愚弄するにもほどがあるわよ
いじわるでもいいじゃない

 砂糖女の口をふさいだのは、うちのクラスの体育会系女子だった。
 エントランスホールで落ちたお花を花瓶に処分した時わたしを見ていた、そして白雪姫の配役決めの時桐生を援護したあの女子。
 なんだか、呆れたように、けれど怒りをちょっぴりにじませて砂糖女を見ている。
 その後ろから、やっぱり見慣れた顔がばらばらやって来る。
 その中に、桐生の姿もある。
 いちばん最後に、子兎ちゃんが舞台に上がってきた。
 ははーん、そういうことね。
 子兎ちゃんたら、クラスの女子たちを連れてきたのね。
 けれど、どうして?
 この場合、クラスの女子を連れてきても何の役にも立ちはしないというのに。
 むしろ、迷惑よ。
 わたしの愉快な遊びを邪魔されかねないもの。
「橘、あんた言いすぎだよ。っていうか、勝手にわたしたちのことまで決めつけないで」
 砂糖女の口から手をはなしながら、体育会系女子は吐き捨てるように言い放つ。
「たしかに、鹿野倉さんはこんなのだけれど、誰も嫌ってはいないよ。ある意味、恐れてはいるけれどね。それに、あんたが言うほどひどい人じゃないよ」
「そうよねえ、わたしたち知っているもの。鹿野倉さんは、落ちている花を拾い花瓶に戻したり、生徒指導に絡まれている男子生徒を助けたりと、さりげない気遣いができる人だよ。誰も気づかなかったことに気づいて、誰もがさけることに勇気を出して手をさしのべられる人だよ」
 体育会系女子の後ろから、違う女子がそう口ぞえする。
 それにあわせ、この場にやって来た女子たちが、口々になんだか不愉快なことを言いはじめる。
「別に誰に迷惑をかけているわけじゃないじゃない。まあ、南雲先輩は犠牲になっているけれど」
「ついでに、鬼海先輩はおもちゃにしているよね」
「おまけに、桐生は勝手に玉砕しただけだしね」
 さらりとそんなことを言われた瞬間、桐生の体がびくんとはねた。
 そして、きょろきょろ辺りを見まわし、もの言いたげにその言葉の主をさがす。
「橘、あんた、見苦しいよ」
 体育会系女子は眉間にしわを寄せ、不快げにきっぱり告げた。
「それに、あんたが言う最低女の鹿野倉さんより、あんた卑怯なことをしているじゃない。……陰湿すぎるよ」
 そして、ふるんと首を小さくふり、あわれむように砂糖女を見る。
 な、なんだか、流れがまずくなってきたわね。
 わたし、そんなことを言われる覚えなんてないわよ。
 そんなこと、望んでなんていないわよ。
 どうして、なんだかわたしがかばわれているふうなの!?
 許せないわ。
 この鹿野倉緋芽さまのプライドを、傷つける気かしら?
 なんて無礼な人たちなの!
 それに、わたしの楽しみを奪わないでちょうだい!
 静かに憤るわたしの肩を、伊織がぽんとたたいた。
 ちらっと顔を見上げると、伊織は妙に優しい目でわたしを見つめている。
 その目に思わずけおされそうになったけれど、ぐっとおしとどまり、きっと気を引き締める。
 ここで惑わされたら、鹿野倉緋芽さま、一生の不覚よ!
 そんな不愉快な言葉、認めるわけにいかないのよ。
 ふっと口のはしを上げ、いつもの余裕に満ちた笑みを作る。
 そして、伊織の腕をとり、そこにしなだれかかるようにもたれかかる。
「あら、みなさん、よろしいのよ。わたし、かばってもらうほど落ちぶれてはいないもの。このようなもの、所詮、たかるはえにすらならないわ」
 さらっと言い放ち、にっこり微笑んであげる。
 すると、やってきたクラスメイトの女子のみなさんが「げ……っ」と顔をゆがめた。
 まるで、何やら邪悪なものを見るような目までしているわ。
 まったく、失礼しちゃうわね。
 同じ向けるなら、おそれおののくような眼差しを向けてもらいたいものだわ。
 それから、女子のみなさんは微苦笑をうかべ、やれやれと肩をすくめる。
 だから、本当に無礼よね、このクラスメイトたち!
 その女子の中から、子兎ちゃんがたっと駆け出し、わたしのもとへやって来た。
 そして、ちょんちょんとわたしの制服の袖を引っ張り、こそっと耳打ってくる。
「みんな、ちゃんとわかっているよ。鹿野倉さんは本当は優しいって」
「……なっ!?」
 子兎ちゃんはそんな無礼なことを言うと、にっこり笑って女子の中へ戻っていった。
 わたしはただ、子兎ちゃんにささやかれた耳をおさえ、目を白黒させるほかできなかった。
 不覚にも、今のわたしの顔、きっとまっかっかよ。
 本当、なんて失礼な子兎なのかしらっ。
 見ると、クラスメイトの女子のみなさんまで、なんだか微笑ましそうにわたしを見ているわ。
 な、なんたる侮辱! 屈辱だわ!
「まったく、そろいもそろって無礼者ばかりね。わたしを愚弄するにもほどがあるわよ!」
 あまりの怒りのためにそう叫ぶと、みんなくすくす笑い出した。
 な、な、なんて失礼な者たちなのかしら。このわたしを笑おうなどとは。
 その罪、万死に値する大罪よ。
 この無礼者どもがー!!
 あまりの悔しさに、わたしは伊織を突き飛ばし、舞台の上から華麗にひょいっと飛び降りそのまま駆け出していた。
 ギャラリーたちがさささっと開けた道を、全速力で駆け抜ける。
 もうどこでもいいから、穴があったら入りたいわ!
 穴がなくたって、自ら掘るという美しくないことをしてでも入りたいわ!
 顔から火が出るとはこのことよ。
 こんなに恥ずかしいことってないわー!
 わたしは、鹿野倉緋芽さまよ。こんなことで動揺するなんて、するなんて……信じられないー!!
 走り去るわたしを、伊織は呆れたように優しい目をして見ている。
 それを、何故だかわたしは背でひしひし感じていた。
 だから、余計に恥ずかしい。
 わたしが人垣に消えたことを確認すると、伊織はクラスメイトの女子たちにすっと体を向けた。
「君たち、助かったよ、ありがとう」
 そして、何故かそう礼を言う。
 クラスメイトの女子たちが、慌ててびしっと姿勢を正した。
「い、いえ。とんでもないです!」
 一斉に、恐縮したように叫ぶ。
 すると、伊織は持っていたDVDを極楽鳥におしつけ、そのままだっと駆け出す。
 それに気づいた桐生が、慌ててその後を追おうとした。
「桐生くんは行っちゃだめ」
 けれど、女子の一人がそう言って、走り出そうとする桐生の腕をぐいっと引っ張る。
「な、何でだよ!?」
 引っ張る腕を振り払おうと、桐生が大きく手を振り上げようとした時だった。
 今度は違う女子に、反対側の手もぐいっとつかまれた。
「桐生、これ以上しつこくしたら、南雲先輩の逆鱗に触れるよ」
「それに、気づいているんでしょう? 鹿野倉さんの気持ち」
 ずずいっと他の女子たちも桐生に詰め寄り、神妙な面持ちで諭す。
 桐生は悔しそうに両腕をつかむ手をぶんと振り払い、その場で力まかせに叫んだ。
「ちっくしょーっ!!」
 一人雄叫びを上げる桐生を、女子たちはやれやれと見守っている。
 それから、少しだけ体に緊張をはしらせ、再び神妙にささやき合いはじめる。
「というか、南雲先輩が怖くて、とてもじゃないけれど鹿野倉さんに喧嘩を売る勇気なんてないわよね」
「そうそう、南雲先輩の気持ちなんて明白だもん」
 互いにそう確認しあうと、こくこくうなずき合う。
 それを横目に胸をなでおろしながら、極楽鳥があっけらかんと言い放った。
「いや、本当助かったよ。このDVD、はったりだったから」
 手に持つDVDを、極楽鳥はぱちんとゆるくパンチする。
 瞬間、その場は水を打ったように静まりかえった。
 ところで、もしかして、あのある意味恐れてはいる発言のある意味って、このことだったのかしら……?
 遠くの方で聞こえた雄叫びの原因と、そんなやりとりがあったことを、後に子兎ちゃんがおせっかいにも耳打ってきた。


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update:09/02/25