恋人契約
(5)

「見つかってしまったみたいだね……」
 ふるふると震え、必死で謝るわたしに、海はそう言ってゆっくりと近づいてきた。
 そして、ふわっと肩を抱き、寝室の外へと促す。
「気にしなくていいよ。いつかはわかることだったし……」
 じわりと涙がにじんだわたしの目を、海は優しくぬぐってくれた。
 それが嬉しくて、だけど申し訳なくて、余計に涙がこぼれてしまう。
 こんなの駄目だって卑怯だってわかっていても……でも、とめられない。涙だけは。

「話すよ。ちゃんと。早紀と契約を結んでいる以上、やはり早紀に教えないのはフェアじゃないと思うから」
 そう言って、わたしを優しくソファに座らせ、自分も横に座り、きゅっとわたしを抱きしめる。
 そして、やっぱり優しく、だけどどこか切なそうに見つめてくる。
「海……?」
 そんな海を、きっとこの時のわたしは、不思議そうに見つめていたと思う。
 だって、本当に不思議だったから。
 どうして海がこんなことを言うのか。
 どうして話してくれるのか。
 どうしてこんなに優しいのか。
 理由は必要なかったのじゃないの?
 理由はなかったのじゃないの?
 だってわたしたちは、偽りの恋人同士だもの。

「あの日……あの桜の日。卒業したら結婚しようと思って、プロポーズするはずだった。だけど、プロポーズする前に、指輪を渡すことすらできないまま……別れた。知らなかったんだ。まさか……他にもつき合っている男がいたなんてね?」
 海はそう言って、淋しそうに微笑んだ。
 いまだ流れ続ける、わたしの涙をくいっとぬぐいながら。
 本当は……わたしなんかより、海の方がずっとずっと辛いんじゃ、苦しいんじゃないの?
 そして、まだ……その人が好きなのね。きっと……。
 その指輪を、今もまだ持っているのが……その証拠。
 なのに、どうしてわたしに優しくしてくれるの?
 優しくされればされるほど、やっぱり苦しくなるよ。
 いろんなところが……。
「それで、どこかむなしくて、淋しくて、あの桜の下でぼうっとしていたら、早紀がやってきた。気づけば、声をかけていた。つき合おうって。ただ、自分のこのむなしさや淋しさを埋めたくて、早紀にすがってしまっていた。――ごめん。今まで黙っていて。嘘をついていて」

 本当は、ずっと言おうと思っていた。
 だけど言えなかったんだ。
 言ってしまえば……そこで契約が終わりだと思ったから。
 俺にはまだ……もう少し、せめて来年の春までは、誰かのぬくもりが必要だったから。
 エゴだってわかっているけれど……だけど求めていた。すがってしまった。早紀に。
 早紀の優しさに甘えている。

 そうやって、海はわたしに全てを吐露してくれた。
 それが、海の告白。
 わたしに隠していた本当のこと。
 だけど、それでわかった。
 今、ようやく。
 だからわたしはあの時、首を縦にも横にも振ることができなかったのだって。
 だってそれは……海がわたしに求めてくれたことだったから。
 辛い中、わたしをみつけて、すがったことだったから。
 それはきっと……真剣だったんだ。
 その時の思いは。
 めちゃくちゃだけれど、求める心だけは本物だった。
 それがわかると、わたしはこのまま嘘の恋人を続けてもいいんだって思えるから不思議。
 思っていいのよね? 海……。
 ううん。思っちゃうわよ。
 あと少し、あと四ヶ月は、海はわたしの恋人だからね。


 本当のことを言われても、嘘をつかれていたとわかっても、契約を解消しようとも、したいとも思わない。
 海はそれを恐れて黙っていたみたいだけれど……。
 もっと早くに教えてくれていたら……とは思うけれど、それだけ。
 だって、知れたから。海のこと。
 わたしは、それだけで十分よ?
 知りたいの。教えて欲しいの。
 何でもいいから、海のこと。
 一年だけの恋人だけれど、その間、知れることなら何でも知りたい。
 海のことだから……。
 海だから――

 それは、たとえ偽りでも、恋人の特権って思ってもいいよね?

 このまま一年の時を迎えるまで、そばにいたいって思う。
 だから、その時まで契約解消はあり得ない。
 そう。あくまでわたしからの、ではあるけれど。
 そばにいたいって思っているから。
 もうずっと……ずっと前から……。

 淋しいなら、その淋しさをわたしが埋めてあげる。
 ――埋められれば……だけれど――
 むなしいなら、そのむなしさを一緒にいて誤魔化してあげる。
 ――うっとうしくなければ……だけれど――
 わたしでいいのなら、ずっとそばにいてあげる。その時がくるまで。
 利用されているってわかっているけれど、そう思うけれど、だけど、わたしがそれでいいって思っているから。
 それを望んでしまっているから……。
 
 わたし、こんなに都合のいい女だったっけ?
 と思わないこともないけれど……もういいや。それでも。
 海のそばにいられるなら。
 海なら都合よく扱われてもいいって思えるから。海なら……。

 海がそれを望むなら、わたし、きっと何だってしてしまうかもしれない。
 海が……好きだから。
 そう気づいたから。気づいてしまったから。
 いつの間にか……好きになっちゃっていたんだよね?

 だから……本当は、嘘の恋人なんて辛い。もう辛いの。
 でも、それを言ってしまうと、恐らく、そこで終わってしまうから。
 海が女よけと言ったあれは、あながち嘘じゃないってわかったから。
 この半年……八ヶ月、一緒にいて、わかってしまったから……。
 わたしは、自分の気持ちを押し殺しても、海の横にすがりつく。
 その時がくるまで。
 少しでも長く一緒にいたいから。
 契約をしている間だけは、海はわたしのものだから。
 ……醜い女なの。わたし――


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update:04/03/26