恋人浪漫
(2)

 ひんやりとエアコンがよくきいた、桜木家のリビング。
 わたしはそこで、ソファにぽすんと身をしずめ、うとうととしている。
 一体、これを何度繰り返したかわからない。
 海と婚約してから……。

 まだ、ほんの四ヶ月しかたっていないというのに、わたしはすでにこの家になじんでしまっているようで……。
 最近では、三日に一度くらいしか家には帰らなくなってしまったし。
 だから、パパもママも、もう諦めているみたい。
 すでに娘を嫁にやった気分だとか何とか言っていたような気がする。
 実際……そのようなものだけれど。
 そして、この桜木家の人たちも、わたしがここでこうやってのんびり過ごすことを当たり前のこととしてみている。
 全然不思議じゃないの。違和感なんてないの。
 わたしが、桜木家の中を自由に歩きまわること。
 だってほら。
 今、すぐ外の廊下を歩くこの足音は――

「空さん?」
 ノックなしで、当たり前のように開かれる扉。
 そして、そこから当たり前のように姿を現す空さん。
 海のお姉さん。
「早紀ちゃん。アイスティーいれたけれど、もちろん飲むわよね?」
 トレイにアイスティーが注がれたグラスを二つのせ、わたしのもとへと歩いてくる。
 そんな有無をも言わせない言葉とともに。
 さすがは、海のお姉さん。
 こういうところは、似ていると思う。少し強引なところ……。
 それは、口がさけたって言えないけれど。
 だって、言った後の空さんの反応が……怖いから。

 わたしのもとまでやってくると、かつんと小さな音をたて、テーブルの上にトレイを置いた。
 もちろん、その後は、やっぱり当たり前のように、わたしの横に腰をおろす。
「空さん。ありがとう」
 ぎゅっと抱きしめていたクッションを横に置く。
 すると、空さんてば、それを待っていたかのように、すかさずぎゅうとわたしを抱きしめてくる。
 一瞬、わたしを見る目がきらりと輝いたような気がするのは……きっと気のせいなんかじゃないと思う。
「ああ。やっぱり、あんな愚弟には、早紀ちゃんはもったいなすぎるわ。ねえ、悪いことは言わないから、やめちゃいなさいよ。わたしがもっといい男を紹介してあげるわあ〜!」
 ぐりぐりとわたしの頭を胸におしつけて、なんだかとっても問題だと思えそうなそんなことを言ってくる。

 あはは。
 空さんも、相変わらず。
 いまだに、海以上の男の人を、わたしに紹介したがっている。
 ――そんなの、あり得ないのにね?
 わたしにとって、海以上の人なんて、絶対にいない。
 だってわたしは、海じゃなければ駄目だから。


 春のある日。
 突然、この家にやってきたその時から、空さんはずっとこのような感じ。
 その日、海の口から告げられた、その衝撃の一言にすら動じる様子なく。
 海は、あの日、あの時……。

「俺、早紀と結婚するから」

 相手の意見など最初から求めていないという、そんな報告だけ。
 そう。あくまで報告なの。
 もうこれは決まったことだからと、相手に有無を言わせないような……。
 返事なんてどうでもいいの。

 あの時ほど、海ってなんて奴と思ったことはないと思う。
 どうして、そんなに傍若無人に振る舞えるのかな?
 そう思ったけれど……どうやら、この桜木家では、それは当たり前だったみたいで……。
 それが、海らしさみたいで……。
 なのに、海ってば、この空さんにだけは頭が上がらないっていうから、なんだかとってもおかしい。


「姉貴。やめろ。早紀は、俺以外の男はいらないって言っているだろう」
 急に、感じていた圧迫感が消えたかと思うと、同時にそんな言葉が降ってきた。
 それは、空さんの腕の中から、海がわたしを奪還していたから。
 そしてもちろん、その後は……今度は海が、わたしをぎゅっと抱きしめる。
 もう……。ばかあ。
「そう思っているのは、あんただけかもよ? 早紀ちゃんは、もっといい男がいいって言っているじゃない。ほら」
 ねえ?と首をかしげ、同意を求めてくる。
 にっこりと、妙に威圧的な微笑みを向けて。

 って、空さん。ちょっと待って!
 わたし、言ってない。言ってないよお。
 そんなこと、一言も!
 いつも空さんが、勝手に言っているだけで……。

 空さんの言葉に、もの言いたげに、海がじいっとわたしを見つめてくる。
 だけど、その腕は、ちゃっかりわたしを抱きしめたままで。

 海〜。
 ねえ、それって、どういう意味?
 もしかして、わたしを疑っているとか?

 だから、わたしも、じいと海を見つめ返す。
 わたしのことが、信じられないの?と。
 すると海ってば、ふっと微笑み、さらっとこんなことを言ってのけた。
「あり得ないな。早紀が、俺以外の男に目移りするなんて。たとえ地球が爆発したってね」
 妙に得意げに語られる、その言葉。
 一体、どこからそんなに自信がくるの?と、わたしでさえも聞きたくなってしまう。
 ……まあ、あながち、はずれてはいないのだけれどね?

 それから、海はわたしを抱きしめたまま、ぼすんとソファになだれこむ。
 そこで、きゅうとわたしを抱きしめて、ふわりとわたしの髪をすいていく。
 こうなってしまっては、わたしはもう海の腕の中からは逃れられなくて……。
 空さんが見ている前で、海のらぶらぶ攻撃がはじまってしまう。
 海の、満足がいくまで。


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update:04/08/12