恋人遊戯
(2)

「本当。こんな奴の一体どこがよかったの? 早紀ちゃん。まだ間に合うわよ? こんな奴捨てて、もっといい男にしなって。何なら、わたしが紹介するけれど?」
 カチャカチャと、フォークとお皿がぶつかる音が響く、朝のダイニング。
 ポテトを口に運びながら、じとりと海をにらみつける空さん。
 さっきはじまった喧嘩は、朝食の今もなお続いている。
「うるさいよ、姉貴。いくら早紀を気に入ったからって、俺からとる権利はない」
 海はそう言いながら、横の席に座るわたしの肩をぐいっと抱き寄せる。

 ……って、ちょっと待って。海。
 人……。人がたくさん見ていますうっ。
 二人きりの時ならいいけれど、こんなにたくさんの前でだなんて。
 しかもわたし、手にコーヒーのカップを持ったまま。
 危ないってばあ。
 もし間違ってこぼしちゃったらどうするの?
 そうしたら、海の膝の上、熱々のコーヒーの海よ?
 やけどしちゃうわよ? いいの?

 海がわたしを抱き寄せた瞬間、ぎらりと空さんの目が輝いた。
 それはまるで、獲物を狩る時の鷹のような……。
 今の海と空さんは、マングースとコブラ。もしくは、犬と猿状態に見えてならないのだけれど……?
 どちらがどっち、とはあえて言わないけれど。

「海。はなしなさい。早紀ちゃんが嫌がっているでしょう」
 そうやって、びしっとフォークを海につきつける空さん。
 海はそんな空さんをふんと鼻で笑い、まるで空さんにあてつけるように、「早紀、あ〜ん」なんて言いながら、フォークにさしたポテトをむりやりわたしの口の中に放り込んでくる。
 それを素直にもぐもぐと食べるわたしも、どうかとは思うけれど……。
 クレープの時もそうだったけれど、わたしは、どうも食べ物の誘惑には弱いみたい。
 ……情けない。

 当然、そんな場面を見せられては、空さんの怒り、倍増。
 がたんと席を立ち上がる。
 その時だった。
「空。いいから席につきなさい。海も。馬鹿なことばかりしていないで。行儀が悪いぞ。早紀さんが困っている」
 今までもくもくと食事をしていた海のお父様が、静かにそう言った。
 その横では、海のお母様が、「おほほほ」なんて、愉快そうに優雅に笑っていたりして……。
 ねえ、ここの家族って、一体?
 お父様の――そうとはあまり思えない――一喝によって、海も空さんも渋々その言葉に従う。
 空さんは悔しそうに再び席につき、海は残念そうにわたしを解放していく。

 わたしは、もう、当たり前のように海の……桜木家の一員として迎えられている。
 それが、とても嬉しい。


 ぽかぽかの陽気差し込む初夏のお昼前。
 大学はもう、前期の試験期間に入っている。
 だけど海もわたしも、卒論さえ書けば卒業ができるから、そんなものは関係ない。
 平日だというのに、海の家のテラスでぽかぽかとひなたぼっこ。
「……まったく。いい加減にしろっていうんだよね。うちの家族。これじゃあ、早紀を独り占めできない。だから嫌だったんだ。ここに戻ってくるの。それなのに、姉貴の奴……」
 悔しそうに頬をふくらませ、ぐいっとわたしを抱き寄せる海。
 それはまるで、ようやくわたしを独り占めできたというようにぎゅっと抱きしめる。
 ほんの三ヶ月前まで望めなかったこれが、今はわたしをこの上なく嬉しくしてくれる。幸せにしてくれる。
 海に触れられたそこが、くすくすと楽しそうに笑っている。

 わたし、ずっとずっと憧れていたのよ。望んでいたのよ。
 こうやって、海が触れてくれること……。
 偽りの恋人の時は、望めないと思っていたから……。
 だけど、もう偽りの恋人でなくなったわたしは……もちろん、望んでもいいことよね?
 海にぎゅって抱きしめてもらうこと。
 とても嬉しい。幸せ。
 この時が、ずっとずっと終わることなく続けばいいのに……。

 そんな思いを抱きつつ、海の腕の中からちらっと海の顔を見てみた。
 すると海は、すぐにわたしの視線に気づき、「何?」とにっこりと微笑みかけてくる。
 これは……変わらない海の仕草。
 まるでそれが当たり前のように、わたしの視線にすぐに気づき、微笑みかけてくるの。
 嘘の恋人の時は、とても辛かったけれど……だけど今は、とっても嬉しくしてくれる。
 嬉しすぎて、きゅって海の胸に思わず頭をもたれかけるの。
 許されているから……。
 今のわたしには、許されているから。
 こうすること。
 こうやって、海を独り占めすること。
 あの時は、まさかこんな時がやってくるなんて思いもよらなかった。
 ただこうやって、海と一緒にいて、海に触れているだけで、こんなに幸せだなんて……。

 わたし、こんなに幸せでいいのかな?
 そのうち、罰があたったりしないかな?
 ……あ。でも、一年間、いっぱいいっぱい苦しんだから、辛かったから、これはもしかしたら、神様がくれたご褒美かもしれないわね?
 海……という名のご褒美。

「でも……やっと早紀を独り占めできるから、まあいいか」
 海は嬉しそうにそう微笑み、ふわりとわたしの髪をすいていく。

 ……気持ちいい。
 海に触れられたそこが。
 海が触れたそこが、さわさわってざわめくけれど、だけどそれはとっても気持ちのいいざわめきなの。

 ねえ、海。
 もっといっぱいいっぱい、触れて?


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update:04/06/01