恋人契約
(3)

 それからまた、月日は流れた。
 月日が流れるのは早いもので、わたしが海と契約をかわしてから、もう半年が過ぎようとしている。
 
 海が言ったことは嘘じゃなかった。
 行きたいところにはどこでも連れて行ってくれたし、欲しいものは何でも買ってくれた。
 わたしから……そうして欲しいと言ったわけじゃないのに、何故だか海は実行してくれたの。全て。
 それはまるで、何でも知っているというように。
 多分……きっと……物欲しそうにしているわたしがそこにいて、ぴんと察したのだろうけれど。絶対。
 だけど、それだけで百発百中で願いを叶えてくれるのだから、海ってやっぱりすごい。
 エスパー? 魔法使い?

「早ー紀。はい。おみやげ」
 そう言って、海は文学部の学舎にひょっこり現れた。
 階段教室の中腹辺りに座るわたしの顔を、後ろからのぞきこむように。
 その手に、あたたかいミルクココアのカップを持って。
 すぐそこの自動販売機で売っている、カップココア。
 ゆらゆらと湯気を上げ、とってもあたたかそうでおいしそう。
 あまい香りが、わたしを誘惑する。

「海!? え? どうして!?」
 わたしの前に差し出されたココアを受け取りながら、まじまじと海を見つめる。
 すると海は「持ってて」と言って、もう片方に持っていたコーヒーの入ったカップをわたしに手渡してきた。
 そして、軽々とひょいっと机を乗り越え、わたしの横にすとんと腰を下ろす。
 なんとも鮮やかな早業。
 そして、「ありがとう」と言いながら、面食らっているわたしの手から、すっとコーヒーのカップを抜きとった。
 ふうと一吹きして白い湯気をいじめ、こくっと一口口にふくむ。
「やっぱり、そろそろあたたかいものがおいしい季節だよね?」
 そう言って、にっこり微笑んだりして。
「そ、そうじゃなくて。どうして海がここにいるの?」
 さっき海から手渡されたココアをきゅっとにぎりしめ、まじまじと海を見つめていた。
 だって、海は経済学部でわたしは文学部。
 ここは、普段海がいる場所じゃない。
 わたしたちがキャンパスで会う時は、決まってあそこ。
 桜の木の下。
 そのはずなのに……?

「今日はもう講義はないだろう? だから、どこかに行こうと思って誘いに来た」
 当たり前のようにそう言って、やっぱりにっこりと微笑む。
 そして、こくこくとコーヒーを飲む。
 その仕草をじっと見つめるわたしに微笑みかけ。
「そうじゃなくて。海も今まで講義があったでしょう? どうしてこんなに早く? 瞬間移動でもしたの?」
 そうやって真剣に海に迫るわたしに、海は吹き出した。
 ぷって。
 ひどい。わたしは、真剣なのに。
 そして、「早紀って、案外おもしろいよね?」なんて、少し馬鹿にしたようにくくって笑ったりして。
 そんな海の態度がやっぱり悔しくて、ぷうと頬をふくらませながら、ココアを口に含む。
 すると、口いっぱいに甘いココアが広がっていく。

 ……悔しいなあ。
 海ってば、わたしがココアを好きなの、知っていたな。これは……。

 そうやって、すねたように海を見ていると、背後で、こほんと咳払いが聞こえた。
 それではっとなり、慌てて振り向く。
「あ……。ごめん。奈々恵(ななえ)! 忘れてた」
 振り向いたそこには、今まで一緒に講義を受けていた友達の奈々恵が、皮肉るような表情を浮かべ、わたしを見ていた。
「別にいいわよ。そりゃあ女友達なんて、男の前では塵も同じよねえ〜。嗚呼。はかない友情だった。短い関係だった」
 なんてわざとらしく傷ついたようにそう言ってくる。
 
 まったく、もう。奈々恵ってば。
 そりゃあわたし、一瞬――ううん。いっぱい?――奈々恵のことを忘れていたけれど、それはあんまりじゃない?
 いじわる。

「くすくす。冗談よ。早紀。だから、すねないの」
 そう言って、ぐりっとわたしの頭をなでてくる。
 かと思ったら、それはぐしゃぐしゃというものにかわり……。
「ちょっと奈々恵! やめてよ。これって明らかに、あからさまにいやがらせでしょう!?」
 コトンとココアを机の上に置き、両手で奈々恵の手をがしっとつかむ。
 わたしの頭をぐしゃぐしゃとなでる奈々恵の手を。
「あれ? どうしてわかっちゃうかなあ?」
 驚いたように目を見開く奈々恵。
 わからないわけないじゃない。まったくもう。
「もう。髪の毛ぐしゃぐしゃ!」
 持っていた奈々恵の手をぶんと振り払い、ささっと手櫛で髪を整える。
 だけど、うまい具合に整ってくれない。
 うう……。ちょっとショック。

 そうやって、急にしゅんと静かになると、それを見ていた海がやっぱりくすくすと笑い出した。
 もう。ひどい!
 これは、笑い事ではすまされないのよ!?
 年頃の女の子にとっては。
 まったく、わかっていないわね。
 ぎんと海をにらみつけたら、海ってば「かわいいからいいじゃない」なんてにっこりと微笑んできた。

 な、な、な、何を言うのよおっ。言うにことかいて! 海の馬鹿!!
 だからやっぱりわたしは、ぎろっと海を余計ににらみつける。
 当然、顔は真っ赤になっちゃっているけれど……。

 そんなわたしたちを見て、わたしの背後で、奈々恵がぼそっとつぶやいていた。
 思いっきり呆れたように。
「ったく。この恋人たちは……」
 奈々恵のその言葉が耳に入ってきた瞬間、わたしも海も見つめ合っていた。
 少し驚いたように。だけど嬉しくって。
 それってば、つまり、わたしたちはちゃんと、恋人同士に見えているってことよね?
 そう思っていたら、奈々恵はさらにつぶやく。
 おもしろくなさそうに。皮肉るように。
「人の前でいちゃつかないでよね。本当、仲がいいのだから。こんなカップル、なかなかお目にかかれないわよね」

 奈々恵……。
 その言葉は、わたしをとても嬉しくさせるよ。
 思わず、涙があふれてしまうくらい。
 だって、それってつまりは、本当の恋人たちより、よっぽど恋人らしいということよね?
 ……だったら、嬉しい。
 それはすなわち、わたし、ちゃんと海の役に立っているということだから。
 ちゃんと契約内容を遂行できているということだから……。

 くすくすくすって、わたしも海も笑っていた。
 こくこくと、残りのココアとコーヒーを飲みながら。
 そんなわたしたちを、奈々恵はやっぱり面白くなさそうに見ていたけれど。
 ――ごめんね? 奈々恵。
 そう言ってくれたことはとても嬉しいけれど、わたしたち、本当は恋人同士じゃないんだ。
 嘘の……偽物の……かたちだけの契約恋人――


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update:04/03/18