往生際が悪いわね
いじわるでもいいじゃない

「それにしても、どうしてこのような低能なことをしたのかしら?」
 見下すように砂糖女へちらっと視線を流し、くいっと首をかしげる。
 すると、砂糖女はいびつに顔をゆがめ、悔しそうにぎりっと奥歯をかんだ。
 それから、がばっと顔をあげ、わたしをきっとにらみつけてくる。
 垣間見せたおぞましい姿が嘘のように、胸の前できゅっと両手をにぎり、ぶりっとしなを作ってみせる。
「鹿野倉さんは、ずるい!」
 それから、目にぶわっと涙をため、あたかも被害者の如く辛そうな顔をつくる。
「……はあ?」
 思わず、わたしとしたことが不覚にも、そんな美しくないすっとんきょうな声をあげてしまった。
「鹿野倉さんばっかり、南雲先輩に優しくされて、ずるい!」
 砂糖女は、さらにたたみかけるようにそう続ける。
 それはまるで、すべての女子がそう思っていて、それを砂糖女が代弁してやっているとでもいう口ぶり。
「何のことかしら? 伊織はわたしの下僕なのだから、わたしに従うのは当然のことよ」
 思い切り馬鹿にして、言い放つ。
 本当に、わかっていないわね。
 伊織はわたしのものなのだから、どのように扱おうとわたしの勝手じゃない。
 あなたたち外野がとやかく言うことじゃないわ。
「鹿野倉さんがそんなのだからいけないのよ。南雲先輩を何だと思っているのよ!」
「わからない人ね。伊織はわたしの下僕だと言っているでしょう」
 眉間にしわをよせ、きっぱり言い放つ。
 本当に、この砂糖女、ぶりぶりだけじゃなく、わからんちんなのかしら。
 さっきから、まったく話がかみ合っていないわよ。
 この見た目女、見た目通り、おつむがちょっと弱いのかしら?
 というか、人の話はちゃんとお聞きなさい。
 伊織は何って、だから、わたしの下僕なのよ。それ以外ではないわ。
 わたしにつくすことは、ごくごく当たり前のことなの。
 けれど、そんなことはおかまいなしに、砂糖女はなおもぶりぶりと悲劇のヒロインぶって続ける。
「ひどいよ、南雲先輩を独り占めにして。いつも南雲先輩と一緒で悔しかっただけだもん。わたしだって、南雲先輩のこと好きなのに!」
 しまいには、そう叫びながら泣き出してしまった。
 両手で顔を覆い、大仰にわあと泣き出す。
 泣き叫べば同情をひけるとでも思ったのかしら? 安易ね。
 その証拠に、ほら、ここにいるギャラリーの生徒さんたち、なんだか微妙な顔をしているじゃない。
 あらら? なんだかムカムカしてきたわ。
 これって、あれじゃないかしら?
 責任転嫁。……いいえ、言いがかりじゃない!
「あら、自爆」
「こらこらこら」
 ムカムカをおさえけろりとつぶやくと、何故だか伊織が呆れたようにわたしの口を手でふさぐ。
 けれどすぐに伊織の手を振り払い、どんと胸を押す。
 ぎろっとにらみつけてやると、伊織は大きく肩をすくめてすっと一歩後退した。
 そうしてすぐに引くくらいなら、はじめから邪魔しないでちょうだい。
 せっかく愉快にこの砂糖女を追い詰めていっていたのに。
 砂糖女は泣いていたかと思うと、また顔をあげわたしをにらみつける。
「それに、南雲先輩だけじゃなく、桐生くんをたぶらかし、鬼海先輩まであごで使って……っ!」
「え!? 俺も含まれるの!?」
 砂糖女のその言葉に、必要以上に反応したのが極楽鳥だった。
 しかも、何故だか、わたしの顔色をうかがうのじゃなく、伊織の顔色をひどくびくびくした様子でうかがっているわ。
 まあ、これだけ恐ろしい形相で伊織ににらみつけられたら、気にもなるでしょうけれど。
「い、いや、ほら、俺、犬だし、ポチだし、人間扱いされていないし、な!? 伊織!」
 そして、すがるように伊織の腕をにぎると、次の瞬間にはさっくり乱暴に振り払われていた。
 あらまあ、極楽鳥、伊織に嫌われたものねー。
 伊織に冷たくあしらわれ、極楽鳥は「いやーん。伊織に目をつけられるのだけは嫌ー!」と泣き出してしまった。
 まったく、情けない男ね。
 そんなにへたれているから、極楽鳥、ポチどまりなのよ。下僕に昇格できないのよ。
 大きくため息をつくと、手に持つマイクでくいっと砂糖女をさす。
 まったくもう、往生際が悪いわね。
 仕様がないから、教えてあげるわ。
「あなた、今の自分をよくご覧になって? とっても滑稽よ」
「こら、緋芽」
 面倒くさげにそう告げると、また伊織がとめに入ってきた。
 いえ、もしかして、これはとめているふりをしているだけかしら? 今気づいたけれど。
 だって伊織、わたしをとめようとする時はいつも、もっと強くでてくるもの。
 これって、全然本気じゃないわ。
 一応、たてまえ上は、とめているパフォーマンスをしているにすぎないみたい。
 何故そうしているのかは、いまいちわからないけれど……。
 ううん、もしかして、伊織もわたしと同じくらい腹が立っているのかしら?
 そういえば、伊織、保健室へ駆け込んできたあの時――。
 今も、伊織はそうだと気づかれない程度に震えている?
 どうやら、伊織の怒りは半端じゃなかったみたい。わたし以上だったらしい。
 わたしのことでこんなに怒るなんて、なんだか胸の奥がじんわりくすぐったいじゃない。なんだか心地いい。砂糖女をいたぶることなんて、もうどうでもよくなってくる程度に。
 伊織がわたしのために……。それだけで、何故だか満足できちゃいそう。
「あなたが伊織のことをどう思っているかは、はっきり言ってわたしにはどうでもいいことよ。けれど、だからって、このように愚行にはしるほど落ちぶれていたとはね。男をはべらすだけじゃあ物足りなかったのかしら?」
「な……っ!? ひどい、ひどいよ、鹿野倉さん。あゆのこと、そんなふうに思っていたの? あゆのせいじゃないもん。男の子たちが、嫌だって言っているのにあゆにかまってくるんだもん!」
 砂糖女は真っ赤だった顔をさあと真っ青にして、けれど先ほどよりも勢いをまし、迫るように怒鳴る。
 そして、悲劇のヒロインぶることだけは忘れない。
 その姿、なんだかもう、いっぱいいっぱいといった感じね。
 それにしても、その言い訳はあるかしら、その言い訳は。
 ほーら、ご覧なさい、ここにいるギャラリーのみなさん、一斉にひいちゃったじゃない。
 おとりまきの蟻さんたちでさえ、なんだか複雑な顔をしているわ。
 けれど、そんな会場の様子に気づくことなく、砂糖女はなおも悲劇のヒロインぶって演説を続ける。
「鹿野倉さん、どうしてそんなにひどいことばかり言うの? だからみんなに嫌われちゃうんだよ。みんな、鹿野倉さんのことを何と言っているか知っている? 鹿野倉さんは――」
「ストップ」
 そこまで言いかけた時だった。
 ふいに砂糖女の口がふさがれた。


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update:09/02/16