオンのままだから、思い切り会場中に聞こえていたようだけれど。
 でも、そんなの関係ないわ。
 だって、この男ってば、それでもにっこりとわたしに微笑みかけてくるのだもの。
 その微笑ひとつだけで、たいていの者たちは誤魔化せてしまうわ。
 ごほんとひとつ咳払いをして、気を取り直す。
 ここで伊織の腹黒っぷりに呆けている場合じゃないもの。
「そうそう、子兎ちゃん、見極められたかしら?」
 すっと舞台下へ視線を落とし、極楽鳥に支えられたままの子兎ちゃんを見る。
 口の端を小さく上げにっと笑むと、子兎ちゃんはきょとんと首をかしげた。
 まあ、にぶにぶだわねー。
 ふうっと小さくため息をつくと、子兎ちゃんはようやく理解したらしくこくんとうなずく。
 そして、極楽鳥に牽制されたままの蟻さんをちらっと見て、自嘲気味に笑った。
「わたし、男を見る目がなかったね」
 ぽつりと、けれど吹っ切るように子兎ちゃんはつぶやいた。
 その姿は、どことなく清々しくも見える。
 支える極楽鳥の腕から、ゆっくり体をはなしていく。
 その様子を見て、わたしはにっこり微笑んでいた。
「でも、いい女よ、あなた」
「え……?」
 子兎ちゃんは、まさかわたしからこのような言葉がでるとは思っていなかったらしく、狐につままれたようにじっと見つめる。
 まったく、失礼ね。
 でも、本当にいい女よ、今の子兎ちゃんは。
 ちゃんとわかっているもの。気づいたもの。
 自分を大切にしてくれる人を見極められなければ、それはたんなる愚かな女。
 賢い女は、幸せがどこにあるか、ちゃんと知っているわ。
 くすりと耳元で笑う声に気づいたのか、子兎ちゃんはばっと振り返り、楽しげに笑う極楽鳥を見た。
 ばっちり極楽鳥と視線が合い、子兎ちゃんは何かにぴんと気づいたように、かあと顔を真っ赤にしていく。
 すると、極楽鳥は子兎ちゃんの頭をぽんとかるくなでると、子兎ちゃんをおいてゆっくり舞台へ上がってきた。
 すれ違い様、嘲るようにちらっと砂糖女を見て、伊織の横までやってくる。
 それから、伊織が手に持つDVDを、こつんと小突く。
「ところで、お嬢ちゃん、おひいさんじゃないけれど、これはいただけないよなー」
 極楽鳥は砂糖女にすっと視線をくれてやり、こつこつと、またDVDを小突く。
 そして、もう一度こつんと小突こうとした時、伊織がそれをすっと引っ込め、空振り。
「鬼海先輩!? な、何を……っ!」
 恨めしそうに伊織を見る極楽鳥の向こうで、必要以上にたじろぐ砂糖女がいた。
「まあ、人にさせずに自ら行動したところだけは、誉めてあげてもよくってよ」
 わたしはすっと伊織に寄り添い、ころころ笑い出す。
 やっぱりマイクを通しているものだから、会場中にわたしの可憐な笑い声がよく響くわ。
「いや、おひいさん、根本的にいろいろと間違っているから」
 何やらすぐそこで極楽鳥が失敬なことを言っているようだけれど、今はなんだか気分がいいから、あえて流しておいてあげるわ。
 ありがたく思うことね。
 けれど、とりあえず、極楽鳥のすねをさりげなく蹴っておくわ。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:09/02/07